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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第十一章 回顧
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04【帝人】

 目を覚ますと、黄金の瞳を持つ象牙色の髪の男が心配そうに容態をうかがった。寅瞳は身をすくめた。男が一瞬、銀色の狼に見えたのだ。しかし、

「大丈夫か?」

 声色の優しさに、よく知る人物であることを思い出す。寅瞳は慌ててうなずいた。

「はい。それよりどうしたんですか? 今日は」

「ん?」

「まだいらっしゃる時期ではないのに」

 燈月は眉をひそめた。寅瞳の台詞がなんの脈絡もなく、辻褄も合わなかったからだ。

「なんのことだ?」

「え、あの、まだ祭典の時期ではないでしょう?」

 祭典と聞いて、燈月は合点がいった。寅瞳は今、グランシールの時代と混同しているのだ。

 燈月は寅瞳の胸元にそっと手を置いた。

「俺はずっとここにいる」

 寅瞳はじわりと目を見開いた。

「……本当に?」

「本当に」

 とたんに寅瞳の顔がほころび、燈月はやや困惑した。このままセリアス・ランドールとして対応するほうがいいのか、それとも現実に引き戻すのがいいのかと。だが帝人の言葉を思い出し、「燈月」として接するほうが正しいのだと判断した。

「いま熱は下がっているが、それは解熱剤が効いているからだ。しばらくは安静にしていないといけない。だから加護も控えたほうがいいだろう」

「え?」

「沙石と桜蓮がいる。任せておけと言っていたから、心配はいらない」

 沙石と桜蓮の名を出したことで、寅瞳の意識は急激に現在と繋がった。なぜ自分がベッドで横になっているのか、どうしてセリアスが側にいるのか。そして、ここが浜辺の別荘などではないことも思い出した。

「あの、帝人様は?」

「仕事へ戻った」

「あ……そうですか」

「側にいて欲しいのか?」

「え、あ、いえ、別にそんな」

「無理をするな。賢者なんだろう? 違うのか?」

 寅瞳は驚いた表情を見せたあと、少し目を伏せた。

「はい。ずっと忘れていましたけど、間違いありません」

「不安なんだろう。その、紋章のこととか」

「はい」

「しかし、帝人殿に聞いても明確な答えは得られんだろう。昔とは状況が違う。俺はいっそ、界王にお伺いを立ててみてはどうかと思う」

「シュウヤ様がいらっしゃるのは、いつでしたっけ?」

「明日だ」

「お願いできますか?」

「ああ。とにかく今は安静にしていろ」

「はい。すみません」


 だがお願いするまでもなく、飛鳥泰善はシュウヤと共にやって来た。出迎えた燈月と帝人、沙石は、目を丸めた。

「珍しいですね。ご一緒にいらっしゃるとは」

 帝人が言うと、泰善はうなずいた。

「寅瞳に用がある」

「なるほど。ご承知なのですね」

「そう睨むな。別に悪意などない」

「いえ、悪意があるなどとは思っておりませぬ。ただ」

「どうしてなのかはここで聞くな。寅瞳に説明する」

 先を読まれた帝人は口をつぐんだ。

「ではご案内いたします」

 燈月が促すと、一行は部屋へと向かった。そして寅瞳と対面した泰善は言った。

「お前の神通力が、天位の力と反発しあっている。紋章も熱もそのせいだ」

 寅瞳はショックを受けて真っ青になった。

「そんな、やっぱり私は、天位を得る資格がないんですね」

「そうじゃない。そもそも天位制度を敷いたのは核の制度の後だ。最初にして最古の神であるお前に適応するようには造られていない」

 寅瞳は小首をかしげた。

「つまり、どういうことですか?」

「天位は人を神とする道具、つまり神格を得た人間に神としての力を与える宝玉だ。もとより神として生まれ、加護と治癒の力を有し、かつ人間だったことのないお前には合わないのだ」

「おーい! ちょっと待て!」

 突然あいだに割って入ったのは沙石だ。

「だったらなんで授けたんだよ!」

「天位がないと大講堂にいづらいと言うからだ。俺は一応、やめておけと忠告した」

「もっとちゃんと説明しといてやれよ」

「説明するより経験したほうが早いだろう」

「そりゃそうかも知んねーけど」

「とにかく天位は抜く。それで熱もおさまる」


 泰善の処置によって再び無天位者となった寅瞳を囲み、燈月、帝人、沙石の三名は眉間にしわ寄せて唸った。核の摂理が理解されたとはいえ、天位者でない者を大講堂に置くという行為が、無事に承認されるか難しいと考えるからだ。

