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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第十三章 完結
88/108

08.嵐の中の決意

 第一居住区を覆う黒雲。そこから降り注ぐ大量の雨粒は、南から吹く強風によって窓ガラスに激しく叩きつけられた。時おり走る稲妻。地響きを伴う轟音。長らく忘れていた「嵐」に、天上人はおののいた。

「鷹塚永治を拘束すべきではなかったのか」

 と物申したのは季条間である。青衣の男に命じられて支配力を高めるための工作をしたのではないか、というわけだ。これに対して空呈と沙石は沈黙した。違うとは断言できないうえに、そうかもしれないと思うからだ。

 青衣の男が立てこもる部屋の隣が待機室となって久しいこの頃。帝人らだけでなく、他の上位天位者や神界人も多く出入りするようになり、何事か起こるたびに集まるのが常となった。今回はまた事が事だけに、錚々たる顔ぶれである。

 最高位の帝人を筆頭に、神王の寅瞳、神界人の重鎮である大御神、大龍神、竹神。天位二位と三位は総員。ちなみに天位三位者は、季条間、土万妝、桜蓮、灯紗楴、凪間成柢、風門、泉房、槙李、烈火、安土、妝真である。

 季条は腕組みをしてため息ついた。

「空呈殿は仕方あるまい。実の子は可愛かろう」

 そう言って、二位の神々を見据える。しかし目が合ったのはただ一人、沙石克猪だった。

 克猪はうっすらと笑みを浮かべた。

「血祭りに上げる役なら引き受けてもいいが、責任は取らない。後始末はそちらでしろ」

 季条はゾッとして、目をそらした。

「そこまで言うておらん」

「だが大人しく拘束されるような男でもないだろう。刃傷沙汰なしに捕まえられるとは思えん」

「だからって発想が乱暴なんだよ、てめえは!」

 横槍を入れたのは沙石だ。

「血生臭いやり方しか思いつかねえのか!」

「ふん。貴様のように生ぬるい考えで悪が滅びると思うのか」

「てめえが一番の悪だろう」

「やめろ」

 父子の言い争いを帝人が止め、指でこめかみを押さえた。

 第一居住区全域に広がった流転の理の影響で、早々から不穏な黒雲と激しい雨風に見舞われている。このうえ親子ゲンカに付き合わされたのではたまらない、といったところだ。

 せめて核が——と思いかけたところで、帝人はやめた。

 理想郷の確立とともに結晶石は消えた。加護など不要の世になったからだ。このような事態になったからといって再び核の加護に頼ろうという考えはいただけない。そもそも結晶石がないのだからどうしようもない。逆に加護の力が使えたら、止めてもやるだろう。それだけは避けたいところだ、と。


***


 暗雲が立ち込める空を眺めて憂鬱な顔をしているのは彼らだけではない。青衣の男こと飛鳥泰善も同じだった。

「あいつは命が惜しくないのか」

 泰善の疑問にシュウヤはどう答えていいか分からず、ため息だけついた。

 あいつとは無論、鷹塚永治である。精神世界の攻防において重要なのは、何人の意識がどちらへ向いているかということだ。泰善は万人の意識を常に測っているため、唐市ら四人の意識が追い風に変わったと感じるのは早かった。

