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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第十二章 激動
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05【帝人】その弐

 帝人は沙石や桜蓮と別れて、魔族の事務室へ寄った。天位一位を得ようが、天上界が上昇していようが、日常の仕事というのは待ってくれないからだ。特に人手の足りない魔族は気を抜けない。

 帝人は重たい気分でドアを開けた。すると魔神・覇碕悠崔を始め、虎里、琴京、成柢が待ち構えていたように起立して、畏まりつつ頭を下げた。

「このたびは、おめでとうございます」

 帝人は思わず一歩下がった。

 魔族は悠崔と虎里の二人を長に据え、成柢と琴京が支えて切り回して行くことになったわけだが、とりわけ天位一位が魔族から出たことを喜んでいて、感慨はひとしおであるようだ。

「今宵は祝宴を予定しております。ぜひご出席ください」

 琴京が言うのを帝人はむず痒い気分で聞き、一応うなずいた。

「明後日には一般への告知とお披露目を兼ねてパレードをおこなう予定ですが、ご都合はよろしいでしょうか」

「パレード?」

「はい。広く知らせるには有効です」

「それは分かるが、この状況で?」

「このような状況だからこそ、一位の神が定まったことを世に知らせ、民を安心させる必要がございます」

 帝人は眉根を寄せて、しぶしぶ承諾した。


 その晩。

 祝宴というのは厳かに身内だけでやるものだと思っていた帝人は驚いた。会場は約一ヘクタールある大講堂の庭園で、三種族すべての上位天位者が盛大に祝うというのである。

「もっと簡素化できないのか」

「いまさら遅い」

 と答えたのは虎里だ。

「だいたい天位一位を祝うんだぞ? 地味にしようとしてできるものではない」

「それはそうかも知れないが」

 困惑する帝人をやや眺めた虎里は、周囲に誰もいないことを確かめて側へ寄り、肩に腕を回した。帝人はギョッとして身を引いた。

「なんだ、いきなり」

「なんだとはなんだ。心は視えているだろう。俺の気持ちを承知の上で一度も食事の誘いを断らなかったのだから、そういうことでいいんじゃないのか」

 身も蓋もない言いように、帝人は渋い顔をした。

「そういうことに関して、貴殿は強引で自分勝手だ。一応言葉にして確認を取るくらいしたらどうだ」

「何を言う。これでも相手の気持ちは確かめているつもりだ。傍若無人に振る舞ったことなど一度もない」

「貴殿と別れたご婦人方の意見がある。二十八人分だ。それだけの者が口を揃えて言うなら確定だ」

 虎里は沈痛な面持ちで目を伏せた。

「……いちいち聞いたのか?」

「向こうがわざわざ言いに来る」

「何故だ」

 帝人は目をそらして口をつぐんだ。

 遠くから虎里を見つめる帝人に女たちが気づいていただけのことなのだが、言えば付け上がりそうである。ここは答えずにやり過ごすのが無難だと思った。

「とにかく、こういうことは断る」

「嫌なのか」

「貴殿は分かっていない」

「なにを」

「私は男だ」

「知っている」

「今までご婦人にしか興味のなかった貴殿が、顔の良し悪しだけで気持ちが揺らいだのなら、それは魔が差したというべき勘違いだ」

 虎里はいっとき真顔で黙り込み、やがて帝人の目を見つめた。心を探られることなど、少しも恐れていないのだ。己に芯がある者は、想いをさらけ出すことも躊躇しない。帝人がやや苦手とするタイプである。

 帝人は再び目をそらしたい気分だったが、射すくめられたように動けなかった。虎里の目が、帝人を釘付けにしてしまったのだ。

「俺も最初は気の迷いだと思っていた。こんなことは自分に限ってあるはずがないと信じていた。だが内観してみて気づいたことがある」

「なんだ」

「俺は、おぬしが俺に気があることを昔から知っていた」

 帝人は思い切り目を丸めた。間違いないことではあるが、面と向かってそういうセリフを吐ける虎里の神経が分からなかった。

「それで?」

「だから恋人といるところをワザと見せつけていた」

 帝人は唖然としたあと、動揺して目を泳がせた。よもやそのような告白をされるとは夢にも思わなかったからだ。

「己の気持ちにも気付かずいい気になっていた、俺が愚かだったのだ」


***


 帝人の席は会場が見渡せるような高い場所に設けられている。テーブルには豪華な食事が色とりどりの花とともに供えられ、祝宴の準備は万端だ。が、

「よーし! ガッツリ食うぞ!」

 とはりきっているのは沙石くらいで、みな天位一位の輝きに目を見張り、帝人の美しさに頬を染めながら、慎み深く盛り上がっているといった様子である。

「いやあ、一位の神が定まったというだけでもめでたいというのに、帝人様のようにお美しい方がなられたとは、ますますもって喜ばしい」

 などと世辞を言ってくる者もあったが、帝人は苦笑いを浮かべてやり過ごした。

 しかしこの会場で最も機嫌が悪いのは季条間だろう。彼女は目立たぬ場所で湖杜芽とグラスを傾け、他を遮断している。それを遠目に見る帝人へ寄ってこっそり話しかけたのは虎里だ。

