22.海と獣人
「私が魔女……」
仲間の後を追いながら、私はその言葉を反芻していた。エルフのセザールは確信している様子だったけれど、自分が魔女だとは思いたくない気持ちもどこかにある。
「海だー!」
先頭を歩くエマの声にはっとして顔を上げる。視界を遮っていた木々は本数を減らし、崖下の景色を窺い知ることができた。
青々とした水が日の光を受けてきらりと輝いている。ざざんざざん、と岩肌に当たる波。僅かに香る不思議な匂い。水平線の彼方まで見渡せて、端は空と海が繋がっているように見えた。
これが海。王都を飛び出してまで見たかったもの。
「すっげぇ! どこまで続いてるんだよ?」
「崖下に降りることはできないけど、これだけでも十分価値があるね」
「……綺麗」
なんだろう。海を見ていると自分の悩みが小さく感じる。思えばルドルフには初対面から魔女だと殺意を向けられたし、谷の魔女にも魔女と決めつけられて襲われた。見知らぬエルフに魔女と断定されても気にする必要はないかもしれない。
ここには、私が魔女でも受け入れてくれる仲間がいるのだから。
「ね、ここまで来た甲斐があったでしょ?」
なぜかエマが得意げな顔で私達を見る。
この中で唯一過去にも海を見たことがあるヴェラットがフッと鼻で笑った。
「まだここはフリートベルクではないぞ」
「え、そうなの?」
「手前のランメルツ子爵領だ。ここは切り立った崖が多く眼下の海に飛び込むことができない。海を間近で見たいのならフリートベルクまで行くべきだ」
「そうなんだ、とっても楽しみ!」
念願だった海を見れたことと、目的地であるフリートベルクが近づいたのを実感できたことで、気持ちは上に向いた。けれど、坂の多い道を歩くのは体力を使うし、左手には未開拓の森が広がっているから様々な魔物が襲ってくる。時にはヴェラットにしか対処できない強力な魔物も交ざっていて、この人なしにはここまで来れなかったことを改めて実感する。
度重なる襲撃で日が暮れてしまったが、日没前にランメルツの領都に辿り着くことができた。
「人間族だな、どこから来たんだ?」
「わぁ、犬耳! もふもふしててかわい……じゃなくて、王都から来たの」
門の兵士は犬の耳と尾が生えた獣人だった。王都では人間族以外ほとんど見かけないから新鮮だ。見慣れない尻尾が気になるのか、エマがチラチラと見ている。
「ふさふさのしっぽ……」
「勝手に触っちゃ駄目だからね、エマ?」
「わ、わかってるよ」
カイに小声で指摘されてエマは視線を戻した。
「中級冒険者パーティー『狼の集い』です。フリートベルクを目指す旅の途中で寄りました」
「中級だの上級だの人間族が定めた強さの違いはわからんが、あんたら四人だけでは途中でやられるだろ。どうやってここまで来た?」
「ラットさんがここまで案内と護衛をしてくれたの!」
「鼠?」
日が暮れたことで黒衣の剣士が見えなかったのだろうか。エマに押されたヴェラットが前に出る。
「鼠ではない、ヴェラットだ」
「……あんた、見るからに強そうだな。今まで見てきたどの冒険者より強いに違いない」
「手合わせなら断る」
「強い奴は大歓迎だ。勿論、連れの人達もな」
大きな街なのに冒険者プレートを見せることなく門を通ることができた。道を歩いている人を見ると、動物の耳や長く尖った耳が中心的で、むしろ人間の方が少ないように見える。建物もそれぞれの文化や風習に合わせているのか、土壁の家や木造など多種多様だ。
「わぁ、いろんな建物がごちゃごちゃしてる。でも不思議とまとまりがあって素敵だね!」
エマがいつも通りあちらこちらを見ては目を輝かせていると、不意に誰かのお腹がぐうぅぅぅ~と鳴った。全員の視線が音の鳴った方に集まる。皆に注目されたレオはお腹を押さえて笑った。
「そろそろメシにしねーか? あちこちからいい匂いがするしよ」
「屋台もいっぱいだね。それになんだろう、酸っぱい匂いがするような……」
「それはレモンだな。この街の特産品だ」
「誰の声?」
仲間の誰でもない声に振り返ると、先ほど門番をしていた獣人の男がいた。
「よぅ、俺はヨハンだ。門番の仕事が終わったから、よかったら一緒に飯にしねぇか? ランメルツ生まれランメルツ育ち、この街には精通してるつもりだ」
頼りになりそうな物言いに、レオとエマがぱあっと顔を明るくした。
「おすすめの飯屋に案内してくれよ!」
「レモン? っていうのを使ったところがいいな」
「了解だ。とびきり旨い飯屋に案内しよう」
ヨハンに案内された店ではこの街周辺で採れたレモンや海産物をふんだんに使った料理を提供していた。王都は肉料理が中心で、魚を食べる文化がないから新鮮だ。
「ランメルツの領都まで来れば、フリートベルクは目と鼻の先だ。だがフリートベルクは広い。崖下の領都までは三日程度かかるだろう」
「あともう少しだね!」
海を見てもエマの速度は変わらなそうだ。いや、むしろ海を見たことでさらにやる気が出たのかもしれない。
「……あ。ここ領都なんだよね? 明日は散策してもいいかな?」
「ランメルツは帰りに必ず寄るから、散策は後回しでよいと思うが」
「でも、やりたいときにやるのが一番だよ。あたしは屋台を巡ってランメルツの料理を食べたい」
「……彼女は滞在する気でいるが、路銀は問題ないのか?」
なかなか折れないエマを一瞥して、ヴェラットはカイに尋ねた。
「ヴァルトエーバーの牙や毛皮が高額で売れたから問題ないです。ですが、早くフリートベルクに行きたいんじゃなかったんですか?」
「……コレを抑える方法がわからぬ」
「エマをコレ呼ばわりしないでほしいですが、一度決めたら意見を翻さないのがエマです。諦めてください」
基本的に方針決定はリーダーであるカイがするけれど、エマが決めたことには誰も逆らえない。それが「狼の集い」だ。
ヴェラットもエマを説得することはできなかったようで、深い溜め息を吐いた。
「……わかった。一日だけだからな」
「やったぁ! ありがと、ラットさん!」




