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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第十二章 激動
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02【寅瞳】その弐

 シュウヤの説明によると、神界は地球を内包する宇宙空間にあるが、同次元に存在しないため、物理的な影響は受けない。一方、神界と天上界は同じ宇宙空間にはないが同次元に存在するため、上昇や下降といった現象が起きる場合、物理的に影響しあうと言うのだ。そして今回、互いの宇宙の中核を担う世界同士の衝突によって空間が繋がり、二つの世界は一つになると言う。

 帝人は頭を抱えた。

 このように大規模な事象において、衝撃が軽度でおさまるはずがないと思うからだ。もしかしたら核を失うのと同等の被害が出るかもしれない。

 とにかくここは寅瞳や沙石に相談しようと、帝人は燈月を連れて部屋を出た。


 沙石は寅瞳の部屋にいた。燈月が離れているあいだは面倒を見ると、自ら買って出たためだ。そこで次に起こる災難について説明すると、沙石は大きく瞬きした。

「うーん。まあ三人いるからな。どうにか持ちこたえられると思うけど」

「何か心配事が?」

「寅瞳が浄真界の神だっていうんなら、あんまり無理させたくねえなって思って。知ってたら今までだって無理させなかったのに」

 寅瞳は隣で首を横に振った。

「いえ、今までだって充分、気を遣っていただきました。これ以上わがまま言えませんよ」

「そのセリフ、桜蓮に聞かせてやりたいぜ」

 その時、バタン、と大きな音を立てて部屋の戸が開いた。

「どういう意味かしら」

 桜蓮である。沙石は途端にそっぽを向いた。

「さあな」

「なによ、やな感じ」

「おまえのことなんか、話のついでに出ただけだ」

「話って?」

 事情は帝人の口から説明された。すると桜蓮は少し深刻な顔をしたあと言った。

「でも、神界なんでしょ?」

「ああ」

「じゃあ向こうにとっても一大事なんだから、きっと大龍神がなんとかするわよ」

「人任せかよ」

 沙石が脱力してソファにもたれると、桜蓮はフワフワとスカートを揺らしながら、向かいのソファに腰掛けた。

「だあってえ、大変なのはイヤ」

「それがワガママだって言ってんだろ!?」

「頑張って報われなかったらどうすんの?」

「はあ?」

「私、報われないのはもうイヤなの。寅瞳だってそうでしょ? 核がいくら頑張ったって、報われないことばっかり。やる気でないわ」

「んなこと言ったって、オレたちの加護は基本無償なんだから」

「分かってる。でも時々つらいのよ。泣き言くらい言わせてよ」

 プイっと横向く桜蓮を見つめてから、沙石はうつむいた。

「だけど今は、一人じゃないんだぜ?」


***


 沙石のひと言が効いたのか、桜蓮はそれ以上なにも言わず、静かに部屋を出て行った。それから沙石と寅瞳はなんとなく視線を合わせ、苦笑いした。

「もう動いてんじゃねえか?」

「そうですね。予想以上にゆっくりですけど」

「ゆっくりでなきゃ困る。て言うか、もっと猶予ほしかったぜ」

「自信ありますか?」

「あ?」

「天上界を支える自信」

 真剣に問われて、沙石は頭をかいた。

「いやあ、わかんねえ。おまえは?」

「精一杯努力してみます。それこそ、沙石様と桜蓮様が加護の力を全開にするなら、私も」

「無理すんなよ」

「いいえ。下降するのならともかく、上昇するんですから、きっと大丈夫ですよ」

「でもなあ」

「大丈夫ですよ」

 念を押すように寅瞳がニッコリ笑うと、沙石は口をつぐんだ。そんなに言うなら好きにしろ、というわけである。


 桜蓮に続いて部屋を出た帝人は、足を大講堂へ向けた。魔族の事務室へ向かって歩くそれを呼び止めたのは、虎里である。

「ちょうど今から昼食なんだが、一緒にどうだ」

 帝人は反射的に目元をしかめた。一緒に楽しく食事などと考える心の余裕がなかったからだが、これまで断られたことのない虎里は困った笑いを浮かべた。

「何か、気に障るようなことが?」

「あ、いや……」

 帝人は生返事しつつ、しげしげと虎里を見つめた。昨日の今日で天位が三へ上がっていたからだ。上位天位者が核のことについて割れている時期に昇格——そのことに界王の意図を感じずにはいられなかった。

 虎里は表向き、魔神と同じく中立の立場を取っている。だが内心は核を大講堂へ据えないことに一抹の不安を覚えている。つまり、核を大講堂へ置くという考えに賛成なのだ。

「鳳凰は何か告げられたか」

 虎里は質問の意味をすぐに察し、真面目な顔で首を横へ振った。

「いや、特には」

「そうか」

「そっちは何かあったのか」

「うむ。実はな」


***


「神界との衝突」という大事はたちまち大講堂内満遍なく伝わり、上位天位者らは大騒ぎした。騒動をおさめるべく、各族長は大会議室に上位天位者を集め、大まかな説明をし、進行を帝人に委ねた。