「本当に仲が悪いな。それにしても、おぬしを目の敵にしすぎる。いくら男嫌いと言っても度を越していないか」

「それはまあ、いろいろあったんだ」

「あちらが一方的に嫌っていたのだろう?」

「そうなんだが、その原因というのが、なんというか」

「なんなんだ」

「初めて会ったのは十三の時で、当時の私は、たいてい女に間違えられていた」

 虎里はそう聞いただけで何事か察し、沈痛な面持ちになった。

「おぬしも罪な男だな」

「なんの。天位一位の宝玉を持って月光に浮かぶ界王の姿に比べれば」

「そんなに凄かったのか」

「あの美貌は凄まじい破壊力だ」

「よく耐えたな」

「伊達に長生きしていない」

「恐れ入る」

「いや、ただ長生きしただけだ」

「どっちなんだ」

 虎里は問うて帝人を見つめた。

 そんな二人の様子を何気に眺めていた琴京は、意を決するように歩を踏み出し、間に割って入った。

「おぬし、いくら馴染みでも、ちとなれなれしいぞ。立場が変わったのだから、少しくらい遠慮しろ」

 虎里は気を悪くした様子で琴京を睨んだ。

「おまえこそ遠慮しろ。俺は長だぞ」

「俺だってじきに三位を得てみせる。いや、今はそんなことを言っているのではない。帝人様はもう最高位になられたのだ。我々とは次元が違う」

「だからといって、貴様にとやかく言われる筋合いはない」

「なんだと!?」

「やめろ!」

 制止の声を上げたのは帝人だ。琴京はとたんにデカイ図体を萎縮させた。

「喧嘩ならよそでやれ」

「申し訳ありません。ですが虎里殿の言動については、帝人様からもご注意ください。どうあっても立場というものはわきまえねばなりません」

 帝人は額を押さえてため息ついた。

「虎里の言動については黙止してくれ」

「な、なぜ」

「理由など聞くな。とにかく無視しろ」

 琴京はさっぱり分からないといった顔つきで、戸惑いながらその場を離れ、会場の人混みの中へ紛れた。

 琴京が理解できないのは無理もない。これまで琴京の恋敵になどなりえなかった虎里だ。だがもう昔とは違う。なにもかもが、変わろうとしているのだ。


***


 数千年も昔の話だ。真新しい世界で、帝人は希望を胸に、ただ前だけを見て歩いていた。初めて耳にする天位制度。三つに分かれている種族と勢力。その渦の中にサンドライトを見出せないのはつらかったが、いつの日かこの世が理想郷となる日を夢見ていた。

 十三の年の頃、帝人は天位三十位以上の者が通う学校へ入った。天位はむろん三十位だ。この日を待っていましたとばかり入学し、さらなる精進を目指していたのである。

 しかし周りを見ればみな二十五位より上であり、政界入りも間近な十六位の者もいる。一人だけ三十位というのは異様に浮いて見えた。帝人は思わず肩をすぼめ、いたたまれない気分で図書室などにこもった。

 本来なら堂々と通っても問題ないはずなのだが、二十五位から三十位のあいだがいないというのは、実際の話きついのである。五位の差はあまりに大きく、上位になればなるほど開く。そのため対等な仲間や間を取り持つ存在が得られないというのは、結構な地獄だった。言うなれば、百人の主人を持つ一人の召使いみたいなものだ。

 一日中頭を下げ、朝から晩まで彼らの用事に振り回され、食事をとる暇さえ満足に得られず、毎日「己」のない時間に追われてくたびれる——そこには協力者も仲間も、労ってくれる相手もいないのだ。大抵の者が挫折してしかるべき状況である。

 だが帝人の心は折れなかった。なにしろ世界が滅亡する寸前まで化け物と戦い続けた経験者だ。少々のことでめげてはいられなかった。

 そんなある日、帝人は声をかけられた。この世で最初に天位を授かったという十六位の神、季条間である。

「おぬし、名はなんと言う」

 高い位置でひとつに結ったシルクのような亜麻色の長い髪。クリスタルのような輝きを放つ黄緑色の瞳。年の頃は十五で、凛とした表情には自信と気品が満ち溢れている。

 帝人は瞬いた。天位が高く見目も麗しい女神がなぜ自分のような下位の者に声をかけてきたのか、皆目見当もつかなかったからだ。

「て、帝人です」

 答えると、少女は微笑んだ。

「帝人か。変わった名だな。私は季条間だ」

 そう言って少女は手を差し出した。

「困ったことがあればなんなりと、私に相談するがよい」

 帝人は慌てて手を取った。

「よ、よろしくお願いします」


 季条は自ら申し出ただけあって、帝人の面倒を良く見た。手取り足取りという言葉がふさわしいくらいである。おかけで帝人の学生生活は有意義なものとなった。ところが——

 帝人はふと、季条の心を視るつもりもなく視てしまった。そして慌てた。自分が女の子だと思われていることを知ったからだ。彼女が同性愛者であることは有名である。と言うことは、少なからず下心があって声をかけてきたのは明白だ。

