32.杖の持ち主
「貴女はその杖をどこで手に入れましたの?」
波間の魔女に聞かれ、改めて記憶を辿ってみたけれど、やはり思い出せない。
「知らない。仲間と出会ったときには既に持っていたらしい」
「どこでお仲間さんと出会いましたの? 王都かしら」
「確かクノール村」
「国王直轄地にある村の一つ、王都の南門から一番近い村ですわね」
フリートベルクからは遠いけれど、波間の魔女は知っているようだ。下手すると、王都を活動拠点にする私よりも詳しいかもしれない。
「貴女はどうしてクノール村にいたのかしら? そこに住んでいましたの?」
「……覚えてない」
エマ達と出会う前後の記憶は断片的だ。私は目を閉じてあの日の出来事を思い出そうとした。
「村人に私を知る人はいなかった。その村の孤児院で育った人も私を見たことがないと言ってたから、私はクノール村の出身ではないと思う」
レオはクノール村で生まれ育った。あの日火事に遭った孤児院からルドルフに救出されたのが出会いのきっかけ、と聞いたことがある。
覚えることは苦手な人だけれど、直前まで孤児院に一緒にいた人くらいは覚えているだろう。
クノール出身でないなら、どうして私はあのときそこにいたのだろう。旅の途中で立ち寄ったのだろうか、誰かと一緒にいたのか。私が聞きたいくらいだ。
「貴女がそのお仲間さんと出会ったのは今から何年前かしら?」
「当時五歳だったから、九年前」
「……季節は?」
「春……だと思う」
「――!」
波間の魔女が目を瞠った。目を閉じてしばらく無言になり、開いた目は真剣な色を宿していた。
「間違いないですわ。貴女はわたくしの妹が拾った魔女よ」
「あなたの妹?」
「えぇ。レオンハルト・フリートベルクの次女でわたくしの双子の妹、森の魔女よ」
森の魔女、噂には聞いたことがある。王国と隣国の間に広がる魔の森に棲む魔女だ。両国が戦争をしようと行軍した兵を、たった一人で制圧したと吟遊詩人の間では歌われている。谷の魔女でさえ追い払ったとされ、生きている魔女の中では最強と恐れられる魔女だ。
「あれは十四年ほど前の話だったかしら。大陸のどこにいても感知できそうな魔女の気配を王都付近から感じましたの。一番に到着したのが森の魔女でしたわ」
「それほどの距離があっても感じられるものなの?」
波間の魔女の気配は部屋の中に入るまで感じ取れなかった。私の察知能力が低いせいか、波間の魔女の気配が弱いだけなのか、理由はわからないけれど。
「普通は無理ですわ。でも、強い魔女がこの世に生まれ落ちたとき、稀に強烈な魔力を放つことがありますの。わたくしはそれじゃないかと思っていますわ」
「強い魔女の誕生」
「森の魔女の手紙によると、魔力反応はクノール村の古い貴族の館から感じたようですわ。そして、建物にいたのが生後半年ほどの魔女の赤子でしたの」
「生まれてから半年経ってる……?」
魔女が生まれたときに発するものかと思いきや、発見されたのは生まれたばかりではなく半年経った赤子。話が矛盾している。
「えぇ、わたくしも不思議に思っていますの。でも、異様な気配を放った場所にいたのが生後半年の貴女なのは間違いないですわ」
「……私?」
「そう、赤子は布にくるまれていて、書き置きには『ソフィをよろしくお願いします』と書かれていたらしいわ」
「え……」
クノール村の古い貴族の館で発見された魔女の赤子が私? それとも、同じ名前の人だろうか。
そして、紙に記したのは誰だろう。親というものなのだろうか。
「森の魔女に引き取られた赤子はすくすくと成長し、五歳になる頃に魔法を教えてほしいと森の魔女に頼みましたわ。その子の適性は火だけれど、その子が興味を持ったのは森の魔女が得意とする土と木の魔法。そして、森の魔女は火魔法を扱えませんでした」
適性が火。調べたことはないけれど、杖を介さずに放った魔力はいつも火魔法になる。
「その子の希望を叶えるために、森の魔女は自分が昔使っていた杖をその子に贈りました。土魔法を扱いやすくなるよう土属性の魔石が頭部に填まっていて、素材は土や木の魔法と相性のいい植物を使用。貴女が持っている杖と全く同じ形をしていますわね」
「……」
私は自分の杖に視線を落とした。頭部に填められた黄色い魔石は土属性の性質を持ち、湾曲した杖は木製で古びている。まさか本当に、森の魔女が使っていた杖なのだろうか。
「その子は植物を操るのが苦手だったから、森の魔女は土魔法を教えることにしました。それだけなら問題にならなかったでしょうけれど、その子に使うところを見られた森の魔女は転移魔法も教えてしまったのです」
転移魔法はエマが持っている転移魔石と何が繋がりがあるのだろうか。
再び森の魔女がまじょさん説が浮上したけれど、波間の魔女が神妙な顔で語るから聞くのをやめた。
「春の陽気に包まれたある日、森の魔女は森の中にあの子がどこにもいないことに気づきました。転移魔法は過去に行ったことのあるところにしか行けないから、もしも転移魔法を使ったのならクノール村にある古い貴族の館の可能性が高いです。しかし転移魔法でそこに向かうと、村は孤児院の火事騒ぎで落ち着いて話をできる人がどこにもいませんでした」
孤児院で火事が起きた日は、私がエマ達と出会った日でもある。つまり、私が森の魔女に拾われた子どもで、転移魔法を使って自ら外に出てしまったということだろうか。誰かに捨てられたわけではなく。
「森の魔女はその子の捜索を諦めて森に帰ってしまったけれど、あのとき探していたら発見できたのかしら? 森に連れ帰っていればその後の展開も変わっていたのかしら? 考えても過去には戻れないから意味がないことですわ」
波間の魔女の語った話が私の過去なのかはわからないけれど、森の魔女に会えば何か思い出すだろうか。国外に追放された魔女だから容易に会うことはできないけれど。
……でも、転移魔法ならば。
「転移」
試しに唱えてみたけれど、何も起きなかった。