 大会議室は円形の部屋で、中央に壇を置き、それを取り巻くように階段状の席が設けられている。机はウォールナット、椅子は本革である。

 帝人は唯一座席のない壇上へ立ち、発言をした。

「今のところ我々は、各施設の点検と補強をすること以外できない。どれだけやれるか分からないが、最善を尽くそう」

 帝人が述べると、辺りは動揺してざわめいた。

「なんとか……、なんとかなりませんか!」

 誰かのそんな声に、帝人はしばし間を置いてから答えた。

「天位の力をもってしても、我々は無力だ。頼みの綱は核の加護しかない。彼らが全力を出せば、少なくとも人命を失うことはないだろう」

 発言は重かった。頼みの綱が渦中の核であるから尚更だ。ここで、「やはり核は大講堂へ置くべきだ!」と賛成派が声を上げた。反対派は反論の余地がない。しかし、ある者が言った。

「天上界を上昇させて神界と一体化させるということに、界王様はどのような利があるとお考えなのでしょうか」

 帝人は「やっぱりそう来たか」という面持ちで、やや視線をそらせた。

「寅瞳殿は、元は神界の更に上にある浄真界というところの神だ。そのため地上へ降りるのに多大なる犠牲を払っている。界王はその負担を軽減し、かつ分散させようと考えているのだ。つまり、負担は分け合えということだ。とはいえ我々が負うのは、わずかなものに過ぎない」

「なるほど」

 と顎をつまんだのは、季条間である。帝人は目を向けた。彼女は、長の地位にある者のため特別に設けられた高い席に座っている。中央の壇上も高いので、帝人が季条を見る目線はやや上くらいだ。

「寅瞳一人のために、界王は世界を動かし、二つの世界を一つにするという大事業をおこなわれる訳か」

 述べる目は冷たい。季条は長でただ一人の核優遇反対派だ。帝人の肩には自然と力が入った。

「寅瞳殿は最初にして最古、そして長きに渡り核を担った崇高な神だ。大講堂に置かないのなら、それが妥当と判断されたのだろう」

 視線は一点だが、明らかに反対派の上位天位者全体に向けられた言葉である。そう察した季条は、厳しい眼差しで帝人を見据えた。

「だが結局、昔の話ではないのか。むろん加護の力は評価するが、それなら沙石とて同じであろう」

「人として生まれ、覚醒ののち神となり、天位を受けている者と、はじめから神として誕生し、界王の庭と言われる地にあった寅瞳殿は、やはり根本から違う。本来なら我々がどう足掻いても目通りかなわぬほど恐ろしく崇高な立場だ」

 季条は眉をしかめた。

「それがなぜ降りたのだ」

「古代の民が望んだ。そして彼らは今、光となって世を照らしている。その光を浴びるものはみな、彼らの望みを無意識に引き継いでいるのだ」

「私たちも望んでいるというのか」

「そうだ」

「では、その望みを絶ったらどうなる」

 思わぬ問いに、帝人は目を見開いた。季条はニヤリと笑った。しかし帝人は怯まず答えた。

「潜在意識にあるものを取り除くのはとうてい不可能だろう。が、もし絶てたとしたら——」

「絶てたとしたら?」

「寅瞳殿は浄真界へ戻る」

 核の一人を失うだけでも、今の天上界は危うい。それを心得ていれば、寅瞳を無下にできないはずだと考えたゆえの台詞だった。ところが、季条はさらに不敵に笑って言い放った。

「ではお帰りいただいて、天上界の上昇を止めてもらえばよい」

 大胆な発言に、会場はどよめいた。帝人は驚きのあまり絶句しかけたが、どうにか反論の声を上げた。

「拡大を続ける天上界を、沙石と桜蓮の二人で支えろと言うのか」

「神界と衝突などという大事に比べればマシであろう。それによって核も余計な力を消耗するのだからな。どちらも大変だと言うのであれば、より負担がかかりそうなほうを切り捨てるのが常識だ」

 憎たらしいが、言うことはもっともである。帝人はこれ以上、寅瞳を擁護する言葉を見つけられずに沈黙した。

 季条は薄ら笑いを浮かべた。帝人を完全に言い負かしたという勝利に酔っているのだ。

 そして反対派の者は血色を取り戻して元気になった。

「そのとおりだ。寅瞳様にはお帰りいただこう。あるべき場所にあるのがいいに決まっているのだからな」

「こんな単純な解決法をなぜ思い付かなかったのだ!? はははっ、心配して損した」

 そんな意見が飛び交うと、歓喜する者と黙り込む者とがハッキリと分かれた。笑って肩を叩き合うのが反対派であり、黙ってうつむいているのが賛成派である。

 帝人にとって救いなのは、季条を除く四位以上の名だたる天位者がみな沈黙を貫いていることだ。とはいえ、昨今取り沙汰されていた「核を大講堂へ置くか否か」という問題には決着がついてしまった。賛成派は負けたのだ。


 帝人は重い足取りで大会議室を後にすると、空呈の屋敷で待つ寅瞳のもとへ行き、すべてをあるがままに話した。

 寅瞳は寂しそうな顔でうつむき、答えた。

「分かりました。シュウヤ様がいらした時に、一緒に帰ります」

 帝人の目には涙がにじんだ。

 自ら望んだものでも、都合が悪くなると弾き出す。そんな身勝手な民は五万と見てきた。しかし天位者が多く存在するこの世界へ来てまで目の当たりにするとは、思ってもみなかったのだ。

「力になれなくて、申し訳ない」

 帝人が謝るので、寅瞳は無理に微笑んだ。

「いいえ。今まで良くしてくださって、ありがとうございました。賢者様」

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