12.ヴェラット
「ラットさんも一緒なんだね、丁度良かった! ねぇ、ラットさん。もし良かったら狼の集いに……」
「エマ、重要な話はまずリーダーである僕に通してくれないかな」
カイに相談することも忘れてヴェラットを直接誘おうとするエマ。当然のことながら全てを言う前にカイに止められた。
「カイ、ラットさんを仲間に誘いたいの。ルドルフが欠けて前衛で戦える人が一人減ったし、ラットさんは強くて物知りでこれ以上ない逸材だよ!」
「それは否定しないけど、ヴェラットさんの素性が知れないからね」
「わかんないのはソフィも一緒じゃない」
「ソフィは五歳で一人にできなかったからだろう? ヴェラットさんは独りでも生きていける」
当時五歳で自分の名前すら忘れた私と、上級冒険者として活躍しているヴェラット。過去がわからない同士だけれど、状況が違うだろう。
「……俺の過去を知ればお前は納得するのか?」
今まで黙って聞いていたヴェラットが口を挟んだ。エマはぱあっと目を輝かせた。
「それってつまり、ラットさんも『狼の集い』に入りたいと思ってるってこと?」
「いや、そういうわけではない」
「でも、少しは前向きに考えてるんだよね?」
「……まぁ、目的地が同じなら案内役くらいはしてやってもよい」
目的地と聞いて、カイに相談したいことがあるのを思い出した。
「カイ、フリートベルクに寄る予定はある?」
「どうしたのかな、藪から棒に。ソフィが意見するのは珍しいね」
「そこに魔女がいると聞いた。魔女なら私の過去を知っているかもしれない」
「……なるほど、記憶を取り戻すためか。それがソフィのやりたいことなら協力するよ。と言っても、フリートベルクは元から行く予定だったけどね」
「そうなの?」
海が見える南を目指すとは聞いていたけれど、具体的にどの街かは知らなかった。
「あそこ以上に盛り上がっている港街はない。建物もこことは見た目が異なるらしいから、エマも満足すると思ってね。魔女がいるとは思わなかったけど」
カイが魔女を好いているのか嫌っているのか、私にはわからない。けれど、魔女がいると聞いて目的地を変えることはなさそうだ。
「ヴェラットさんもフリートベルクを目指しているらしく、共に行くのはどうかとさっき提案されたんだ。でも、僕達はヴェラットさんのことを何も知らないからどうしようかなって。一人で決めていいことじゃないし」
「まずは俺の話を聞いてくれ」
ヴェラットに勧められ、私達は席に着く。
「俺の本当の名はヘルフリートだ。かつてはヘルフリート・レヴィンと名乗っていた」
「ヘルフリート……」
「家名、この街と同じだね」
「……元領主一族ということですか?」
「あぁ」
カイに問われて、ヴェラットは頷いた。その顔を見ていると、どこでその名前を聞いたのか思い出した。
「フィリップ騎士団長の弟?」
「え、誰?」
「……そうだが、どこで知った?」
「今日会って話を聞いた」
そんな人いたっけ? と首を傾げるエマに「先頭にいた騎士」と返す。
「十五で学校を卒業した後、俺は王国騎士団に入団した」
「騎士様!?」
「……いちいち突っ込まないでくれないか? 話が進まない」
「ごめん、続けて」
十四で父親を失い、一番上の兄が後を継いだ。その頃から異変が起こったらしい。
「種を吹き飛ばす風、日照り続き、雨続き……当時の俺は王都にいたため手紙による情報しかなかったが、全ては谷の魔女がやったことと知ったのはかなり後になってからだった」
当時を思い出したのか、ヴェラットが拳を握りしめた。
「元から裕福でなかったレヴィンだが、不作続きで食物が手に入らず、多くの民がこの地を去った。税金が減り、領地運営ができないほど借金を抱えたレヴィン男爵は爵位と領地を剥奪された」
「しゃくいをはくだつ……?」
意味がわからなかったのかエマが首を傾げる。レオはというと、長話に飽きたのか骨肉にかぶりついていた。
