34.人魚伝説
「海!」
「すっけぇ広いな!」
エマとレオが波打ち際ではしゃいでいる。ここはフリートベルクで一番人気のあるビーチだ。
行きたいと言ったのは勿論エマ。本来は荒波の誓いと狩りに行く予定だったけれど、彼らに指名依頼が入ったから狩りに行けなくなったのだ。
他のパーティーと一緒に合同討伐に行くのも一つの手だけれど、「たまには休んで海を見に行こうよ!」とエマが提案した。
冒険者ギルドを出て十歩くらい歩けば砂浜が広がっているけれど、魔物討伐に波間の魔女との面会と忙しかったので、仲間全員で行けてなかったのだ。
旅の目的の一つが海を見ることだし、反対意見は出なかった。
一人を除いて。
「……何故俺まで行かなければならないのだ? フリートベルクには過去にも行ったことがあるから、海に用はないのだが」
そう不満げに言うのはヴェラットだ。夏の太陽を眩しそうに見上げている。今日も黒一色の服装で暑くないのだろうか。
「嫌なら他のところに行けば?」
「海に生息する魔物の討伐を誰かがしなければならない。海にある程度慣れている俺がいた方がよかろう」
「……あなたに守ってもらう必要はないのだけれど」
谷の魔女に私達を見張るよう命令されているのだろうか。海に来ても楽しそうでないヴェラットから視線を外し、水をかけ合って遊んでいるエマとレオを見つめる。
目が合ったエマに「ソフィも一緒に遊ぼうよ」と誘われたけれど、服が濡れるのは嫌だから無視した。
「……?」
不意に何かを感知した。魔女の気配だろうか。波間の魔女とは違う、もっとはっきりしたものだ。
けれど、どこに魔女がいるのかわからない。海で遊んでいる人達の中に交ざっているのだろうか。
「何を探しているんだい、ソフィ?」
「魔女」
「え?」
カイの質問に短く答えて気配の出どころを探る。魔力感知も併用しているけれど、海にも豊富な魔力が含まれていて探すのが難しい。
「ヴェラット。ここに波間の魔女以外の魔女はいるの?」
「……いや、いないはずだ。あの方の子孫に魔女はいらっしゃらないし、姉妹は百年も前に国外追放された森の魔女だけだ。母親も国外追放されたと聞いたことがある」
魔女の気配がするのか、と尋ねられて私は頷いた。私以外にも波間の魔女に会いたくてフリートベルクに来た魔女がいるのだろうか。
いや、魔女の気配がするのは海の中で遊んでいる人達のさらに奥だ。沖合に近いと言ったらいいだろうか。
――しかし、と一呼吸おいてヴェラットが再び口を開いた。
「海にも当然魔女は存在する。あの方に波間の魔女という二つ名がつけられたのはどこかに海の魔女がいるからだと噂になっているし、大陸から少し離れた孤島には千年の時を生きる賢者がいるらしい。そういった気配を感知した可能性はあるな」
彼の説明を聞いて納得する。
海は陸地よりも広い。島が魔女の縄張りになっている可能性があるし、水中でも生活ができる特殊な魔女もいるかもしれない。
そう考えても、「私はここにいる。余所者は出ていけ」という幻聴が聞こえそうな気配が消え去ることはなかった。
「みんな、今日はいいことが起きるかもしれないぞ! 人魚様が海面に顔を出したんだ!」
「本当かい!? 何年振りかねぇ」
「英雄様が来る前から近海に住んでるってほんとなの?」
小型船に乗る人が自慢げに話して、周りの人が盛り上がっているのが聞こえる。エマも気になったのか、海から上がってこちらに戻って来た。
「人魚って?」
「上半身が人間で下半身が魚の生き物だ。ほとんどおとぎ話の存在だが、一応人という扱いになっている」
「へぇ、そうなんだ。どんな姿なのか会ってみたいね! 詳しい話、聞いてくる!」
そう言うなりエマは人集りの方へ駆け出した。ヴェラットの説明だけでは満足できなかったようで、「ねぇ、人魚様ってどんな人なの?」と輪の中へ入っていく。
「うん? 余所から来たのか?」
「人魚様は海の守り神みたいなものだよ。海難事故があったときは海に落ちた人を助けてくれたんだ」
「嵐で迷子になっても、陸地がどこか導いてくれるんだよ!」
「とっても可愛らしい女の子でねぇ、わたしが若い頃と見た目が変わってないのよ。きっと親によく似たんだろうねぇ」
人魚が街の人々にいかに愛されているかがよくわかる。エマも満足できたのか「ありがとう!」と言って帰ってきた。
「あたしも人魚に会いたい!」
「何年かに一度姿を見せるかどうかと聞いたが」
「うん、だから毎日通うの」
「……いや、話を聞いていたか? 今日姿を見せたのだから、次顔を出すのは何年も後だぞ」
「海に行かなかったら絶対に会えないじゃない。それなら毎日行って確かめた方がいいに決まってる」
説得しようとしても聞く耳を持たないエマに、ヴェラットは「……勝手にしろ、ただし俺を巻き込むな」と匙を投げた。
「ギルドの近くだから、依頼を見るついでに海を見るのがいいかな?」
「僕は君が一人で行って帰って来れるのか心配だよ」
「もー、カイは心配症だなぁ。大丈夫だよ、海は広いし屋台通りの方に行けばいいだけだもの」
「……そう言いながら、冒険者ギルドの反対側に行くのがエマなんだよね」
「ちょっと、聞こえてるよ!? こんな近距離で迷子にならないって!」
「ならいいんだけど」
エマとカイの楽しげな会話を聞いているうちに魔女はどこかへ去ったようだ。今はどこにも気配がない。
「そろそろ飯にしねーか? 海で遊んでたら腹が減ったぜ!」
「レオに賛成! 屋台通りまだ制覇してないから、美味しいとこ探そうよ」
今日は休息日。魔女のことは一旦忘れて、仲間とのんびり過ごす時間を大切にしよう。




