20.魔女の気配
「ふおぉぉ! 昨日から建物の造りが違うと思ってたけど、もしかして石でできてるの!?」
一晩休んで体力が回復したエマは、ロイス村の街並みをキラキラした目で見渡した。今まで木造の建物が多かったから、石という新たな素材に興奮しているのだろう。
エマの声に数人が振り返ったけれど、旅の格好を見て視線を戻した。
「近くに採石場があるから、マークヴェスト領は石造りの街並みが多い」
「つまり、見たことのない建物をいっぱい見れるってことだよね!? ああ、胸がドキドキする」
「エマ、落ち着かないとフリートベルクに辿り着く前に倒れてしまうよ」
興奮冷めやらぬエマをカイが抑えようとする。「海! そっちも楽しみ!」と別の理由で盛り上がっている様子を見ると、意味がないように見えるけれど。
後ろから「うおおぉぉ!」とこちらも興奮した様子の声がして振り返ると、レオが通行人の一人を指差していた。低身長で髪とヒゲが長いのが特徴的で、自分より倍以上大きな岩を軽々と持ち上げて歩いている。
「アイツ、ソフィよりチビなくせにすっげぇ力持ちだぜ! もしかして強いんか!?」
「あれはドワーフだ。優れた鍛冶師なのは知っているが、強さは不明だな。頑固な者が多いからあまり関わらない方が……」
「レオはもうドワーフのところに行った。ヴェラットは説明が長い」
「……」
ヴェラットの言葉をほとんど聞かずに駆け出したレオは、ドワーフに話しかけているところだった。
「よぅ、おっさん! ドワーフって言うんだな。力持ちで驚いたぜ!」
「おっさんではない、十八だ」
「ええっ!? それにしては立派なヒゲだな」
「髪とヒゲの長さはドワーフの象徴だ。故に生まれてから一度も切らない」
「ところであんたは強いんか?」
「槌を振り回すのは得意だが、戦いはせん。それより金属を叩きたい。ではな」
「おぅ、またな!」
レオの誘いを蹴ってドワーフは岩を担いで去っていった。
「ドワーフだけでなくエルフや獣人もいますね。南部ではよくあることなのですか?」
「マークヴェストは違うが、フリートベルクやその手前のランメルツは元々人間族が支配する地域ではなかった。我々人間族が移り住んだのは約百年前の話だ」
「約百年前……“竜殺しの英雄”の時代ですか?」
「あぁ、ドラゴンの暴走を受けエルフ達に土地を任せられないと当時の国王が判断したのだろう」
カイとヴェラットの会話を聞き流しながら、私は一番後ろを歩いていた。馬車が迫る音に気づいて、皆に道の端に寄るよう呼びかける。
交差した杖と剣にドラゴンの紋章が描かれた馬車だ。馬車が私の目の前を横切ったとき、一瞬心臓が跳ねた気がして、馬車から目が離せなくなった。
馬車は一度止まったけれど、すぐに動き出す。馬車が門をくぐって見えなくなるまで、私は目で追いかけ続けた。
「……どうした?」
「ヴェラット、あの紋章は何?」
私の行動を不審に思ったのか、ヴェラットが眉間にシワを寄せる。質問には答えずに、私は気になったことを聞いた。
「あれはフリートベルク辺境伯家の家紋だ」
「フリートベルク……」
「ドラゴンを紋章に使えるのは、王族と竜殺しの子孫であるフリートベルク家のみ……という話を聞きたいわけではなかろう?」
「ん」
貴族の紋章に興味はない。気になるのは、誰があの馬車に乗っていたか。
「根拠はないけれど、直感的にあの馬車に魔女が乗ってると思った。全身の毛があわ立つ感じが谷の魔女の魔力を感知したときと似ている。これが『魔女の気配』なの?」
「俺は魔女ではないから正確にはわからぬ」
感覚的な話だし、他の人には感知できないから自分の口で説明しなければならない。
「……だが、あの馬車に誰が乗っているか予想することはできる」
ヴェラットの本名はヘルフリート・レヴィン、元貴族である。それに、フリートベルク辺境伯家の派閥に所属していたらしく、フリートベルクに精通しているのだ。
「フリートベルクに棲む『波間の魔女』は貴族社会から引退したが、マークヴェスト侯爵など今でも交流がある貴族もいる。あの馬車はマークヴェストの領都からフリートベルク方面に向かっていた。お前が感知したのが本当に『魔女の気配』ならば、波間の魔女の可能性があるな」
