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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第一章 接触
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08【使族編】その壱

 飛鳥泰善(あすかたいぜん)の登場によって神族と同様に一部動きを封じられた形になった使族内では、長で最も権威ある季条間(きじょうのちか)が頭を悩ませていた。

 木立の木漏れ日の下、白い円卓に白いイス。あたりには草花が咲き乱れ、そよ風は優しい。一式そろえられた茶器は小さな野バラが描かれた上品なデザインで、いかにも優雅だ。

 しかし彼女は憂鬱な表情で沈黙している。

 高い位置でひとつに結ったシルクのような亜麻色の髪は長く、今にも地につきそうだ。黄緑色の瞳はクリスタルの輝き。二十代の風貌でありながら大人びた小顔の美女だが、キリリとした表情には勇ましさがうかがえる。長らしく正装していても、下は裾が地にすれるほどのスカートを召し、女性らしさも大切にしてある。

 そんな彼女の薄紅の唇から吐息がもれた。ちょうど給仕にきた少女が声をかける。

 境湖杜芽(さかいのこずめ)という名で天位四の神だ。見た年の数は十六、七。新緑色の巻き毛にクルっとした目の愛らしい少女である。

「ため息などおつきになられて、季条(きじょう)様らしくありませんわね」

 こめかみをおさえていた季条はふと視線をやり、苦笑してみせた。

「そう言うな。このような世相では悩むなと言うほうが無理だ」

「天位三ともなると大変なのですね。わたくしも四位を得たのは良いけれど、昨今の魔族や神族の暴挙を見ておりますと、臆してしまいますわ」

「情けないことを言うな。おまえは私の支え。給仕にきたのなら、どうだ、一緒に飲まぬか。特別に良い茶葉を出そう」

「まあ嬉しい。わたくしにだけおっしゃってくださるのなら、なお嬉しいのですけど」

 少女はおどけて言い、季条は「まいったな」と笑った。

「意地悪を言わずに、向かいに座ってくれ」

「ええ、仕方ありませんわね」

 こうして二人で香り高い紅茶を飲みながら、しかし話題は変わらず時事にかたよる。

「魔族政権の思わぬ行動に神族の動きが封じられたのはよいが、私たちとて手を出せぬのは同じ。どうしたものか」

「なんとかいう封術師は、そんなに手ごわいのですか?」

「知らぬ。直接逢ったことはない。だが魔剣の件で向かわせた使者らの話によると、とんでもない男らしい。まあ、あの魔剣を封じたのだ。ただ者ではあるまい」

「もしや魔族政権は魔剣のみならず封術師をも取り込んで、なにか企んでいるのでは……」

湖杜芽(こずめ)、思ってもそんなことは言わないでくれ。ますます気がめいる」

「あら、ごめんなさい」

「いや良い。今はとにかく、魔剣が封術師の手から離れることが先決」

「魔神に渡ってしまうほうが不利なのではありませんか?」

「封術師が魔神に譲渡すると決めた以上、魔剣は魔神のものになってしまったほうが私たちには安全だ。いかに修行を積もうと、あの幼い魔神では所有するだけが関の山。逆にここで封術師の成そうとすることをさまたげれば、いらぬ損害をこうむる。あるいは本人の意思はなく、魔族に拘束され、やむを得ずしていることかも知れぬが、どちらにしても成りゆきを見守るにかぎる」

「魔剣に威力があるのなら、封術師がみずから振るい拘束を逃れることはできないのかしら」

「魔剣は魔族にふるっても効力はない」

「まあ、そうですの……譲渡まで何年かかりますかしら」

 季条は沈痛な面持ちで湖杜芽を眺めた。

「さあな」

 そこへ三女神(みめしん)の一人、土万妝(ひじまのしょう)が現れた。茶髪のボブで知的な感じのする清楚な女性であるが、ご機嫌は麗しくないようだ。

「恋人と午後のお茶とは、ずいぶんと余裕がおありなのね」

 と、彼女はサラリとした口調の中に皮肉をこめて挨拶をした。季条はまたしても苦笑いするしかなかった。

再挧真(さくま)のことを認めないからといって、そのような嫌味を言われる筋合いはない」

 土万(ひじま)はムッとして季条を睨んだ。

「再挧真は立派な青年です。私こそ、彼との交際を反対されるいわれはございません」

「あんな出所のわからぬ男は、おまえにふさわしくない。もっと由緒正しい好青年がいくらでもあるではないか」

「彼は天位十です。それだけで充分ではありませんか」

「成り上がり者だ」

 土万は肩に力を入れ、拳を握った。そしてなにか言い返そうとしたところ、横やりが入った。

「季条様! 土万様!」

 声を上げて駆けてきたのは雲春(うんしゅん)咲迦丞(さかのじょう)(れい)という少女である。十七、八の年頃で、天位四の女神だ。ふんわりとした桜色の髪と桃色の瞳をしている。湖杜芽に引け劣らぬ美少女だ。