「……この嵐、おさまるのか?」

 シュウヤに問われ、泰善は窓から視線を外して振り返った。シュウヤはソファに腰掛けて不安そうに泰善を見ていた。

「数ヶ月続きそうだ。つらい状態になるだろう。核の加護が望めない以上、災難は避けられない」

「結晶石、造ってやれば?」

「簡単に言うな。あれは砕け散って守護石になった。元には戻らない」

 シュウヤは目を丸めた。

「守護石って元結晶石なのか!?」

 泰善は形のいい眉をしかめた。

「知らなかったのか」

「知らないよ。つか、誰も知らないだろ。めちゃくちゃ初耳だ」

「そうか」

「……って、軽いな。そんな大したことじゃないのか?」

「大したことじゃないだろう」

「ふうん。でもさ、世界を形成する時には新しく造るんだろ? 修復とか復元じゃなくて——できないのか?」

「停止の理にある世界の結晶石は造れない」

「なんで?」

「俺の右目に映らないから」

 シュウヤは一瞬間をおいて、「は?」と間の抜けた声を上げた。

「どういうことだ?」

「結晶石は俺の右目の複製みたいなものだ。右の目は流転の世界のみ映す。映らない世界のものは形成できない」

「ふ、複製!?」

「のようなものだ。石には違いない。そこに込められる力が俺の右目を通して紡がれる。だから内容的に同じという意味だ」

「そういや色も一緒だな」

 シュウヤは言って、泰善の右目を見つめた。淡く美しい緑。吸い込まれそうなほど清らかで、優しく暖かい。

「かわいそうだな」

 シュウヤが不意に呟いたので、泰善は首をかしげた。

「なにが」

「核が。結晶石を見つめる時は、きっと幸せだっただろう」

「どうかな?」

「幸せだった! 絶対!」

「では、そういうことにしておこう」


***


 激しくなることはあっても弱まることを知らない嵐は二週間続き、三週目に突入しようとしていた。長雨のため気温が下がり、ジメジメとした環境で気分の優れない者もちらほら現れはじめている。そんな彼らを、寅瞳は心配した。

「加護の力が使えたらいいんですけど」

 ソファに腰掛けながら、自室に集まった他の核にそう話すと、頭の後ろで手を組み、椅子の背もたれに体を預けながら沙石が言った。

「結晶石がねえんだから、しょうがねえじゃん」

 それを聞いて大龍神は結晶石の輝きを思い出し、懐かしい気持ちになった。

「あの美しい光。もう一度おがみたいですね」

 その横で目元をしかめたのは妝真だ。

「僕はそんなに見てないから分からないな。綺麗だったっていう印象はあるけど」

「あら、す、ご、く、綺麗よ。見つめているだけで幸せになるくらい」

 桜蓮は言って、夢見るような瞳で宙を見つめた。

「思い出すだけでドキドキするわ」

「ドキドキぃ? どっちかっつーと癒し系じゃなかったか?」

 沙石のツッコミに桜蓮は気を悪くしてふくれた。

「うるさいわね。感じ方は人それぞれでしょ。私はドキドキだったの!」

 寅瞳は困った笑いを浮かべ、ふとポケットに入れっぱなしになっていた守護石のことを思い出し、取り出してみた。紺色の宝玉から放たれる力は柔らかく、辺りをゆっくり浄化する。持っていると得られる安心感は、結晶石を見つめる時に感じる安らぎとどこか似ていた。

「……ちょっと、下へ降りてみましょうか」

 寅瞳が唐突に言ったので、みな一斉に視線を向けた。

「降りてどうすんだ?」

「加護の力が使えなくても、治癒なら」

「アホ。お前が苦しむと分かってて頼む奴がいるかよ」

「だけど上へ戻れば多少は楽になりますし、守護石もあります。昔のように大変ではないと思います」

「でもなー」

「お願いします。みんなのことが心配なんです」

 沙石は、妝真や大龍神、桜蓮と顔を見合って、大きくため息ついた。

「しょうがねえな。その代わりオレらもついてくぜ?」

「はい! ありがとうございます」


 一同は一階にある医務室を訪れた。そこには珀画の助手をしている十位の男がいて、彼らを見るなり慌てて跪いた。

「こ、このようなところに一体、何用でございますか」

 寅瞳は理由を説明した。が案の定、丁重に断られた。

「大変に有難いお申し出ではございますが、今は珀画様からいただいた薬でしのげております。どうか、お気遣いなく 」

 しかし寅瞳は目元を曇らせた。

「今は、っていうことは、いずれ薬だけでは追いつかなくなるのでは?」

 十位の男は焦った様子で目を泳がせた。

「え、ええ……まあ、その」

 理想郷確立前に保存されていた薬草の在庫には限りがある。草花が手折れなくなって久しく、病と無縁の理の中にあってそれ以上の確保をしてこなかったため、嵐が長引けば不足することは目に見えているのだ。

