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15.湖の魔物

「わぁ! ねぇラットさん、あれが海なの?」


 ドルンを素通りして二日、北に大きな水の溜まり場が広がっていた。水面は穏やかで、対岸を見ることができない。エマはわくわくした顔で振り返ったけれど、ヴェラットが首を横に振る。


「いや、湖だ」

「みずうみ……」

「ドラッヘ山脈が途切れぬ限り海は見えないぞ」


 目的地の海ではなく湖と知ってエマが落胆すると思ったけれど、彼女は「やったぁ!」と両手を上げた。


「湖、初めて見た! ねぇねぇ、もっと近くに寄っていい?」

「待て、湖には魔物が……」


 確認をとる前に湖に近づくエマ。不意に魔力感知が魔物の接近を捉えたと思ったら、湖面から何かが数匹飛び跳ねた。


 頬を膨らませた緑色の蛙。湖に生息する魔物。あれは……


「エマ、危ないっ!」

「きゃあ!」


 カイがエマを押し倒すのと蛙が何かを吹き出すのはほぼ同時だった。カイの背負い袋に噴射された水が当たり、いくつかの穴を開ける。


「ゼーフロッシュ、この湖にしか生息しない魔物だ。王都には出没しない魔物を狩るのが旅の目的だろう? 探す手間が省けて良かったではないか」


 ヴェラットは魔物から依頼主を守れる位置に立っている。どうやらそこで観戦するつもりのようだ。


 蛙の魔物――ゼーフロッシュが湖に飛びこむ。魔力感知で探ろうとしても、水中には様々な魔力反応があってどれがゼーフロッシュなのかわからない。湖から飛び跳ねる直前には感知できたから、湖面から出たときが狙い目だろうか。


「大丈夫、カイ!? 怪我してない?」

「大丈夫だよ、エマ。でも湖からは離れようか」

「うん、わかった」


 エマとカイが湖から離れて定位置につく。前衛のレオ、中衛のカイ、そして後衛の私とエマ。けれど、この立ち位置ではレオがゼーフロッシュに狙われやすくなってしまう。


「レオ、後衛に移動して」

「は? なんでだよ」

「邪魔だから」

「コイツ……!」


 レオが私に向かって拳を振り上げようとするのを、エマとカイが必死に止める。


「落ち着いて、レオ!」

「ソフィも言葉が足りないよ。きちんと説明すればレオにも理解できるはずだ」


 説明。面倒だと思うもレオが大人しくなってくれるなら仕方ない。


「ゼーフロッシュは遠距離攻撃。湖の上から攻撃するから、近づくことができない。レオは遠距離の攻撃手段を持たないから、後ろに下がって。代わりに私が攻撃する」

「……わーったよ」


 レオがつまらなさそうに後ろに下がる。後はゼーフロッシュが飛び出すのを待つだけだけれど、なかなかその時が訪れない。


「まだかなぁ」

「もう来ねぇんじゃねーか?」

「二人とも油断は禁物だよ」

「そう言われてもねぇ」

「オレ達やることねーし」


 気が緩むのを待っていたのか、先程と同じ魔力反応が急速に動くのを感知した。


「土の矢」


 水から飛び出すのと同時に魔法で矢を生成して放つ。二体は矢が頭部に当たって消滅したけれど、残りの一体は水を噴射して矢を撃ち落とした。チャポンと湖の中へ戻ってしまう。


「できれば討伐証明に何か持ち帰りたいんだけど、できそうかい?」

「急所を逸らしても湖に落下するだけ」


 私達は泳げないし、水中に何が潜んでいるかわからない。陸地に誘き寄せることができればいいけれど、真上に飛び上がって攻撃してくるから難しいだろう。


「……仕方ない、素材は諦めるか。ソフィ、次で倒せそうかい?」

「土の槍。次はこれで試す」


 槍を生成して待ち構える。一、二、三……十数えてもゼーフロッシュは現れない。二度目の襲撃で気を引き締め直したエマとレオも、待ち時間が延びると次第に飽きてきた様子だ。それを好機と思ったのか、急接近する魔力反応。


「土の槍」


 飛び出すと同時に槍を投げる。ゼーフロッシュは水噴射で応戦したけれど槍の勢いを殺せず、腹部に深々と突き刺さって絶命した。その形が崩れて魔石だけが残る。魔物の心臓部に突き刺してとどめを差したときに起こる現象だ。心臓は魔力が最も多く集まるから、とどこかで聞いたことがある。


 魔力を操作して魔石が刺さったままの槍を手元に戻す。親指と人差し指で作った丸程度の大きさで、黒っぽい魔石。これは特定の属性を持っているわけではなく、複数の属性が合わさった結果このような色に見えるだけ。つまりどこにでもあるくず魔石だ。


「カイ、これは討伐証明になる?」

「どの魔物か特定できればひょっとしたら……くらいの確率かな」


 討伐報酬はあまり期待できなさそうだ。


「魔物討伐が終わったのなら出発するぞ。湖が見えたということはグラッツェルまであと少しだ」

「はーい!」

「よっしゃ!」


 ゼーフロッシュ戦でほとんど何もしなかったエマとレオは、ヴェラットの言葉にやる気が復活したようだ。意気揚々と彼の後を追いかける。


「グラッツェルに着いたら背負い袋の穴を塞がないとね」


 袋と中身に問題ないことを確認したカイは、袋を背負い直して彼らの後に続く。私はいつも通り最後尾だ。

 川に架かる橋を渡れば石壁に囲われた街が見えてきた。


「あれが領都グラッツェルだ。明るい時間帯に辿り着けて良かったな。日没前になると最後尾が橋の上ということもざらにあるのだ」

「ひぃ!」

「早めに着けて良かったね……」

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