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30.波間の魔女

 私は一人、馬車に揺られていた。小窓から外を見ると屋台通りを走っているようで、買い物客が道の端に寄るのが見えた。

 交差した杖と剣を背景にドラゴンが描かれた紋章を見て、領主一族か波間の魔女が乗っていると勘違いされたのだろうか。本当はただの平民で孤児なのに。


 私が何故一人で馬車に乗っているかと言うと、昨日の誘いに乗ったからだ。




❋❋❋




「ええっ!? ソフィ、波間の魔女さんに誘われたの!?」

「相手は魔女だ。単なるお喋りだと思わない方がいいよ。できればヴェラットさんを護衛に……」

「誘われていない者が行けると思うな」


 カイ達が泊まる部屋に集まって先ほどの報告をすると、エマは目を輝かせ、カイは警戒心を覗かせた。ヴェラットは無反応、レオは興味がないのか部屋の隅で身体を動かしている。


「それに、波間の魔女は罪のない民を傷つけることはない。お前が邪悪な魔女なら別だが」

「ソフィはいい子だよ!」

「悪かどうか判断するのは波間の魔女だ。まぁ、悪と断じれば誘いもせず捕まえるだろうな。お前が何も危害を加えられることなく誘いを断る権利を持っているから、今のところ悪とは思われていまい」


 で、どうするのだ? と問われて私は頷いた。


「行く。魔女との出会いが記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないから」


 そうして私は単身、波間の魔女が暮らす高台の館に乗り込むことにしたのだ。

 今朝のやり取りを思い出しているうちに、屋台が途切れて人通りが減っていく。馬車は坂道を登り始めた。


「到着いたしました。大変申し訳ございませんが、ここから先は徒歩でご移動ください」


 平地になったところで馬車が止まり、扉が開かれる。御者は石階段を登った先にある館を手で示した。


「歩くのは慣れてるから平気」

「いってらっしゃいませ、ソフィ様」

「……」


 自分より年上で身分も上と思われる人に様付けされるのは変な感じだ。でも、自分の仕える波間の魔女の客だと思えば、礼を尽くすのは当然のことかもしれない。そんなどうでもいいことを考えながら階段を登った。


「ソフィ様、ようこそお越しくださいました。波間の魔女様がお待ちです、客間へご案内します」


 門を守る騎士に昨日貰った招待状を見せると、すぐにカサンドラが門を開けて、私を館の中へ招待した。初めて足を踏み入れる貴族の館に緊張しながら、カサンドラを追いかける。この日のために普段使わない靴を履いてきたけれど、高級そうな絨毯を汚したりしないだろうか。不安になってくる。


「奥様、ソフィ様がお見えになりました」

「お通ししてちょうだい」

「かしこまりました。どうぞ、中へ」


 一階の一番奥の部屋に案内され、中に入る。

 椅子に座って迎え入れたのは、六十代くらいのおばあさんだった。


「っ!」


 ――力の源である魔女の血を多量に消費した魔女は若い姿を保てなくなる。


 レヴィン騎士団長フィリップが言っていたことを思い出して、思わず杖をおばあさんに向けた。

 いや、年老いているけれど魔女だ。理屈ではわからないけれど、私の勘がそう告げる。

 魔女の気配とやらかもしれない。魔力の形が人間と違うからかもしれない。理由はわからないけれど、私は一目見てこのおばあさんが魔女だとわかった。


「谷の魔女に会ったのかしら?」


 杖を向けられていても一切動じることなく、魔女は立ち上がり私を見て微笑んだ。


「安心してちょうだい、わたくしは人を操ったことはありませんわ。これはただの寿命よ」

「……魔女に寿命があるなんて聞いたことがない」

「それは魔女が寿命を迎える前に亡くなってしまったからでしょうね」


 嘘かどうか見抜く力はない。信じていいのかわからないけれど、戦う意思がないことは伝わったので、私は警戒しつつも杖を下ろした。


「初めまして、わたくしは波間の魔女よ」

「……ソフィ、二つ名はない」

「座ってちょうだい、茶菓子を用意しましたわ」


 ほんのりと香りが漂うお茶とお菓子がテーブルの上にある。匂いにつられて私も席に着いた。


「お茶に慣れていないと思って、香りが強くないものを選びましたの。どうぞお飲みになって」

「……美味しい」

「それは良かったですわ」


 砂糖は高級品だから、平民がお菓子を食べる機会などめったにない。特に冒険者は高級なものより安価で大量に食べられるものを好むから、お菓子のような嗜好品は縁遠いものだ。

 エマはこういうのに憧れを抱いているから、馬車に乗ったことも含めて申し訳ない気持ちになる。


「あら、お口に合わなかったかしら?」


 一枚食べて手を止めた私を見て、波間の魔女が小首を傾げる。


「仲間も食べたかっただろうなと思っただけ、です」


 カイを真似て敬語を使ってみたけれど「普通に話してよろしいですわ。わたくし以外誰も聞いてませんもの」と片目を閉じられたので、慣れない敬語は捨てることにする。


「それなら少し持ち帰るのはどうかしら。足りなければ作ればいいだけですもの。容器はこちらでよろしくて?」


 波間の魔女が棚から取り出したのは魔石の填まった何かだった。魔術具の一種だろうか、とてもじゃないけれど使えない。


「袋でいい」

「そう? しけるのを遅らせる機能がついた魔術具なのですけれど」

「袋がいい」

「そこまで言うなら仕方ありませんわ。こちらに入れましょう」


 そう言って引き出しから出てきたのは紙袋だった。紙が高級なのも知っているから、悲鳴を上げそうになる。


「せめて麻袋とかで」

「それは食料を入れるものかしら? わたくしのお菓子でお腹を壊しては困りますわ。ここには他の大陸から伝わった製紙技術があるから、他と比べて紙が比較的安価なのよ。遠慮せずに使ってちょうだい」


 断ることができずに紙袋に入れられたクッキーと茶の葉を受け取った。


「ところで、何の用なの?」


 食後のお茶を飲んだ後、私は波間の魔女にそう尋ねた。

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