 寅瞳は、沙石、大龍神、桜蓮、妝真を順に見て十位の男に向いた。

「私たちは五人います。力が必要な時は遠慮なくおっしゃってください。皆様にもそのようにお伝えくださると幸いです」

 十位の男は目を潤ませまがら寅瞳を見上げた後、深々と頭を下げた。

「御意」


 自分の意思を伝えてひとまず落ち着いた寅瞳は、次に外の様子を気にした。そのため医務室を出た足は自然とエントランスへ向かった。正面玄関の横にある広いロビーには外の様子が見られる大きな窓があるからだ。

 激しい嵐は、思わず見入ってしまうような迫力だった。葉がひきちぎられて枝がむき出しになった庭木は大きくしなり、小道はすでに川で、大通りに流れる水もどうどうと音を立てている。治まる気配など微塵もない。

 寅瞳は思い余って固く閉ざされた大講堂の扉に手を触れた。

「おい、どうする気だ?」

 沙石が制止の意図を込めて問うたものの、寅瞳は振り向きもせず、扉に体重をかけて押し開けた。

 途端に雨風が吹き込み、エントランス内の空気が乱される。沙石はとっさに顔の前で腕を交差させ、怒鳴った。

「わっ! バカ! 早く閉めろ!」

「外の様子が気になります」

「んなの、帝人か燈月に任せとけ!」

「誰か怪我をしていても、お二人には治せません。かと言ってこの嵐の中、怪我人を来させるわけにも……」

「そーだけどっ!」

「みんな停止の理の中に長くいて病気も怪我もしてこなかった分、抵抗力も自然治癒力も弱っていると思います。こんな時こそ核が力にならなくては」

「分かった! 分かったから、とにかく閉めろ!」

 沙石が言うと、寅瞳は「はい」と返事して、外から扉を閉めた。思わぬ行動に沙石をはじめ、大龍神も妝真も、桜蓮も、唖然としたあと慌てた。

「な、ななな、何やってんだアイツ!」

 沙石は後を追って外へ飛び出した。寅瞳は激しい風雨に動きを封じられて立ち往生している。その腕を、沙石は強くつかんだ。

「バッカ野郎! こういう無鉄砲な役はオレって決まってんの! さっさと戻れ!」

 すると寅瞳は顔を上げ、強い眼差しをして言った。

「じっとしていられないんです! 私だって! 私だって……誰かのために行動したいんです。自分の力で、何かしたい」

 語尾は消え入るような声だったが、沙石の胸を打つには充分だった。

 沙石はハッとし、しばらく悩んだ。そして結論を出した。流転の世界に戻ろうと戻るまいと、第一居住区は浄化が行き届いた地だ。寅瞳も、決して強くなったわけではないが、昔のように脆弱でもない。せっかく芽生えた前向きな気持ちを挫いても良くないだろう、と。

 沙石は見据えてくる寅瞳の目をまっすぐ見つめ返して、大きくうなずいた。

「よし、オレも行く」


 一方、残された大龍神らは二人が一向に戻らないので、困惑した様子で視線を交わした。沙石が説得して連れ帰るだろうと高を括っていたので、結構な時間が経過している。おそらくいまさら外の様子をうかがっても無駄だろう。

「帰って来ないね、あの二人」

「どうするの?」

 妝真が言って桜蓮が問うと、大龍神はため息ついた。

「仕方ありません。帝人様にご報告いたしましょう」


***


 大龍神らが帝人に報告するあいだ、やる気に満ちた二人はこれまでの穏やかな暮らしを返上するかのような勢いで方々を回り、強風に煽られ転倒して怪我をしたという人や、長雨で気分の優れない者たちの治療に当たった。

