13.閑話 ヴェラット誕生
俺、ヘルフリートは王都からレヴィンを目指して、必死に馬を走らせていた。
――誠に残念なことだが、レヴィン男爵は経営破綻により爵位剥奪となった。騎士は貴族がなるもの、男爵家でなくなった其方を騎士団から追放する。
陛下のお言葉が頭を過ぎる。わけがわからないまま王城、そして王都を追放された。
「経営破綻とはどういうことだ? 立て直せる額だと手紙にあったではないか」
亡き父上の後を継いで領主になった一番上の兄。
領地や領民を守るためレヴィン騎士団長になった二番目の兄。
金銭援助をしてもらうために政略結婚した姉。
皆、金の心配はいらぬと俺を王都の騎士団に送り出した。それなのに、何故。
「何故俺はこのようなところにいるのだ。早くレヴィンに帰らねば……む?」
前方から竜巻が迫ってくる。見上げても終わりが見えない。この速さ、大きさ、今から回避しても間に合わないだろう。ならば。
「風には風を!」
剣の柄に填められた魔石に魔力を込めて放った。小規模な竜巻が発生して巨大な竜巻にぶつかる。これで勢いを殺せたり進行方向を変えられれば良かったのだが、全く衰えることなくこちらに迫ってきた。
咄嗟に風で全身を覆い衝撃に備える。
「このアタシに風魔法で挑むとは、いい度胸してるねぇ」
どこからか掠れた声が響く。パチンと指を弾く音がすると、俺の周囲を覆っていた風が霧散した。
「なっ!?」
竜巻は目前。守りは間に合わない。俺は為す術もなく風に巻き込まれて意識を失った。
「……きな」
「ん……」
「いつまで寝てるんだい。さっさと起きな!」
「わっ!」
風の刃が迫るのを察知して瞬時に身を捩った。跳ね起きようとしたが、身体を思うように動かせない。どうやら拘束されているようだ。
次に、風の刃が飛んできた方向を見る。そこには、四、五十代ほどの女性がいた。元は黒かったであろう髪には白髪が目立ち、瞳は乾いた血のように昏い赤色をしている。
この顔、特徴、風魔法の使い手。どこかで見たことのある情報だ。懸賞金がかけられたお尋ね者の貼り紙だったか。確か二つ名は……
「『谷の魔女』か」
「へぇ、アタシのことを知ってるのかい?」
「王国北部の領地ロンベルクの北西にある谷間に棲む魔女。風魔法を究めた魔女で、飛行能力がある。かつて一国を滅ぼした最恐の魔女」
「そうさ、正解だよ」
女性……谷の魔女が唇をつり上げた。己の悪名が轟いていることに喜んでいるようにも、俺の反応を見て愉しんでいるようにも見える。
谷の魔女が腰を下ろして地面に這いつくばる俺を見下ろす。俺の顎を上げて視線を合わせると、ククッと笑った。
「アタシが谷の魔女とわかっていながら諦めない目、嫌いじゃないよ。その顔が恐怖と絶望に染まるのを見るのが楽しみだねぇ」
「……腐っているな」
「アタシはアタシを人扱いしなかった王国に復讐してるだけさ。アンタ達人間が魔女を人と認めないのなら、魔女が人間を人と思わなくてもいいってことだよねぇ?」
「……何を言っている?」
谷の魔女が言わんとすることが理解できない。谷の魔女は国外追放されて四百年以上が経つ。彼女を追放した国は彼女に滅ぼされたし、今の王族は魔女も一つの種族として認めているはずだ。
確かにロンベルクを中心とした北部の人達は魔女に憎悪を抱いているが、それは谷の魔女が不定期に現れては物を壊したり人を攫ったりするせいだ。悪いのは谷の魔女なのに、被害者のような顔をするのが到底受け入れられない。
「十数年前の革命によって王国南部を中心に魔女に対し寛容的な人が増えた。それなのに魔女への憎しみが消えないのは、お前が人々を襲う悪として君臨しているからだろう!?」
「人の気持ちがそう簡単に変わることはないさ。災厄の魔女が現れて以降、魔女は悪という構図が塗り変わったことはない。英雄気取りの魔女を信じる奴らも、実際に魔女に襲われれば態度を変えるだろうねぇ」
「フリートベルクの魔女を愚弄するつもりか?」
顎を持ち上げる手を振り払いたいが、手枷についた鎖が床と繋がっているため、思うように動かせない。足も同様だ。
ならば頭、と俺は人差し指に噛みつこうとした。
「あがっ!?」
何故か歯が届く寸前で動きが止まった。口を動かすことができない。谷の魔女が魔法を使った様子はないが、いったい何が起きたのだろうか。
「ご主人様に噛みつこうとするとは躾が足りないようだねぇ。……命令だよ、顔を引きな」
「……っ!」
俺の頭が勝手に元の位置に戻った。
ご主人? 命令? 何を言っているのだ?
