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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第一章 接触
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07【寅瞳】

 泰善(たいぜん)は魔族城内の一角にあてがわれた自室へ戻り、ため息をついてイスに深く腰かけた。

 部屋は三室。泰善の寝室兼書斎と寅瞳(とういん)の寝室、そして居間だ。それぞれはドア一枚へだててつながっており、ひと部屋ひと部屋は小さいが、こざっぱりとしていて使い勝手はいい。家具などもそこそこに品質が良く、雇われ教師としての待遇は悪くない。

「寅瞳、葡萄酒をついでくれないか」

「はい」

 白い髪に黄色い瞳の少年は笑顔で返事をし、そつなくグラスに葡萄酒をそそいだ。

「めずらしいですね。いつもはご自分でおつぎになるのに」

「すまん」

「いえ、そんなつもりでは……。ひずみは手強かったのでございますか?」

「まあな。手強いというより不快だった」

「お気の毒に」

「なに、おまえの顔を見たら少しは気分が良くなった」

「そんなこと言ってもなにも出ませんよ。今回も報酬らしいものはいただいていらっしゃらないのでしょう? 魔族に雇われていなければ今夜の食事もままならないところです」

 泰善は苦笑した。

「案ずるな。おまえの食事くらい責任をもって用意する」

「存じあげております。いつも私の衣食住だけは確保してくださっていますからね。ところで、ありがとうございました」

「なにが?」

「私をお見捨てにならず、ここへ置いてくださったことです。実力行使されたとはいえ、魔族の使いを止められなかったことは事実。クビになっても仕方のない立場でした」

 泰善は軽く首をかたむけた。

「結果よければすべてよし。おまえがそんなことを気に病んでいたとは。気づいてやれなくて申し訳ない」

 寅瞳は焦ってかぶりをふった。

「いいえっ、そんな、お謝りになんてならないでください」

「いや、子供にそこまで気をつかわせては決まりが悪い。おまえは真面目によく働く。俺に対しても誠実だ。おまえを失ったら俺は困ってしまう。もっと自信を持って堂々と構えていればいい」

 寅瞳は顔を真っ赤に染めた。

「あ、ありがとうございます。私のような孤児を人間として、尊厳をもって接してくださるのは、あなた様だけです」

 泰善は寅瞳をジッと見つめた。

 ——少年は孤児院で犬以下の扱いを受けて育った。泰善と出逢っていなければ、とうに失っていたかも知れない命である。種族が不明というだけで差別され、事あるごとに激しく折檻されていたのだ。

(身体の傷はすぐに治してやったが、心の傷にはまだおよばない)

 と泰善は胸を痛めたが、寅瞳は過去のどんな冷遇にも耐え、おのれを強く律してきた。瞳は凛としており、魂は輝いている。

 泰善はまばたいた。

「おまえは誰よりも立派だ。おそらく天位に惑わされて真の目的を損なっている神々より遥かにマシだ」

「またそのようなことを。他人の耳に触れては問題になりますよ。発言にはご注意ください。万が一、界王の使いに聞かれでもしたら、どうなさいますか」

 寅瞳が言う「界王の使い」とは、界王が住む世界にしかないという始点界の青の色をした鳳凰のことである。昔から界王に代わり天位二以下の位を授けにくることで知られている。

 泰善は顔から表情をなくし、寅瞳から目をそらした。

「心配してくれるのはありがたいが、俺なら大丈夫だ。おまえに迷惑をかけることもしない」

「め、迷惑だなんて——あなた様には返しても返しきれない恩があります。なにがあっても私は飛鳥様の味方です」

「それは頼もしいな」

 おだやかに笑い、葡萄酒をゆっくりと飲み干す泰善を見て、寅瞳は「ふうっ」とため息ついた。

(まったく、もう少し危機感というものを持ってくださるといいのに。理想も概念もしっかりした素晴らしい人だけど、神々に対する反抗心?が旺盛なのは、どうなんでしょう。そんなだから天位も……。本当ならとっくに天位者でおかしくないのに)

 天位に価値を見いださず神々を批判する態度が界王の気を害しているのだと、寅瞳は口にこそしないが思っていた。もし天位制度を人並みに解釈して界王を崇拝していれば、今頃一位も目前だったかも知れない——と。

 時々、そういう話に触れないでもない。しかし泰善は頑として、「自分に天位は必要ない」と結論づけてしまうのだった。


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