10.騎士団の到着
谷の魔女がどこにもいないことを確認すると、急に力が抜けて倒れそうになった。
「大丈夫ですか?」
私の体を白の魔女が支えてくれる。彼女は私を切り株に座らせて、谷の魔女に切られた部分を労るように優しく触れた。
「切り傷が多いですね。治療してもよろしいですか?」
「……ん」
「光よ」
温かくてどこか懐かしい感じのする光が私の周りをふよふよと漂う。傷口に集まると、みるみるうちに塞がれていった。エマの水属性による回復魔法ではない、光属性の回復魔法だ。魔女で光魔法を扱えるのは歴史上で見てもたった一人だけ。
「あなたは放浪の魔女なの?」
「いいえ、そのような二つ名で呼ばれたことはありません」
「じゃあ、災厄の魔女を倒したのは?」
「倒したが殺したという意味ならば、どこにも存在しません」
「え?」
「災厄は今もどこかで生きていますから」
世界を闇で覆った災厄の魔女と、それを破った放浪の魔女。誰もが知る英雄伝説を目の前の人は否定した。虚空を睨むその先に何が見えているのだろうか。
「……と、長話をする余裕はなさそうですね」
白の魔女の視線を追うと、仲間達が駆け寄ってくるのが見えた。
「大丈夫、ソフィ!?」
「なんでラットがここにいるんだよ?」
「隣の女性は誰だい?」
皆がバラバラの質問を投げてくるから、どれから答えればいいのかわからない。ヴェラットがここにいる理由は知らないし。
私が困っていると、頭上からくすりという笑い声が降ってきた。顔を上げれば白の魔女が微笑んでいる。
「良き仲間に恵まれたのですね、ソフィア」
「ソフィアじゃない、ソフィ」
「えっ?」
私が訂正すると、谷の魔女の攻撃にも動じなかった白の魔女が予想外のことを言われたような顔をして固まった。
「あなたはわたくしのことを覚えていないのでしょうか」
「知らない。どこかで会った?」
正直に答えただけなのに、白の魔女は口元を押さえて息を呑んだ。
「ソフィはあたし達と出会う前、五歳より前の記憶がないの」
「……記憶喪失ということですか?」
「でも、ちっこい頃の記憶がないのは普通のことだよな? オレもねーし」
「あなたがソフィと出会ったのは彼女が幼い頃だったのではありませんか? それなら忘れてしまったのかもしれません。五歳より後なら謝罪させますが」
「その必要はありません。……つまりソフィア、いえソフィは誰に魔法を教わったか、誰からその杖を貰ったかもご存じないのですね?」
「ん」
白の魔女はこの古ぼけた杖を昔誰が持っていたのか知っているのだろうか。聞いてみたけれど、「わたくしは渡される瞬間を見たわけではありませんので、他の方に聞いてください」と言われてしまった。
「しかし、それならばどうしてソフィという名前て呼ばれているのでしょう?」
「それはエマがくれた名前」
「エマというのはレモンの髪色をしたあなたでしょうか?」
「へ!? う、うん。そうだよ!」
急に声をかけられ、エマがたじろぐ。
「どうしてその名を?」
「えっと、前にまじょさ……森の小屋で黒髪の女の子を見かけたことがあったの。その子と髪と目の色がおんなじで、ソフィって呼ばれてたから」
――よろしくね、ソフィ!
エマの言葉が脳裏をよぎる。名前すら忘れた私の手を引っ張り、仲間に入れてくれた過去。あのときエマがいなかったら、私は何も知らないまま死んでいただろう。
「その森の主は真っ直ぐな髪と濃い緑色の瞳が特徴的でしたか?」
「どうしてそのことを!? ……あ、し、知らないよ? あたし、魔女なんて会ったことないもの」
「わたくしは一言も魔女とは言ってませんよ」
「あ、あれ? えーと、えーと……」
「その方に会ったことは秘密にしておくように言われたのですね。でしたら、無理に話す必要はありませんよ」
「じゃあ内緒で!」
ぱあっと顔を明るくして、今の話をなかったことにするエマ。それで納得する人はいるのだろうか。カイは少し不機嫌そうな顔をしている。レオは退屈そうだ。
「ソフィ、あなたの旅路には数多くの難題が待ち構えていることでしょう。己を、そして世界の真実を知ることができるかもしれません」
「……」
「ですが、どんなときも一人にならず、仲間と行動を共にするようにしてください。そうすれば一人では越えられない壁も越えることができます。そして、いざというときはわたくしを頼ってください。必ず助けに駆けつけますから」
茶色の瞳が真っ直ぐにこちらを見つめる。有無を言わせない何かを感じて、私は「わかった」と頷いた。
「……そろそろ騎士団が駆けつけてくる頃ですね」
「騎士団?」
「ソフィ、またどこかで会えることを願っています」
白の魔女は一瞬で姿を消してしまった。気がつくとヴェラットの姿もどこにもない。
「魔女はどこだ!?」
騎士と思われる全身鎧の人が大きな声と共に剣を構えるから、思わずびくりとしてしまった。騎士が私を見る。迷いのない足取りで近づいてくるから、警戒したカイが盾を構えて前に出た。
「僕達は中級冒険者パーティー『狼の集い』です。仲間のソフィに何かご用ですか?」
「いや、服が切り裂かれているから魔女にやられたのかと案じただけだ。出血が激しいのなら救護室に運ぶべきかと思ったが、既に癒えているようだな。だが、失った血が戻ることはない。今日は安静にするように」
どうやら騎士はボロボロの服を着た私を心配しただけのようだ。「失礼しました」とカイが盾を下ろした。
「レヴィンから竜巻が見えたため駆けつけたが、谷の魔女はいないようだな」
「谷の魔女? ……ソフィ」
カイに小さく呼ばれたので、無言で頷いた。
「先ほどまでこの山にいました」
「何だと!? 詰所で詳しく聞かせてくれないか? これは命令ではない」
「はい、わかりました」
騎士団に周りを囲まれながら、私達は山を下りていく。街に戻り大通りを真っ直ぐ行くと、中央広場で左に曲がる。大きな屋敷が見えてきた。
「わあっ!」
「エマ、今は静かに!」
「ははっ、罪人でないからはしゃいでよいぞ。立派な建物だろう! 私も前はあそこに住んでいたのだ」
「りょ、領主様!?」
「いや、元領主一族なのは間違いないが領主の地位を継いだのは兄上だ。私は騎士の方が性分に合っているからな」
屋敷の門を潜り、堂々とした足取りで中に入っていく騎士。けれど私達は門の前で右往左往していた。
「どうした? 入ってもよいぞ」
「ここから先はお貴族様の土地ですよね? 平民である私達がおいそれと入るわけには……」
「心配するな! ここは商人の出入りもある」
「ですが、僕達は冒険者で……」
「それに、私も今となっては平民だ。騎士団の中には元冒険者もいる。何も恐れることはない」
「騎士様がこう言ってるんだし、入ろうよカイ!」
「あ、ちょっとエマ!」
エマがカイの手を引っ張って門を潜る。
「強い奴がいっぱいいるんか? ワクワクするぜ!」
恐れを知らずにずかずかと入っていくレオ。
私も意を決して仲間の後を追おうとしたけれど、
「其方は魔女の生まれか?」
先頭に立つ騎士に問われて足を止めた。




