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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第十三章 完結
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13.天上の光

 天上界を覆う空には深い闇が立ち込めていた。止まっていた時が動き出し、廃絶されていた負の力が一気に押し寄せた影響で、星もまたたかぬ闇の夜が幾日も続いている。

 帝人は大きな窓の前に立ち、真っ暗な景色を眺めた。

 この夜を待っていたのは鷹塚永治だ。停止の理にヒビを入れた最初の男である。その意思と念の強さゆえ、魂の半分を浄真界へ追いやられ、今日まで流転の理の支配者の監視下にあった。


 これまでの経緯を説明し終えた永治は、理の支配者である男の前に跪いて頭をたれた。

「理想郷を破壊した責任は、いつでも取る覚悟です」

 しかし男はため息ついた。

「もはやお前の命ひとつでは(あがな)いきれない。その機は逃した」

「では、いかがなさるおつもりですか」

「停止の理を守る気などさらさらなかったくせに、気になるのか」

 永治は苦笑いした。やはり見抜かれていたか、と。

「ご存知だったのなら、どうして自由にしたんです?」

「引きずっているのだ」

「……なにを?」

「カーンデルが犯した罪を。今でもすまなかったと思っている。だからつい甘くなってしまう」

 永治は顔を上げ、目を丸くした。

「しかし、それはもう」

「いや。お前が理想郷に馴染めなかったのは、前の生を全うできなかったせいだ。あの男がすべてを壊した。サルビアも、お前やラインビルの人生も、そしてこの理想郷も」

 男はそう言って、帝人を見つめた。

「何故お前のようになれなかったのか、とても悔やまれる」

 帝人の胸は疼くように痛んだ。そしてふと思い出した。己の内にある天位一位の宝玉は、この男に認められようと必死に足掻いて手に入れたものであることを。

 帝人だけではない。その場にいた誰もが薄々気が付き始めた。これまで、天位の宝玉は生まれながらに持ち、己の魂を磨くことで輝きが増し天位に反映されるという認識だったが、その認識さえも改ざんされたものだということに。


 結局、帝人、空呈、燈月の三名と核の五名は最上階に残り、永治も光治と再会を果たして各々の部屋にとどまったため、十八階から下に追いやられた者も、もともとそこにあった者も、ただならぬ事態に右往左往した。みな人質に取られたのか、あるいは洗脳されてしまったのか、と。

「流転の理に支配されてしまったのは確かだろうな」

 そう平然と言ってのけたのは克猪だ。ほかの上位天位者らは歯ぎしりした。ちなみにここは待機所として臨時に設けられた十八階の一室で、集まっているのは三位以上の者たちと大御神、竹神である。

「なにを呑気に構えている。何か対策を練らねば」

 虎里が腕組みして言うのを、克猪は白けた顔で見やった。

「どんな? 悪いがあの男には勝てる気がしない。俺は降りる」

「なんだと?」

「最高位共々、戦意を失ったのだ。そうでなければここまで一気に流転の理に支配されることはない。それでどうやって戦うんだ?」

「何故そう断言できる」

 克猪は不敵に笑った。

「あの男が来臨したのは、理想郷を守るためだったからだ」

 周囲はどよめいて、虎里は眉をしかめた。

「どういうことだ」


 裏の事情は聞いたが、一同は渋い顔をした。濃い闇に覆われた空を見る限り、流転の理はやはり陰鬱とした世界のように思える。このような支配に屈するのは耐え難いのではないか——と。

