16.ヘルガ
「わぁ、彩り豊かだね! 木組みの建物は王都やレヴィンと一緒だけど、壁の色がバラバラ! 川が流れてて綺麗な街だなぁ」
グラッツェルの街並みに興奮してキョロキョロするエマを急かして冒険者ギルドへ。仲間に続いて建物の中に入ろうとしたけれど、エマが私……というより私の背後にあるものを見て目を輝かせた。
「ねぇ、ラットさん。あれってお貴族様が住んでる建物!?」
指差すエマにつられて振り返ると、青い屋根の大きな建物があった。塀に囲われていて、門の入り口には騎士らしき全身鎧の人が二人立っている。
「あぁ、グラッツェル子爵の館だ。無礼だから指で差すのをやめろ」
「はーい」
それにしても立派な建物だなぁ、とエマは羨ましそうな目で眺める。ギルドの入り口を塞いでいることに気づかないのだろうか。
「ちょっとどいて、通行の邪魔だよ」
「ごめんなさい! ……あれ? この声は……」
「あれ、あんた……」
ギルドから出てきた人とエマが驚いた様子で見つめ合う。
「もしかしてヘルガ!?」
「やっぱしエマか!?」
「グラッツェルに拠点を移したのは知ってたけど、会えて良かった!」
「ウチも会えて嬉しいよ!」
二人は手を取り合って喜びを分かち合っているようだ。私のことは眼中にないらしい。
「誰?」
私が尋ねると、エマは私の存在を思い出したようで茶髪の少女を紹介してくれた。
「この子はヘルガ、あたし達と同時期に王都で冒険者登録した人だよ。年が近いのもあってすぐに仲良くなったの。短剣使いのちゅうき……」
「今は上級冒険者だね!」
「本当!? 先越されちゃったなぁ」
「あのイカれた銀髪野郎がいればエマ達もすぐなれるっしょ」
イカれた銀髪野郎とはルドルフのことだろうか。けれど彼は……
「色々あってね、今はルドルフがいないの」
「えっ?」
「戻って来るかもわからなくて……」
「喧嘩でもした?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……どう説明すればいいんだろう」
ううん、とエマが唸る。何かを察したのか「無理に話さなくていいよ」とヘルガが言った。
「なんか事情があるってことだね。詮索はしないよ」
「ありがと、ヘルガ」
「それよりさ、あの黒服の剣士もあんたの連れ?」
ヘルガが指差した先にはヴェラットがいた。
「うん、そうだよ。ラットさんっていうの」
「強者感が半端ないな。手合わせとかできないのか?」
「どうだろう。本人に聞いてみる?」
「やっぱしそれが手っ取り早いよな!」
駆け出したヘルガはヴェラットに直撃する勢いで迫る。僅かな動作で躱されて、併設された酒場の席に突っ込んでいった。
「大きくなってもそのままだなぁ、ヘルガは」
「レオと似た雰囲気を感じた」
「うん、レオとは喧嘩仲間なの」
懐かしがるエマをちらりと見て、一悶着ありそうなヴェラットとヘルガに視線を戻す。
「ここは室内だぞ。暴れるなら外でしてくれ」
「エマから聞いたよ、ラットって言うんだね!」
「いや、ヴェラットだが」
「上級冒険者のウチと手合わせしてくれよ!」
「……冒険者とは相手との力量差もわからず戦うものなのか?」
「いや、レオとヘルガが特殊なだけです。普通の冒険者は敵わない相手に挑みません」
ヴェラットの呟きに、カイが心外だと言わんばかりに反論する。
「ウチのこと舐めてんの? 『鷲の爪』の副リーダー、ヘルガだよ」
「聞いたことがないな。上級だろうと中級だろうと俺より下なのは明白だ」
「こいつ……」
「ちょっと! ラットさん、ヘルガを煽らないで!」
「事実を言っただけだ」
エマに咎められてもヴェラットは涼しい顔だ。
ヘルガが腕まくりをする。
「そこまで言うなら模擬剣で決着をつけようぜ。ヴェラットに手合わせを申し込む」
「相手はお前一人だけか? 仲間を呼ばなくてよいのか?」
「あんたこそ狼の集いに泣きつかないでいいの?」
「あいつらは仲間ではない、旅の同伴者だ」
ヴェラットとヘルガが冒険者ギルドの裏手にある練習場に向かうから、私達も観戦しに行く。ギルドの入り口で堂々と口喧嘩をしていたからか、観客は予想以上に多い。
「ヘルガ、頑張れー!」
「王都から来た冒険者をギャフンと言わせてやれー!」
あちらこちらからヘルガを応援する声が飛ぶ。ここを活動拠点にする彼女の人気は凄まじい。
「対戦相手、誰だ?」
「冒険者登録から一月で上級冒険者になった剣士らしい」
「確か名前はラット」
「……ヴェラットだ」
ヴェラットが何度目かの名前の訂正をした。もうラットに改名した方がいいような気がする。本名でもないのだし。
「じゃ、始めよっか。ウチから攻めていい?」
ヘルガが刃の潰れた短剣を構える。
「好きにしろ」
ヴェラットがそう言うと、ヘルガはすぐに地面を蹴って彼に肉薄する。そのまま斬りかかるかと思いきや、背後に回り込んだ。
「とりゃ!」
「レオよりかは速いか」
右手を狙った攻撃を難なく躱すヴェラット。ヘルガの短剣による攻撃を最小限の動作で躱していく。
「しかし――遅いな」
ヴェラットがそう言った瞬間、彼の魔力が爆発的に増えるのを感知した。普段は至近距離まで近づかないと感知できないのに、今ははっきりと認識できる。今まで隠していたのだろうか。
「……っ!」
ヴェラットの動きは私だけでなくここにいる全員が目に追えなかっただろう。それほどまでに素早い動きでヘルガの短剣を弾き飛ばし、彼女の喉元に剣を突きつけた。
「まいったよ」
ヘルガが負けを認めると、ヴェラットの魔力反応が不意に消えた。いや、彼は一歩も動いていない。何らかの方法で魔力を隠しているのだろう。
「あんた、めっちゃ速いね。最後の攻撃、どうやったのか聞いてもいい?」
「身体強化を使っただけだ」
「しんたいきょーか?」
「体内の魔力を身体中に巡らせ、一時的に強化する魔法だ」
「へぇ、よくわかんないけどウチにも使えるかな」
「それは知らぬ。本人の努力次第だ」
それだけ言ってヴェラットは私達のところに来た。
「邪魔が入ったがそろそろ出発するか」
「え、まだ早いよ! もう少し街を観て回り……じゃなくて、日が傾いてきたし出発は後日にしようよ」
「俺の足ならば問題ないが、お前らでは近くの村に辿り着けないか」
思考を呟いたのだと思うけれど、相変わらず私達を下に見ている人だ、ヴェラットは。
「……わかった、出発は明日だ。補給などして出発の準備を整えるように」
「明日ね、了解! さあみんな、グラッツェル散策開始だよ! ヘルガ、お勧めのお店とかあったら教えて!」
「グラッツェルの案内はウチに任せな!」
かくして昼過ぎから日没までの時間はグラッツェルを駆け回るだけで終わった。あちこち回ることができてエマは幸せそうだけれど、疲れ果てて倒れるカイが見える。レオも十分な運動ができたことで食事後も大人しくしている。
明日に備えて今日は早めの就寝だ。