「もし承認されない場合は、どこか近くに居を構えて、我々だけで守ろう」

「あ、それなら空呈んとこの双子も誘おうぜ? 天位ないけど能力あるし、ちょうどいいじゃん」

 帝人は少し呆れた顔で沙石を見やった。

「遠足に行くわけじゃないんだぞ?」

「分かってるよ、うっせーな。でも仲間は多いほうがいいじゃん」

「まあ、とりあえずは経緯の説明だ。なるべく承認が得られるよう努力しよう」

 最後は燈月の意見でまとまった。さなか、寅瞳は肩身が狭そうであった。心配した燈月が、背にそっと手を当てた。

「大丈夫か?」

「あ、はい。すみません。私のせいで」

「何を……」

「いえ、本当に申し訳ないと思っています。天位があってもなくても関係ないってことを一度は納得しておきながら、やっぱりあったほうがいいのかなって煮え切らない思いを抱えていたのは事実です。飛鳥様は私のそういうところを見ていらしたんですね。だから、試しにくださったんだと思います。よけい面倒になるだけなのに——でも私はなんだか、遠回りしないと決められない性分みたいで」

「忘却の世界でも?」

 と疑問を投げたのは沙石だ。

「そん時も遠回りしたのか?」

 寅瞳は沙石を見上げた。どことなく厳しい目つきに、いっとき言葉を失った。

「すみません」

「なんで謝んだよ。決めちまったもんはしょうがねえだろ? ただよ、オレは、なんていうか、もしオマエに理想郷の決定権やったら、やっぱり選んでもらえねえのかなって、チラッと思ったりしたんだよ」

 寅瞳はハッとして、息を詰まらせた。

「すみません。でもやっぱり、エゴだから」

「オマエの?」

「もちろん私も。そして民も」

「だけど、界王はそれでもいいって言ってんだぜ?」

「そりゃあ言いますよ。民を愛していますから」

「あ?」

「私たちの幸福のためなら何事も仕方ないとお考えになられているような方です。理想郷という形を否定なさることはしないでしょう。でも私には耐えられませんでした。自分たちの幸福のために、全ての死を飛鳥様に請け負わせて忘れるなんて」

 沙石は一瞬で背筋が凍った。燈月と帝人も我が耳を疑って、寅瞳を凝視した。

「な、なんだよそれ、聞いてねえぞ? 忘れるだけじゃねえのかよ」

「すみません。私も先ほど飛鳥様の顔を見て思い出したんです」

 帝人は深く息を吐いて腕組みをした。寅瞳には少なくとも三つの選択肢があったのだ。

 ひとつは、辛抱強く理想郷を目指すこと。ひとつは忘却の支配から逃れ、昇華の道を選ぶこと。そしてもうひとつは、世界を閉じることである。だが寅瞳の性格からして、最後の「閉じる」という選択はあり得ない。ならば残された道は自ずと決まる。

「おい、オマエはどうすんだ?」

 沙石は帝人の袖を引っ張った。

「なんだ急に」

「急じゃねえだろ! どうすんだよ!」

「そうだな……私なら、涙を飲んで界王を犠牲にする」

 意外な意見に、みな目を丸めた。

「はあ!? 正気か?」

「確かに非道だ。だが私は友も仲間も失えない。理想郷もまた陰と陽。至福と苦痛の表裏一体なのだ。それが逃れられないことなら、やむをえん」

「オマエ!」

 沙石は怒りに任せて帝人の胸ぐらをつかんだ。しかし帝人は冷静に努めた。

「私だって嫌だ。そんなことは死んでもやりたくない。だがどちらも尊重するなら、最も望まれることを選択するのが当然だ。界王も、己が請け負う苦しみと引き換えにしても、我々の幸福を望んでくださるのだ。その尊き心に報いるためなら、私は己の手を汚すこともいとわない」

 みなはシンとなった。帝人は本当に覚悟ができているのだ。

 沙石は手を放して、うなだれた。

「なるほどな。一位候補なわけだぜ」

 一方で、寅瞳は泣いた。理想郷を確立する時、帝人は心が砕け、身を裂かれるような悲しみに苦しむだろう。たとえ忘れても、その手で償いきれない罪を負って永遠ともいえる時を生きるのだ。そんな覚悟を想うと、落涙せずにいられなかった。

 すっかり忘れていた太古の記憶も戻りかけている。魂の記憶が正しく再生される時は、世の方向性が定まったという記しだ。そしてかつての賢者は、二つの核を守り、昇華と滅亡を経験した。忘却の力に負けず、闇の支配にも屈せず、見事新世界に転生を果たした——彼こそ、天位一位をもって理想郷を叶えるにふさわしい人物である。

 もう、準備は整ったのだ。

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