 そこへ帝人が現れたので、みなギョッとした。

「大丈夫なのか?」

 虎里が真っ先に寄って行って尋ねると、帝人は目を伏せた。

「危機的な状況に変わりはない。しばらくは核の加護で持ち堪えられるだろうという話だが」

 虎里は神経を研ぎ澄ませ、深呼吸した。

「確かに加護は感じるが、一体どうやって」

「青衣の男が結晶石を生成した」

「なんだと!?」

「話を聞いていると、どうもこの世界のみならず、あらゆるものを創造した人物らしい。無論、天位制度を敷いたのも」

 虎里は絶句し、その場にいた者全員が驚愕に震えた。

「天位制度……だと?」

 帝人は伏せていた目線を上げた。

「かつて天上人は、あの男から天位を授かろうと必死だった。この胸の宝玉は初めからあったものではないのだ」

 その帝人の腕を、虎里は強くつかんだ。

「それは確かなのか。そのように思い込まされているだけではないのか」

 帝人は虎里を真摯な眼差しで見つめた。

「思い込みではない。思い出したのだ。これは私の魂の記憶だ」

「……そうか」

 虎里は言って、帝人の腕を放した。

「それならば、我々も直接対面して確かめたい。信ずるに値すべき者なのか否か」

 虎里は真剣だったが、帝人は目を見開いてサッと視線をそらせた。

「それは、やめたほうがいい」

「なんだと?」

「見ていると、とても疲れる」

「どういうことだ?」

「どうもこうも、一瞥で精神が崩壊しそうなほど恐ろしい姿だ。できることなら一生、青衣を纏っていてもらいたい」

 虎里は何度か瞬いた。そしてほかの仲間に視線を流してみたが、みな意外そうな顔をしているだけで、詳しく触れようとはしなかった。

 虎里は帝人に向き直った。

「そ、そうか。ならばすぐにとは言わない。いずれ落ち着いたら、改めて」

「ああ。しかしその時は、気をしっかり持て」

「わ、分かった」

 一体どんな化け物なんだと虎里は思いつつ、再び最上階へ戻って行く帝人の背を見送った。


 その最上階では、シュウヤと泰善に部屋を用意するという話になっていて、帝人が戻って来たところで沙石が振ると、

「シュウヤ殿の部屋はもともと用意されているから問題ないが、もう一部屋となると、増築するしかないだろうな」

 と返って来たので、シュウヤと泰善に空き部屋事情を話すと、泰善が小首をかしげた。

「別にシュウヤと一緒で構わないぞ?」

「え、だけどさあ、あんた支配者なんだろ? 部屋やらないわけにいかねえじゃん」

「しかし用意されても、どうせどちらかのベッドしか使わない」

 沙石は一瞬、理解できずに眉をしかめた。そして理解した途端に固まった。その場にいて会話を聞いていたほかの核も固まってしまったので、仕方なく帝人が沙石の肩を叩いた。

「部屋の問題は解決だ。お前は加護に集中しろ」

「えっ、いや、えーっ!?」

「そういう仲なのは知っていただろう」

「いや、それってお前の憶測だったじゃん」

「当たった」

「顔見てハズレだって思ったから」

「でも当たりだった。分かったらさっさと部屋の案内をして、役目に戻れ」

「くっそ、この野郎! なんでテメエはそんなに冷静なんだよっ」

 沙石は文句を言いつつ、シュウヤと泰善を連れて行った。そして帝人は残りの核を正気に戻すため、大きく手を叩いた。

「ほら、お前たちも自室へ戻れ」

 四人はハッと我に返って、ぞろぞろと引き上げた。その際、妝真がポソリと大龍神に向かって呟いた。

「いいな。僕もあんなふうに堂々と言えたらな」

 すると大龍神は困ったような顔で笑った。

「あれは堂々としすぎでしょう」

「けど僕たちって消極的すぎない? 家族もまだ知らないなんてさ」

「んー、まあ、言い出すキッカケをつかめないのが問題ですかね」

「あんまり会話がないからね」

「もう少し親子間の親睦を深めてみては」

「どうやって?」