「要するに貴族でなくなったわけだ。それは領主一族である俺も同じで、貴族しかなれない王国騎士団を退団させられ、王都からも追い出された。レヴィンに戻る途中で風に巻き込まれて、気がつけば谷の魔女の根城にいた」
「谷の魔女……!」
あいつ、アニキを奪いやがって! とレオが骨を持った拳を振るう。
「アレにされたことは非常に不愉快で思い出したくないし、必要のない情報なので省く。谷の魔女に解放された俺はヴェラットとして冒険者登録し、上級冒険者になった。その後はお前らの知っている通りだ」
「……」
ヴェラットは明らかに何かを隠している。谷の魔女との関係性だろうか。
「あなたは谷の魔女に操られてるの?」
「その話はしたくないと言ったのだが?」
よほど言いたくないのか、ギロリと睨まれた。それでも確認をしておきたかったので、私はヴェラットをじっと見つめる。
「魔女の血を飲まされて、谷の魔女の手下になった。ルドルフが怪我したからあなたが代わりに監視役に選ばれた」
「……」
「谷の魔女の目的は私? 私が魔女だから?」
「……あぁ、そうだ。お前は将来救世主となるから護衛しろとのことだ」
殺気を放ったままヴェラットは私達に近づく理由を明かした。
「救世主?」
「俺も自分より弱いお前がこの世界を救うとは思えぬがな。お前にはその才能があると谷の魔女はお考えだ」
「才能……」
魔力の多さは自信があったけれど、谷の魔女と比べれば天と地ほどの差がある。魔法技術も谷の魔女の足元にも及ばない。ヴェラットにすら勝てないのが現状だ。
「私にはないと思うけれど」
「谷の魔女の推論ではお前の才能が開花するには様々な条件が必要になるとのことだ。まず、己が何者か自覚すること。自分の出自、種族を知れ。次に強い感情がきっかけになると聞いた」
「強い感情……」
「まぁ、感情が乏しいお前には難しいかもしれぬが」
「あなただけには言われたくない」
いつも無表情で感情が読めないヴェラットにそう思われているなんて心外だ。
「俺に感情がないと言いたいのか? 俺は表に出さず内側で制御しているだけだ、魔力も怒りも」
表に出してやろうか、と彼は唇をつり上げた。どうやら感情はしっかりあるらしい。
「それはさておき、谷の魔女のご命令だから俺はお前らが断っても後をつける。お前らが受け入れるなら先導するだけだ。好きな方を選べ」
ヴェラットと旅を共にするのは確定のようだ。つけ回されるか堂々と一緒に歩くかの違い。仲間と顔を見合わせると、エマとレオは期待したような目で、カイは半ば諦めたような顔をしていた。
「ヴェラットさん、最後に一つだけ質問してもいいですか?」
「なんだ?」
「フリートベルクに向かう理由を教えてください」
「……フリートベルクに棲む魔女に用がある。それ以上は言えぬ」
カイとヴェラットが無言で見つめ合う。ふぅ、と息を吐いて笑顔を浮かべたのはカイだ。
「わかりました、一緒にフリートベルクを目指しましょう」
「ふむ、強そうな御仁じゃな。わしより強いと見た」
今日この街を発つという旅商人エルヴィンの元へヴェラットを含めた五人で行くと、あっさりと護衛として認められた。
「目指すはグラッツェル子爵領。間に男爵領があるが、こことそう変わらんので素通りする。それでよいな?」
「え、散策しな……」
「はい、よろしくお願いします」
ゆっくり街を見て行きたい様子のエマの口を押さえて、カイは承諾した。
「よし、ではゆくぞ」
老人とは思えない力で商品がたくさん載った荷車を動かすエルヴィン。護衛がいらないと言われるのも納得の怪力だ。
「フッ、さすがは元騎士団長だな」
「坊ちゃまに襲いかかるものはわしが討伐いたします」
「それではどちらが護衛かわからぬ。お前は商人らしく守られていればよい」
ヴェラットを案内役に、海を目指す旅は続く。
レヴィン編完結しました!
閑話を挟んで次は南街道編です。