 誤解は早いうちに解いておこうと、帝人は極力小さな声で季条に話しかけた。

「あの」

「なんだ?」

「念のため申し上げます。気を悪くなさらないでください」

「うむ」

「私は男です」

 季条はフッと笑った。

「可愛い顔をしているので、妙な輩に絡まれぬよう用心しているのだろう。だが心配はいらぬ。私が守ってやる」

「い、いえ、本当に男です」

 季条は笑みを消し、眉をひそめて帝人を眺めた。

「嘘だろう」

「本当です」

 季条は途端に顔を真っ赤にして走り去った。そして翌日から手のひら返したように冷たくなった。あまりの変わりように、帝人は呆れて物も言えなかった。否。実際は三十位ごときで十六位の者に逆らえるはずもなく、反論できなかったのだ。

 大抵のことにはへこたれなかった帝人も、季条を敵に回しては立つ瀬がなく、いよいよ居たたまれなくなってやむなく退学するにまで至った。

「ここだけが学校ではない」

 と前向きなような負け惜しみを言いつつ、天上界では二番目という天位者向けの学院へ編入を決めたのだ。

 編入先には当時天位十七位の凪間成柢がいた。彼女は変な下心も偏見もなく、同じ魔族というだけでよくしてくれた。しかし彼女はさっさと天位を上げ、政界入りするためまもなく学校を去った。


 それから八十年後。

 鳳凰より二十位の宝玉を賜り、ついでに闇王の称号を授かった帝人は、誇らしい気分で魔族政権の拠点である城を見上げた。通常、政権に加わるのは十五位以上であるが、称号を賜ったという名誉のおかげで、特別に政界入りを果たしたのである。

 帝人を出迎えに来た成柢は驚いて何度も瞬きした。帝人が黒く染まった髪を伸ばし、顔半分以上を隠してしまっていたせいである。

「おぬし、その髪はどうした」

「闇王の称号を受けた影響です。せっかくなので伸ばしてみました」

「美しい顔をしているのにもったいない」

「これ以上、外見のために苦労したくありませんから」

「苦労したのか」

「まあ」

「難儀よのう」

 帝人は成柢に連れられ、ほかの上位天位者らに紹介された。由良葵虎里と会ったのは、それが初めてである。当時の天位は成柢と並ぶ五だ。自分がなってしまえばなんということもないのだが、二十位の頃に見れば仰ぎ見るような位である。

 虎里は一目見ただけで良いと判断できる、比較的目立つ色男だった。顔の造作は若いがヒゲを生やしているため渋い印象である。背が高く、たくましい体つきだからといって男臭くもなく、スッキリとして格好が良い。やや細身の帝人には、羨ましいかぎりだった。

 一方、虎里から見た帝人の印象は、一見華奢そうに見えるが背は平均的にあり、結構しっかり鍛えられているというものだった。特に手足のバランスが良く、シルエットが美しい。顔を半分以上隠している意味は不明だが、見えている部分は秀麗さをうかがわせる。

 虎里は一通り眺めて顎をつまんだ。

「闇王か。なるほど。ただの二十位という感じはしないな」

 初見でそのような感想をもらった帝人は、恐縮した。

「いえ、ただの二十位です」

 すると虎里はニヒルに笑った。

「称号など、やたらと授かれるものではない。自信を持って堂々としていろ」

「は、はい」


 とはいえ、二十位は二十位だ。七位あたりから十五位の者からの風当たりは厳しかった。称号を得たなら、それに見合うだけの天位を得るべきだ。そうでなければ敬意を払うに値しない、と言うのである。

 言い分にはもっともな部分もあるため、帝人は冷遇を甘んじて受けた。しかしそこへ一石を投じたのが虎里だった。

「天位は後からついてくる。だが称号は天位を上げてもついては来ない」

 それまで帝人を冷たくあしらっていた者たちは途端に萎縮し、態度を改めた。


***


 おそらくあれがキッカケだ、と帝人は振り返って思った。憧れから恋愛感情を抱くというのは一般的にままあることだが、まさか自分が嵌るとは予想外で、いっときは認めることができずに悩んだ。一生の不覚だったとは今でも思っているが、自然に湧き出る感情は抑えることなどできなかったのだ。

 感情といえば、長年人の心を視てきた帝人にも不可解なことがある。それは季条という女の心だ。

「考えてみれば、髪も短くしていたし、男の格好をしていたのだから、察してくれてもよかったのではないだろうか」

 帝人がふと愚痴るのを聞いた虎里は苦笑いした。

「男装した女にしか見えなかったのだろう」

「しかしな」

「なんだ」

「恥をかかせぬよう周囲に細心の注意を払いながら誠意を持って正したつもりだ。それがどうしてこうなる」

「プライドの高い女だからな。ろくに確認せず勝手に思い違いしていたということ自体が恥ずかしくて許せなかったのだろう。その元凶に前をうろつかれては目障りだ。対応の問題ではない」

 帝人は「やれやれ」と深いため息をついた。そして、いつか和解する時が来るのだろうかと途方もないことを思いつつ、頬杖ついた。

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