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33.次会うときは

「転移」


 もう一度唱えても、やはり何も起きない。波間の魔女が口元を押さえて肩を震わせた。


「ふふっ、唱えただけで使えたら皆使っているはずですわ」

「確かに」


 一度行ったところに誰でも行けるならば、波間の魔女が馬車に乗る必要はないし、ここから王都に一瞬で行けてしまう。窃盗や誘拐など悪用する人もいるだろう。


「目を閉じて行きたい場所を明確に思い浮かべることが大切ですわ。ただ森を想像しただけでは過去に行ったことのある森のどこかに移動してしまいますもの。成功率を上げるには感知した魔力の元に転移するのが一番簡単ですわ」


 森の魔女は黒い髪に緑色の瞳……と想像してみたけれど、どんな顔や髪型なのか知らない。始めはエマなど見慣れている人を思い浮かべるのがいいだろうか。


「でも、転移魔法を試そうとするのはやめてちょうだい。失敗すると身体がバラバラになることがありますわ」

「それは嫌」

「試すなら、わたくしの目が届く範囲でやってちょうだい。たとえバラバラになったとしても治療できる人がこの館にはいますから」

「バラバラにはなりたくない」

「それならよいのですけれど」


 転移魔法を試すのはやめておこうと考えていると、どこからか鐘の音がした。


「まぁ、お昼の鐘ですわ。本日は来てくださってありがとう存じます。またお誘いしてもよろしいかしら?」

「仲間達を連れて来てもいい?」

「えぇ、勿論。いつでも歓迎しますわ」


 エマ達やヴェラットと一緒でもいいと言質を取り、馬車で送る必要はないと徒歩で帰路についた。

 昼時の屋台通りは混雑していて、あまりの情報量の多さに一度立ち止まる。でも、すぐに見知った魔力を感知して、自然とその方向に向かって足が動いた。


「エマ、カイ」

「わっ! そ、ソフィ!?」


 私が声をかけると、エマが手に持っていたものを落としそうになった。

 エマもカイも串に刺さった焼き魚を手にしている。二人で屋台巡りの途中だろうか。声をかけない方が良かったかもしれない。


「波間の魔女とのお茶会は終わったのかい?」

「ん。レオとヴェラットは?」

「二人は他の冒険者と狩りに行ったよ」


 仲睦まじい様子の二人を交互に見る。


「だから二人きりの時間を……」

「わー! ソフィ、あたし達はそんな間柄じゃないからね!?」

「そんなこと聞いてないけれど」


 エマは勝手に慌てて頬を赤く染める。こんなにもわかりやすいのに、どうしてカイは気づかないのだろう。


「ソフィも何か食べるかい?」

「私はお菓子を食べたからいらない」

「お菓子!?」


 真っ先に反応するエマ。目をキラキラと輝かせて、期待した様子で私を見る。私は背負い袋から今日の戦果を取り出した。


「波間の魔女から貰った。クッキーというらしい」

「クッキー!? 聞いたことないけど、美味しそうだね!」

「レオ達は昼に一旦切り上げるはずだから、宿に戻ろうか」


 宿屋に帰る道すがら話したのは、波間の魔女のことだ。というより、エマに質問攻めにされて話さざるをえなかった。


「海色の瞳を持つおばあちゃん魔女かぁ。素敵だね!」

「魔女に寿命があるのは初耳だよ」

「ソフィの過去を知ってるかもしれない人は国外にいるんだね」


 何気ないエマの一言になぜか嫌な予感がした。それは私だけではなかったようだ。


「……エマ、次は海の次は魔の森とか言い出さないよね?」

「え、フリートベルクを見終わったら次はマークヴェストの領都でしょ?」


 何当たり前のこと聞いてるの? とエマが首を傾げる。今のところは魔の森に行くつもりがなさそうだ、とこっそり安堵の息を吐く。


「でも南と西に行ったら、次は北か東に行こうかな」

「北と東……ロンベルクとグレンブルクかい?」

「名前は知らないよ。でも、王国の主要都市を制覇してから国外に行きたいの」

「ロンベルクは諦めろ」

「ひゃあっ!」


 不意に背後から低くてよく通る声がして、エマが悲鳴を上げる。振り返ると、そこにはヴェラットとレオがいた。


「どうしてロンベルクは駄目なのですか?」

「ロンベルクに限らず北部の山岳地帯は、谷の魔女による被害が多く、魔女だけでなく黒髪や魔法使いのことも嫌っている人が多い。魔女の血を引く国王陛下を好ましく思っていないと聞いたこともある。差別や偏見を受けたくなければ王都より北に行かないことだな」


 珍しくヴェラットが眉間にシワを寄せて不快感を見せている。彼も黒髪だ、辛い思いをしたのだろうか。それとも、谷の魔女を思い出しての苛立ちか。

 ヴェラットが言った条件に合致しない人はこの中でレオだけだ。カイも黒に近い髪色をしているし、エマは魔法使い。


「じゃあグレンブルクは?」

「あそこは城塞都市でレンガ造りの街並みが有名だ。東の国境門を守護する地で、昔は隣国との小競り合いが多かったらしい」

「今は?」

「間に広がる魔の森に魔女が住みついてから大きな衝突は起きていないな」


 ヴェラットは私達の話を途中からしか知らないと思うけれど、魔の森の位置、そして森の魔女の所在地が判明した。


「つまり、森の魔女は戦争を止めた凄い魔女なの!?」

「まぁ、魔女の中で最強と謳われるほどだし……いや、待て。森の魔女といつ言った? 魔の森に棲む魔女としか言っていないはずだが」

「ん? 森に棲む魔女、略して森の魔女じゃないの?」


 エマが首を傾げる。


「それだと森に棲む全ての魔女が森の魔女になってしまうではないか。この世に森の魔女は一人だけだ」

「森に住んでる魔女、みんな森の魔女って名乗ればいいんだよ」

「それだと誰が誰だかわからなくなるではないか」

「じゃあ、誰が森の魔女って決めてるの?」

「……それは知らぬ」


 誰が魔女に二つ名をつけているのか知る由もないから、次波間の魔女に会うときに聞くことにした。ついでに波間の魔女の伝言を伝えておく。


「えっ、あたし達も行っていいの!?」

「次、面会するときは俺も連れていけ。波間の魔女に聞きたいことがある」


 エマを連れて行くのに抵抗はないけれど、ヴェラットは少し心配になる。


「ヴェラットは魔女のことを嫌ってるんじゃないの?」

「……何故そう思う?」

「あなたと同じ状態のルドルフは魔女を憎んでいるから」


 今でも思い出す、昏く淀んだ瞳で私を睨むルドルフの顔を。

 もしかしたら彼は、谷の魔女から私の正体を聞いていたのかもしれない。私を魔女と呼んだり殺意を向けたりしたのもきっとそのせいだ。


「確かに谷の魔女のことは憎んでいる。国外追放された魔女も谷の魔女と変わらぬ思考回路の持ち主なら躊躇なく殺すつもりだ」


 私を真っ直ぐ見てヴェラットはそう言った。

 波間の魔女を害するかもしれない人を近づかせるわけにはいかない。ヴェラットの要望を断ろうと口を開きかけたけれど、彼が「しかし」と言う方が早かった。


「俺の家系は魔女の血が流れていることを誇りに思っているし、波間の魔女が善き魔女であることを知っている。波間の魔女を害するつもりはない」

「……」


 ヴェラットが本当のことを言っているかどうか、私にはわからない。けれど、一瞬も目を逸らすことなく答えた彼を見て、信じてもいいかもしれないと思った。


「……わかった、ヴェラットも連れて行く」

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