21.エルフの集落
ロイス村の南門から出てしばらく南下すると、ドラッヘ山脈の終わりが見えた。道はここから東に続いている。
不意に魔物が真っ直ぐ迫ってくるのを魔力感知で気づいた私は、杖で叩いて大地に魔力を流し、土の壁を生成する。けれど、魔力反応は壁に衝突しても速度を緩めることなく私達の前に姿を現した。赤茶色の猪を二回りほど大きくしたような魔物だ。
「コイツは知ってるぜ、ヴァルトエーバーだよな!」
「にしてはちょっと大きくない!?」
森に出没する猪型の魔物で、王都周辺でも見かけるものだ。けれど、それに比べて明らかに大きい。別の魔物と言われても納得できるほどの差だ。
「ヴァルトエーバーに限らず全ての魔物は、その土地の魔力の濃さによって大きさが異なる。山脈の南側は手つかずの自然が多いから、魔力も豊富で魔物も強大になるのだ」
「ここから先は手強い魔物が多いということですね」
「あぁ、見慣れた魔物だからと油断しないように」
突進攻撃を避けながら私達が少しずつ弱らせているところに、ヴェラットが剣を構えて近づいてきた。無言で魔物の胸に剣を突き刺そうとする。
「ちょっと、邪魔しないで!」
エマに杖で防がれて、ヴェラットは眉間にシワを寄せた。
「邪魔するつもりはないが」
「ヴァルトエーバーの肉や毛皮は冒険者ギルドで高く買い取ってもらえるの。胸を一突きしたら魔石しか残らないじゃない」
胸にある魔力器官を貫くと、魔力を生命の源とする魔物は形を保てなくなる。黒い塵となった後に残るのが魔石だ。
魔力器官を傷つけることなく絶命させると何も残さずに消滅してしまう。だから素材が欲しい場合は弱らせたところを解体するのが一番なのだ。
「……」
元騎士であるヴェラットには理解できないらしく、目を見開いて何も言わずに固まっていた。それに気づいた様子のないエマとレオが、小刀でヴァルトエーバーを解体していく。その間、カイと私は魔物が近くにいないか警戒する。
「……そういえば、魔石は買取額が低いのだったな。だが、魔石ならばどの魔物を討伐したか魔術具で鑑定できる。冒険者はどうやって討伐を証明するのだ?」
「そのような魔術具は聞いたことがありませんね。冒険者は討伐の証に魔物の耳などを持ち帰るのが基本です。魅力的な素材があれば解体もしますが、長旅だとかさばるので放棄することが多いです。ヴァルトエーバーは……肉が美味しいので」
毛皮や牙も装備に活用できるけれど、一番高く売れるのは肉だ。近くの集落で長期保存できるよう加工すればいい。
大物を捕らえたので道のりを消化するのは諦めて、集落に行くことにした。一番近くの集落に住んでいたのは、
「金髪で緑色の瞳、長く尖った耳に長身で美人! カイ、これは間違いないよね!?」
「うん、ここはエルフの集落だ」
「わぁ。あたし、エルフに会うの初めて」
白い衣装を身にまとったエルフだった。
「立派な森猪だ。其方らは冒険者か?」
「うん、王都から来たの」
「王都……それは遠路遥々」
「イノシシ、この村で解体してもいい?」
「村の入り口では魔物が寄って来るかもしれない。加工場に案内しよう」
「ありがとう、エルフさん!」
エマといいレオといい他人と打ち解けるのが早すぎると思う。けれど、エルフの集落に入ってからレオが大人しい。普段なら強そうな人に手合わせを申し込むのに。
特に今私達を案内しているエルフは他のエルフより魔力が多い。私なら魔力感知で強い人と認識できるけれど、レオは魔力に鈍いから気づかないのだろうか。
「私の名はセザールだ。其方は?」
「あたしはエマ」
「僕はカイです」
「レオだぜ、よろしくな!」
「……ヴェラットだ」
「ソフィ」
エルフ――セザールはエマに聞いたのだと思うけれど、カイとレオも答えたので全員名前を言うことになった。
「ラットさんは違うけど、あたし達は中級冒険者パーティー『狼の集い』なの。今は海を目指す旅の最中で」
「海を目指すか……我々にとって海は目と鼻の先にあるから、大冒険するようなものではないが。旅の者には珍しいか」
「セザールさんは海見たことあるの!?」
エマがキラキラした目でセザールを見上げる。
「毎日と言っても過言ではないほど見ている」
「海の近くに住んでるって羨ましいなぁ。いっそのこと、王都を捨ててフリートベルクに移り住んじゃおうかな?」
「フリートベルク、魔女の地か」
「やっぱり魔女がいるの!?」
ラットさんの言った通りだ、とはしゃぐエマをセザールが少し不思議そうに眺める。
「魔女とはそれほど珍しいものか?」
「魔女っていうより、国内にいるのが珍しいなって。魔女の多くが国外に追放されたって聞くし……」
「ふむ……」
不意にセザールが私を見下ろした。
「魔女ならばそこにもいるが」
「えっ!?」
全員の視線が私に集まる。一番驚いているのはエマだ。カイとヴェラットは予想がついていたのかあまり驚いた様子はなく、レオに至っては「魔女ってなんだ?」とそもそも言葉の意味を理解できていない。
「ソフィって魔女なの!?」
「もしかしたら、とは思っていたけど……」
「まさかアレの言ったことが正しかったとは」
「魔女って女の魔法使いってことか? なら今更じゃねーか」
「……レオ、魔法使いと魔女は別物だよ」
一人理解していない人にカイが呆れた顔をする。
私はセザールを見上げた。なぜこの人は私が魔女だと思った、いや確信しているのだろう。
「何で魔女だとわかったの?」
頭二つ分以上の身長差があるセザールを見ながら聞く。首が痛くなりそうだ。
「魔力の波形が人間族とは違う。ただそれだけだ」
「魔力の波形?」
「我々エルフは魔力感知に長けており、多くの魔女と接し人間族とは異なる魔力を持つことに気がついた。一部の魔女には視えるかもしれないが、一般人にはわからない違いだ」
「……」
「だが、三人の魔女に会ったことのある私ならばわかる」
――其方は魔女だ。
セザールは私を見てそう繰り返した。