 大龍神は沈黙した。人間だった父親には一度も会ったことがなく、母親は追放されてしまって幼い頃から独りだったので、なんにも想像できなかったからだ。

 そんな会話を何気に聞いてしまった寅瞳と桜蓮は互いに顔を見合ってから視線をそらせた。

「き、気がつきませんでしたね」

「う、うん。全然」


***


 核を解散させたところで帝人が次にやることは、視察である。世界が闇に覆われているのなら、闇王の称号を持つ己が出て行って、民の不安を和らげなければならなかった。

 再び十八階へ降りた帝人が、

「視察に行く。誰かついてきてくれ」

 と声をかけると、虎里と季条が挙手した。虎里はともかく、季条は意外すぎて、帝人は目を丸めた。

「どういう風の吹き回しだ」

「私とて民が心配だ。それに——もう根には持っておりませぬ」

 帝人は唖然としつつ、ゆっくりとうなずいた。

「では、よろしく頼む」


 帝人ら一行は、第一居住区を中心に、第四居住区まで視て回った。核の加護を感じているおかげで民はさほどパニックには陥っていなかったが、相応の心配はしていたようで、最高位の顔を見て安堵した。

「闇は晴れるのでしょうか」

 そのような声に、帝人は丁寧に答えた。

「この闇に悪しきものは感じない。今は反動で負の力が増しているが、いずれ晴れる」

 その帰り道。

 一行は闇の空を切り裂くように飛ぶ一羽の鳥を見た。独特な紋様の尾に美しい青を持つ、銀色に輝く鳳凰だ。

「あの鳥は……」

 帝人は鳳凰が飛び去る姿を食い入るように見つめた。

 かの鳥は、アンダーコートを焼いた者である。当時の記憶が鮮明に蘇ってくるのを感じながら、帝人は立ち止まり、目で行方を追った。

 銀の鳳凰は大講堂がある方角から来て、真っ直ぐ南に向かっている。尾にある青は流転の支配者が纏っていた青衣と同じ色であることから、おそらくその(めい)で動いている神獣だろう。

 帝人は握った拳に汗をかいた。これから何が起こるのか、そんな不安に襲われたからだ。

 永遠に続くと思っていた理想郷が崩壊した。それは確立した帝人にとって大きな衝撃だった。周囲を動揺させないため表には出さないが、喪失感と絶望感は誰よりも重く受けている。いかに青衣の男を信じたところで、この先に待つ事象には多大なる怖れを抱いているのだ。その根本にあるものが「死のない恐怖」だということを自覚するがゆえに、緊張も解かれない。

 この世での死は昇華だ。昇華の後には何もない。魂は自我を失って光となり、永遠に闇を照らすだけの存在となる。それが人として生まれ、神となった者の宿命だと分かってはいるが、いま己としてあることが過去に流され、夢のように消えてしまうことは、転生を約束された死より恐ろしいとしか思えないのだ。だが——

 帝人は漆黒の空に描かれた銀色に輝く筋を見つめた。

 それを失う恐怖より恐ろしい罪を知ってしまった。命や魂よりも重い、その愛を。鳳凰が切り裂いた闇の隙間からほとばしる光。漏れいずる柔らかな煌めきは、青衣の男の眼の中に見たものだ。

 強大にして深い愛の力。その波動がゆっくりと、闇を侵食し始めている。虎里と季条も帝人の視線を追って見入った。

 理想郷確立の時に感じたような喜びはない。ただ終わりゆく世界の果てにある漠然とした悲しみを想像している。それでも、彼らは目をそらさずにいようと思った。最期の時まで抗い、残された時間を生き抜こう、と。

 誰もが夢見ては敗れた理想郷を叶えて、六億年という膨大な年月を穏やかに過ごして来たのだ。生への執着も悔いも、本当は捨てようと思えば捨てられる。光となってすべてと融合し、調和しながら世を照らすことが真の平穏であり至福であることも知っている。だが何故か怖い。単に本能かもしれないが、ならばそれに従うべきか、抗うべきなのか。

 彼らは迷いながらも、再び帰路の歩を踏んだ。明日をも知れぬ、その暗き道を。

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