 二人が訪問先で気づいたことは、大講堂の役人が考えている以上に薬の在庫がないということである。「もう使わないと思って捨てた」とか、「しまってあると思うがどこへやったか分からない」など理由は様々だが、あまりないことに変わりはない。

「こりゃ結構、大変かもな」

 沙石は先行き不安になって言ってみたが、

「はい。でもやると決めましたから」

 という寅瞳の強い言葉を聞いて、安心した。

「だな」

 そうして二人は大講堂周辺の家々を回ったあと、時空のひずみを通った。第二居住区に近い地域では救援が届きにくく不便だろうから、今日のうちにできることをし、必要なものを聞いておこうと考えたのだ。しかし、山間部へ出たのは間違いだっただろう。周辺は殊に地盤が緩んでおり、ぬかるんだ道に足を取られるだけならまだしも、暴風雨に紛れて聞こえる地鳴りが嫌な予感を沸き立たせる。

「急ごう」

 沙石は言ったが、右にそびえる斜面に気を取られて左下に広がる斜面への注意は怠っていた。ゆえに、不意に足下をさらわれて体勢を大きく崩してしまった。

「わっ!」

 声を上げた沙石の手をとっさにつかんだ寅瞳も、引きずられてバランスを失い、二人してあっという間に崖下へと滑り落ちた。

 雑草や枝に傷つけられながら滑落すること十数メートル。請け負った痛みなど比較にならないほどの激痛と恐怖に寅瞳は途中で意識を失い、沙石は落ちるところまで落ちた先でどうにか起き上がろうとしたが、体に走る痛みと、激しく吹きつける風に抑え込まれて身動きが取れなくなった。

「……うっ、くそっ!」

 そうするうちに、沙石の意識も遠のいていった。


 何時間か経過して、最初に意識を取り戻したのは寅瞳だ。早めに気を失ったぶん抵抗しなかったので、沙石より傷つかずに済んだのだ。

 寅瞳はゆっくりと身を起こしつつ、側に倒れている沙石に向かって手を伸ばした。その時——

 上空で雷鳴が轟き、稲光が明滅したと思ったら、突如、目の前に何者かが立ちはだかった。見上げるように背の高いその者は、青衣で全身を覆った流転の理の支配者である。

 寅瞳は息を飲んで石のように固まった。暴風と豪雨の中に立っているとは思えないほど、男は平然としている。嵐の影響を受けていないのだ。青衣はまるで晴天のもとに輝き、そよ風に揺れるシルクのように波打っている。

 そこだけが安住の地であるかのような印象に、寅瞳は惚けた。が、やおら青衣の男が膝を折り、右手で腕を強くつかんできたので、我に返った。

 青衣の男は左手の人差し指を立て、正面に置いて言った。

「こんな痛みなど擦り傷だったと思い知る時が来る。よく覚えておくがいい。流転の世は大いなる災厄をお前たちにもたらす。苦しみは永遠に続くのだ」

 美しい声とは裏腹に、凍てつくような冷たい言葉である。寅瞳は恐怖と悲しみに震えた。

 天上界を地獄へ叩き落すためにやって来た男——荒れ狂う風が頬を打ち、雨が滝のごとく無情に降り注ぐのは、人々に絶望を与えることがこの男の望みだからだ。流転の世界で起こる事象はすべて、この男の内面の映し出しなのだ、と。

 荒ぶる魂と、暗い執念。そして冷酷な心。それは恐ろしい反面、悲愴感に満ちている。

 寅瞳はつかまれた腕の痛みに耐えながら、両眼から流れ出す涙も、それを洗い流す大量の雨も拭わずに、顔の見えない男を睨みつけた。

「負けません。あなたになんか、絶対。私たちはどんな災厄も乗り越えて理想郷を確立したんです。今更、あなたの思い通りになんかなりません」

 寅瞳が宣言すると、男は手を離して立ち上がり、背を向けた。

「ではせいぜい足掻くといい。たとえ手足をもがれても、抗い続けろ。息ができなくなったら、俺がとどめを刺してやる」

 寅瞳は唇を噛んだ。どんな目に遭っても人を憎んだことのない彼だったが、この時ばかりは怒りで脳が沸騰した。

 大切な友人を、仲間を、苦しめる者。そんな者を許せるはずがない。流転の世が苦悩の時代だったのは、この男が支配していたからだ。皆に忌み嫌われ、排除されても仕方なかったのだと。

