14.西へ
「うわぁ、高い山がどこまでも続いてるよ。まるで壁みたい! もしかして、あれを登るの?」
レヴィン南門を出てしばらく進むと、前方に高い山々が見えてきた。エマが目を丸くして指差す。
「いや、登らない。入山が禁止されているからな」
「どうして?」
「冒険者の手には負えない魔物の住処になっているのだ」
振り返ったエマに答えたのはヴェラット。仲間になったわけではないけれど、道案内兼護衛として一時的に行動を共にしている。
「あれはドラッヘ山脈だ、危険だから迂回して進むぞ」
「でも、どこに通り抜けられる道があるんだろう?」
東西に連なる山々は終わりが見えず、山の頂も雲に隠れて見えない。登るのが無理ならどうやって南に行くのだろうか。
「西へ道なりに進むとマークヴェスト侯爵領に着く。そこまで行くと山が途切れるから、東に方向転換してフリートベルクに行くのだ」
「よくわかんないけど遠そうだね」
「半月から一月といったところか」
「二か月くらいかかるんだね、了解!」
「話を聞いていなかったのか? 俺は半月から一月と言った」
旅の日程がいつの間にか一月以上延びていることにヴェラットが眉をしかめた。
「うん、聞いてたよ! でも、ゆっくり旅したいじゃない。あちこち観て回りたいし」
「……観光のつもりか?」
「ち、違うよ! 遠征だって! 大きな街で討伐依頼を受けて、王都周辺には出没しない魔物を狩るの!」
「お前らと旅をしているといつ目的地に辿り着けるか予想がつかないな」
「えへへ、行き当たりばったりが一番なの」
「……褒めたつもりは毛頭ないが」
エマと話していても時間の無駄と気づいたのか、ヴェラットははぁと溜め息を吐いて進路を西にとった。
「次の目的地はグラ……何だっけ?」
「グラッツェルだよ、エマ。グラッツェル子爵領」
「そうそれ! 前どっかで聞いたことがある気がするんだよね」
「あの人の拠点じゃないかい?」
カイの言う「あの人」が私はピンと来なかったけれど、エマは「あぁ、あの人ね!」と手をポンと打った。
「久し振りだね、元気にしてるかな?」
「オレも早く会いたいぜ!」
「出た、脳筋仲間」
レオも誰かわかったようだけれど、私だけわからない。首を傾げる私を見て、エマが片目を閉じた。
「着いたらソフィに紹介してあげるね! それまでは内緒」
どうやら答えが出るのは数日後らしい。
色んな話をする私達を見て、旅商人のエルヴィンはフッと笑った。
「賑やかな仲間ですな、坊ちゃま」
「その呼び方をやめろ、元騎士団長。それと、彼らは仲間ではない。旅の同行者だ」
「そういうことにしておきましょう」
お喋りなエマだけれど、魔物が襲ってくれば口を閉ざして杖を構える。襲い来る魔物を討伐したけれど、エルヴィンに「遅い」と叱られてしまった。
「わしが速やかに目的地に辿り着くための護衛じゃろう。わしより討伐速度が遅くてどうする。これなら一人の方が身軽じゃ」
「すみません」
「これじゃから護衛はいらんと言っとるのに……」
ヴェラット曰く元騎士団長のエルヴィンは私の想像以上に強かった。槍の一突きで魔物を絶命させるし、囲まれても老人とは思えないほどの身軽さで魔物を倒していく。ヴェラットと互角かそれ以上の強さらしい。
そんな人がなぜ旅商人になったかと言うと、
「実は商人の生まれでな。兄が他界して子がおらんかったから、わしが継ぐことになったんじゃ」
という理由のようだ。ヴェラットの兄フィリップの教育は終わったところだったので、騎士団長の地位を譲り家に戻ったと。
「じゃが店の中でじっとしてるのは性に合わん。だから旅商人に転身したのじゃ」
騎士の道を選んだのも勉強から逃げるため。それなのに勉強し直す羽目になった怒りと悲しみをエルヴィンは語る。
「ってことはさ。じいさん、めっちゃ強いんか?」
「うむ。手合わせしてみるか?」
「おぅ! 街に着いたらやろーぜ!」
エルヴィンも交えて話しながら道のりを消化し、レヴィンと同程度の大きさの街が見えてきた。
「あれがグラなんとかかよ?」
「いや、その手前の街ドルンだ」
「あそこは宿泊費が高いので素通りじゃ」
「ええっ!? 観光……じゃなくて、冒険しないの?」
エルヴィンの言葉にエマが衝撃を受けた顔をする。
「そこまで気になるならわしをグラッツェルに送り届けた後に寄ればよい。それともここで依頼を放棄するか? 無論、違約金は請求するがの」
「エマ、ドルンはいつでも行けるから今は依頼人の指示に従おう」
「……はぁい」
規模はレヴィンと同程度だけれど、ドルンの方が活気に満ちている。冒険者の数がやけに多い。その割には宿屋の値段が少し高めだった。
「南に広がるドラッヘ山脈から追い出された魔物が街に攻めてくるため、討伐依頼が多く冒険者が集まりやすい。しかし、受けられるのは上級になってからだ。中級のお前らにとっては、受けられる依頼が少なく宿屋も割高と寄る利点が一つもない」
「ぐっ、反論できない……」
ヴェラットの詳しい説明にエマが呻き声を上げる。
「素通りする理由はわかったか? 村までは距離があるから急ぐぞ」
「バイバイ、ドルン。絶対上級冒険者になって帰って来るからね」
「そこまで感傷的になるものか?」
名残惜しそうにドルンの街並みを振り返るエマに、理解できぬとヴェラットが首を振った。
「護衛としてはイマイチじゃが、旅のお供としては最高じゃのう。ぼっちゃ……ヴェラットさんもそう思いませぬか?」
「……ただ騒がしいだけだ」