 季条は息をつき、頬杖ついた。

「おてんば娘が真面目な顔をしている。雨でも降らぬとよいが」

「もう、茶化さないでよ」

「茶化してない。本気で心配している」

「ひどい。まあいいわ。森の泉がおかしいの。早く来て」

 季条と土万は一瞬だけ目を合わせ、すばやく動いた。


 泉は、使族天位者の拠点となる宮殿を囲む森の、西にある。直径二十メートルほどの泉で、地から湧き出る水は澄んで美しく、暖かい日は女神らの良い水遊びの場となる。その泉が今日は激しく渦巻き、周囲の木々をなぎ倒しそうな勢いで風を起こしていた。

 季条は髪の束を胸元に抱き、目を細めつつ様子をうかがった。

「ひどい風だ。いったい、なにが起きたというのだ」

「聖剣らしきものが見えるって話だけど」

「聖剣が生まれたというのか!?」

「ええ。強い波動を持ってるわ」

「誰かおさめる者はいないのか」

 季条の言葉に、(れい)は驚いた。

「誰もおさめられそうにないから季条様を呼びに行ったの。季条様がダメなら、みんな無理だわ」

「いったん、ここから引き上げよう」


 宮殿に戻った彼女らは、膝を突き合わせた。

「さて、困ったことになった」

 季条が言うと、土万、湖杜芽、麗が同時にため息ついた。そこへ、

「どうかしましたか?」

 と不意に四人へ問いかける声があった。紺の髪と蒼い瞳の女神、天位三の海野拡果(あまののかくら )だ。季条と同じ二十代の風貌である。

拡果(かくら)か。泉のことは耳に届いておらぬか」

 拡果はキョトッとして、ニコリと笑った。

「それなら届いております。あまりに強烈なので、三女神といえどもおさめるには無理があるだろうと、先手を打っておきました」

 季条は目を丸めて立ち上がった。

「なんと。それは頼もしいことだ。で、どのようにするつもりだ」

「飛鳥泰善を呼びました」

 四人はギョッとなって、拡果をまじまじと見据えた。

「なんだと?」

「飛鳥泰善は、たとえ魔族にあろうと本職を離れるつもりはないそうで、相手が誰だろうと仕事の依頼は受け付けるとの噂。確認してみましたら、まことにそのようで。どうやら魔剣欲しさに魔族も彼の言いなりのようですよ」

 季条はかすかに唸った。

「拘束されていないとなると、ますます厄介だ。本人の意思で魔剣を譲渡するつもりなのか」

「ご心配にはおよびません、季条。こちらにも泉の聖剣を、おさめさせれば良いのです」

 季条は眉間を寄せた。

「素直に応じるとは思えぬが」

「応じるまで魔族には返しません」

 強気な拡果に、さすがの季条も唖然とした。

「噂どおりなら、おとなしく捕まっているような男とは思えぬが」

 すると拡果は妖艶な笑みを見せた。

「この宮殿には美女が大勢おります。あなたも含めてね。なにも腕力だけが力ではありません。たいていの男なら、この魅惑的な場所にとどまりたいと思うでしょう?」

「待て待て、私は嫌だぞ。男相手に色目をつかうのは」

「このさい殿方が嫌いだとか気持ち悪いとか言っている場合ではありません。一族の長なら多少の自己犠牲はお払いください」

 季条は沈痛な面持ちでイスに腰かけ、拡果に尋ねた。

「どんな男なんだ。少しは見られるんだろうな」

「さあ、そこまでは存じ上げませんが、聞くところによると一九〇センチを超える長身で、たくましく有能な男という話です」

「大男だな。ああ嫌だ。想像するだけで鳥肌が立つ」

「季条様、おかわいそう」

 彼女の恋人である湖杜芽が心から同情した。湖杜芽とて、作戦とはいえ彼女が男にいい顔をするのを見たくないのだ。


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