「他に魔女はいないの?」
「……かつてはいた。国外に追放されたが」
人智を超えた力を扱う魔女は人々から恐れられ、差別されることが多い。強い魔女は捕縛も処刑も難しいため、国外に追放されるのだ。というより、居場所がなくて魔女の方から国外に出た印象がある。
「ソフィ、やっと見つけた!」
不意に後ろからエマに抱きつかれた。魔力感知で接近に気づいていたから驚きはなかったけれど。
それに、どこかへ行ったのは私てはなくエマだと思う。石造りの街並みに見とれて、私達を見失ったに違いない。
「石像を作って売ってる露店を見かけたよ! お土産にどうかな?」
「重いしかさばるから却下」
「そんなぁ」
残念そうな声だけれど、それほどがっかりしていないように見える。珍しい店を見かけたから私に教えてくれただけで、買いたいわけではなかったのだろう。
エマに手を引かれる。
「ソフィも一緒に露店を見て回ろうよ! 掘り出し物があるかもしれないよ」
結局何かを買うことはなかったけれど、日が暮れるまでエマの探索に付き合ったので足が疲れてしまった。何のために休息をとったのだろう。
「素敵なところだね、ロイス村って。フリートベルクを堪能したら、ここに戻って乗合馬車に乗ろうね」
宿屋一階の食堂で夕飯を食べながらエマがそう言った。本来の目的を忘れている気がする。
「エマ、これは観光ではなく遠征だからね? マークヴェストに寄ってどうするんだい?」
「う。そ、それは……ドラゴンを見る、とか?」
「ドラゴンはめったに姿を見せないとベルタさんが言ってたじゃないか」
「でも、行かなきゃ絶対に見れないでしょ? 路銀は乗合馬車の護衛をすればいいし。……あ、でもそうしたら馬車に乗れなくなる? いや、交代はあるよね?」
思考を垂れ流すエマに「やっぱり馬車が目的じゃないか」とカイが呆れた声で言う。
「まぁ、僕達はフリートベルクを満喫したらマークヴェストに寄って王都に帰ることにしようか」
「あたし達『は』?」
「ヴェラットさんはどこまで付き合うのですか?」
カイが今まで無言を貫いていたヴェラットを見る。ヴェラットが口を開いた。
「それを決めるのはフリートベルクに着いてからだ。そこで俺の目的が達成できれば別れるが、できなければまた一緒に旅することになるかもしれぬ」
「ほんと!?」
「よしっ!」
喜びの声を上げたのはエマとレオだ。カイはヴェラットを信用できないようで、懐疑的な目をしている。
「目的……確かフリートベルクの魔女に用があると言ってましたね。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか?」
「……それはできない。奴に悟られるわけにはいかぬ」
「奴とは谷の魔女のことですか?」
「そうだ」
ヴェラットの意思は固いようで、重い口が開くことはないとカイも察したのだろう。そうですか、と納得したかどうかわからない表情で言った。
「この先、ランメルツやフリートベルクを俺の護衛で行くことができる。今はそれだけでよいではないか」
「……そうですね。僕達だけだと相手の姿もわからずに全滅していたでしょう。山脈の魔物を舐めていました」
「フッ、シュピオルクスの脅威度は山脈の魔物の中では底辺に位置するぞ。これが山脈を迂回せざるを得ない理由だ」
その魔物相手に逃げを選んだヴェラットは実は弱いのか、それとも山脈の魔物が恐ろしく強いのか。どちらにせよ、彼なしに山脈の近くを歩くのは無理だ。
「つまり僕達には拒否権がないってことですね……わかりました、これからもよろしくお願いします」
「あぁ、フリートベルクまでは必ず辿り着けると約束する」
二人のやりとりにふと、フリートベルクでヴェラットと別れた後が不安になったけれど、今気にすることではないと余所へ追いやった。
フリートベルクは領地を一つ挟んだ先だ。海もその内見えるだろう。海を目指す旅も、いよいよ終わりが近づいてきた。