「いつまで口を開けてるんだい。さっさと閉じな」
「んんっ」
まただ。意図せぬ動きで口が閉じられた。危うく舌を噛みそうになる。何かを言おうとしても唇と唇が接合されたかのように動かない。
「聞きたいことでもあるんかい? なら口を開けてもいいよ」
「っ、ぷはぁ……な、何をした、谷の魔女?」
「何ってまだわからないのかい?」
谷の魔女が嘲笑う。
「アンタは魔女の血を飲んで、アタシの手下になったのさ」
「は?」
「生きるも死ぬもアタシの一存で決まる。どれだけ抵抗しようと命令に従うことしかできない。それが魔女との契約さ」
「……契約だと? それは両者の合意があって成立するものだ。勝手に血を飲ませるな!」
「いくら喚いても無駄さ。これは魔女にも解き方がわからない呪いだからねぇ」
「くっ……」
そうして、屈辱的な日々が始まった。拘束具は外されたが檻に入れられ、食事は一日に一度運ばれてくるのを食べるのみ。それもカビの生えたパンや固くて臭みのある魔物肉が中心だ。
時折谷の魔女の命令で檻の外に出ても、反撃もできずに痛めつけられるか、俺と同じく谷の魔女に連れ去られたであろう人が傷つけられるのを見せつけられるかで檻の中にいた方が安全と思う日々だ。
谷の魔女がレヴィンを攻撃しようとしたときに一度だけ妨害できただけで、それ以来命令に逆らうことができない。一度逆らったことで当たりがきつくなった。
谷の魔女の気まぐれでレヴィンの破壊は避けられたが、他の街が標的にされた。風魔法だけで蹂躙する姿を見せつけられて、今の俺では敵わないことを実感する。
それからは合間を縫って身体を鍛えることに。自由に檻から出ることはできないし、出られても体の自由はないが、狭い檻の中でできうることをした。
谷の魔女に見つかったときはまずいと思ったが、何故か奴は愉悦の笑みを浮かべた。
「逆らえないとわかっていながら身体を鍛えるとは大したもんだねぇ。そんなアンタに命令だ。ヴェラットとして王都で冒険者登録して、次の命令があるまで依頼をこなしな」
「……ヴェラット?」
「読み方は違うが『裏切り』という意味さ。魔女に付き従うアンタにぴったりの名前だろう?」
いつぞやの竜巻に呑み込まれて、気がつくと王都周辺の平原にいた。一瞬レヴィンを目指すことも考えたが、谷の魔女が常時見張っているだろうから無理と判断。命令通り王都で偽物の身分証を見せて冒険者ギルドで冒険者登録した。
「はあ!? たった一日でこれだけの魔物を!? しかも、全部魔石じゃねえか!」
「何か問題があるか?」
「魔石だとどの魔物か区別がつかないんだよ。おまけに武器の加工以外に使い道がないし」
「魔術具を使えばよいではないか」
「……あんた、いいところの坊っちゃんか? なら教えてやるが、平民には魔術具を作れないし、魔術具を作れるお貴族様は騎士団から魔石を買い取るのさ。だから魔石の需要は低い。おまけにあんたが騎士から奪ったんじゃないかと窃盗の疑いがかかる。魔石を大量に用意しても得は一切ないな」
「……そうなのか」
冒険者や平民の事情は実際になってみないとわからなくて、勉強になる話が多い。民を護るためにひたすら魔物を討伐する騎士と、素材目当てに魔物を倒す冒険者。同じ魔物を狩る仕事だが、似て非なるものだった。
「まぁ、これ全部あんたが魔物を倒して手に入れたんなら、下級冒険者のままにしておくと上に怒られるな。中級冒険者への昇格を認めよう」
「……中級か。上級にはどうすればなれる?」
「それは最低でも一か月はかかるな。依頼をこなして実績と信頼度を積んで、冒険者に慣れてきた頃に昇級試験を受けられる。それに合格すれば……」
「あそこにある依頼、全て受ける」
ごちゃごちゃ言う受付の言葉を遮り、俺は依頼札のかけられた掲示板を指差す。何故か周りの冒険者がどよめいた。
「はあ!? お前、他の冒険者のことを考えて……」
「護衛依頼と街中でこなせる依頼は除外だな。となるとほぼ討伐依頼か」
「……話、聞けよ」
「悪いな、最短で上級に上がるためには手を抜けないのだ」
一通り依頼札を外し、受付カウンターに置いた。
「この量、本当に期限内に終わらせられるのか? 期限を過ぎると違約金を払わなければならないし、信頼度も低下するぞ」
「この俺を舐めるな」
この程度、騎士のときは当たり前にこなしていた、とは言えなかった。本来、騎士がこのようなところにいるはずがないのだから。
周囲の目を無視して俺は冒険者ギルドから出た。
宣言通り最短で上級冒険者になった俺は、次の依頼を探していた。そこに、約一か月振りに奴の声が響く。
『ヴェラット、命令だ。今、掲示板の前で騒いでいる四人組がいるだろう? 魔法使い二人と盾、武闘家の組み合わせだ』
久し振りに聞く不快な声に顔をしかめながら掲示板に目を向けると、谷の魔女が言った通りの人達がいた。
『そいつらより先に王都とレヴィンの中間にある村へ行き、グラオヴォルフに襲われているところを救出しな。魔物はアタシが用意するから、アンタは力を見せつけるだけでいい』
魔物に流れる魔力を正常に治して、己の手駒とする。魔女と一部の魔法使いにしかできない能力だ。それを利用して襲わせるのだろうか。
グラオヴォルフと言えば、先日中級冒険者が遭遇したと聞く。その魔物から生きて帰った者は少ないから、冒険者ギルドはその話題で盛り上がっていた。命からがら逃げ帰ったはずの冒険者パーティーは意気消沈した様子だったが。
「カイ、これは?」
「……レヴィンへの護衛依頼か。報酬も申し分ない。よく見つけたね、ソフィ」
……あの冒険者か。
目標を知った俺は静かに冒険者ギルドを出た。
俺の名は裏切り、誰を裏切るか決めるのは自分自身だ。




