3.商人アルバンとソフィの杖
「あたし達は海を目指す途中なんだけど、アルバンさんはどうしてレヴィンに行きたいの?」
「海か、それは長い旅になりそうだな。俺は生まれも育ちもレヴィンだから、故郷に帰るだけだ」
「ってことはレヴィンに詳しいの!? どういうところか教えて!」
「はは、着くまでに数日かかるからゆっくり話そう」
「レヴィンって強い奴いっぱいいるんか?」
「あぁ。特に領主様の弟君は王国騎士団に所属してたな」
「騎士団! カッケーな!」
「……今は行方不明だが」
「ん? なんか言ったか?」
「いや、何でもない」
アルバンに質問するのは主にエマとレオだ。カイは事務的な話しかしないし、私は魔力感知で魔物を探るのに忙しいから会話に参加していない。
「嬢ちゃんの杖は珍しいな。誰かからの貰い物か?」
「ソフィでいい」
参加するつもりはなかったけれど、声をかけられたら答えるしかない。呼び方を訂正してから、私は自分の杖に目を向けた。
木でできた杖は湾曲し、頭部には黄色い魔石が填まっている。使い古された感じがして、少なくとも十年や二十年の歳月では刻まれない深みがある。
「知らない」
そう返事をすると、前を歩くカイが何か言いたげに私を見てきた。
「すみません。記憶に残らないほど昔の話だから知らない、という意味です」
「ソフィの口数が少ないのはいつも通りだから気にしないでねー」
「そ、そうなのか?」
カイだけでなくエマにもフォローされた。言葉が足りなかったのだろうか。
「ところで、ソフィの杖が珍しいってどういうこと? 確かに綺麗な色をした魔石だけど……」
「黄色い魔石は属性魔石と言って、土属性の性質を持つ。それに魔力を流すと土属性に適性がない者でも土魔法が使える反面、他の魔法が使えなくなる欠点があるんだ」
へぇ、と興味深そうな声を上げるエマと違って、何か気になることがあるのかカイは首を傾げた。
「属性魔石を落とす魔物は魔法を扱えるから、上級相当の強さを持つと聞いたことがあるな」
「あっ、だから中級のあたし達が持ってるのを不思議に思ったんだね」
「あぁ、何か心当たりはないか?」
「うーん、あの杖はあたし達と出会う前から持ってたからなぁ。五歳未満の話だから多分覚えてないよ」
私にはエマ達に会う前の記憶がない。五歳以下の話だから覚えていない人の方が大半だろうし、記憶がなくて苦労したこともないから気にしていないけれど。
エマはこの杖が記憶を取り戻す手がかりになると思っているようだけれど、杖から特別な何かを感じたことはない。何となく捨てられずにいるだけだ。
「前にソフィが火魔法を使っていたけど……」
「あれは杖を介さずに魔力を放っただけ」
「は?」
「あぁ、そうだったんだね」
私の言葉でカイの疑問が解消されたけれど、アルバンが「いや待て待て!」と口を挟んだ。
「杖を介さずに火魔法を使っただと?」
「少し違う。適当に魔力を放ったら火の手が上がっただけ」
「そっちの方が異常だ! それに、その口振りだと魔石も使わなかったんだろう?」
「そうだけれど?」
「そんな芸当できる奴は……」
何かを言いかけたアルバンは途中て言葉を止める。
「……いや、何でもない」
「?」
「それより、日が傾いてきたな。今晩はあの村で野宿をしよう」
夜はグラオヴォルフのような危険な魔物が徘徊するから、日没前に人里に入ることが鉄則だ。私達冒険者が活動しない夜間は騎士団が魔物を狩ってくれる。
話を逸らされた気がするけれど、日没が近いのは事実。私達は村の端に荷物を下ろして、食料調達組と荷物の守り兼調理の下準備組に分かれた。私とレオは後者だ。
「……」
「……」
「やりづれー」
けれどレオは無口な私を嫌っているし、私はレオの馬鹿で子どもっぽいところを好ましく思っていない。彼と話したいことはないし、無言で木の枝を集めて火打ち石で火をつけた。魔法でもできることを思い出したけれど、先ほどの反応だと使わない方がいいだろう。
「……」
「……」
「……」
「アルバン……だっけ? オレと手合わせしねーか?」
「いや、戦闘は得意じゃない」
「じゃあ、ソ……」
「断る」
「まだ何も言ってねぇじゃねーか!」
王都からここまで一度も魔物に遭遇しなかったせいか、夕方になってもレオは体力があり余っているようだ。村の外で暴れてもいいから、私達を巻き込まないでほしい。
「みんな、おまたせー! 野菜いっぱい買って来たよ」
「どうやらここは豊作のようだね」
エマとカイの二人が帰ってきてくれたおかげで、微妙な空気が消えた。
レオが鍋に井戸の水を汲んできて、エマとカイが野菜を刻んで放り込む。私は人数分の皿の用意だ。
「っ!」
不意に魔力感知が接近する何かを察知した。目を閉じて感じた魔力に意識を集中させる。
「急に固まってどうしたんだ?」
「今は話しかけないであげてください。魔力感知に集中しているのだと思います」
アルバンとカイの会話も、周囲に感じる魔力も不要な情報。徐々に距離が縮まっていく魔力の正体を探る。数は六、最近記憶した魔力のはずだ。
目を開けると、思いの外近くにいたカイと目が合った。
「グラオヴォルフの群れが近づいてきている」