「あなたは哀れです」

 寅瞳が背に投げた言葉を受け取ったのか否か。青衣の男は振り返らずに立ち去った。

 寅瞳は緊張を解いて深く息を吐き、まだ意識が戻らない沙石の背に手を置いた。そしてふと気がついた。二人とも服はあちこち破れているが、肌は少しも傷ついていないと。それどころか請け負った痛みすら消え失せ、朱の紋様もない。

 あれほど痛いと感じたのに嘘みたいだ、と寅瞳はしばらく訳が分からず茫然とした。しかしやがて、もしかしたら停止の理の力が働いたのではと、やや希望を持った。天空は相変わらず暗いが、心なしか雨は弱まったように感じる。

 寅瞳は空を見上げ、気分が良くなったところで沙石を揺り起こし、風雨が避けられそうな岩の裂け目に入った。


 その後、二人は捜索隊によって発見され、連れ戻された。当然のことながら騒動になっていたので全員に出迎えられ、帝人と燈月にこってり油を絞られた。

「まったく! どれだけ心配したと思っているんだ!」

「ボロボロだな。何があった」

 帝人に指摘された沙石は自分の出で立ちを見て、肩をすくめた。

「でも怪我はしてない。寅瞳が言うには、奇跡的に停止の理が働いたんじゃないかって。ほら、オレって割と運いいし」

「いつでもいいと思うな」

「へーい」

 しかし一人だけ、そんな会話をしかめ面で聞いている者がいた。沙石の父、克猪である。

 職業柄、多くの死を見過ぎたせいで感情の起伏は乏しくなったが、血の匂いには敏感である。そしてそれはおそらく、原型が狼の燈月も同じだろうと思った。

 克猪は燈月の背を軽く叩き、群衆から離れるよううながした。燈月はうながされるまま柱の影に隠れた。

「どうした?」

「雨で洗い流されても匂いは分かるだろう。まさか、衣服にあれだけの損傷があって停止の理が偶然働いたなどという話を信じるつもりじゃないだろうな」

 燈月は硬い表情で唇を真一文字に結んだ。あくまでも寅瞳の推測を尊重したいのだろうと察した克猪は、ため息ついた。

「よく見ろ。二人の腕を」

 燈月は眉をひそめた。

「何か、あるのか?」

「何もないのが問題だ。二人は民に治療を施していたという話だ。朱の紋様がないのはおかしい」

「……何が言いたい」

「傷もろとも消えたとしか考えられない。だが朱の紋様は停止の理が働いたくらいで消える代物ではないことくらい、承知だろう。あれは死んで生まれ変わっても、消化しない限り残る」

 燈月はゴクリと息を飲んだ。

「では一体、どこへ」

「分からん。何があったのか、もっと詳しく話を聞く必要があるだろう」

「いや、それは待ってくれ」

 克猪は片眉を上げて燈月を見やった。

「なぜだ」

「神王がせっかく前向きになっているところへ、水を差したくない」

「真相は追求するべきだ」

「出る答えならな」

「なんだと?」

「残念だが当事者があの通り奇跡を信じている。解明できるとは思えない」

「だからうやむやにしろと?」

「すまん」

 燈月はやや強引に話を切り上げて、群衆へ戻った。克猪は不服そうに見送ったが、確かに答えは期待できないと思い、諦めて踵を返した。

 単純に、息子を救った奇跡の正体を知りたいという欲求があったのだが、燈月のそれも親心みたいなものだ、と。

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