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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第十章 抑止
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09【魔物編】その参

 シュウヤの次の訪問を待つあいだ、帝人は講堂内を歩き回りながら、外の魔物について考えた。言うまでもなく、ここで最も因縁が深いのはサンドライトこと沙石と、キール・マークレイこと自分である。もしも魔物の意識が己たちに向かっているのなら、囮となって僻地へ誘い込み、封じるという策を講じることもできるだろう、と。だが透視能力を用いて意識を探れば探るほど、想いは混沌として定まらなかった。

 帝人は中庭に差しかかったあたりで足を止め、顎をつまんだ。

 このような事態を界王は当然、承知のことだろう。にもかかわらず何の助言もないのは何故か。試練ならば甘んじて受けようとは思うが、果たしてそこにどのような意味があるのか——とても理解できなかった。

 なにしろ魔物は、核も関係なく襲う。天上界の安定を願って三人もの核を送り込みながら、危険な魔物を放っておくというのは矛盾している。

 帝人は眉を険しく寄せて、まぶたを伏せた。

 あらゆる意識が流れ込んでくる。感情の荒波の中、地を這うように渦巻く闇は魔物の心だろう。中間にある濁った光は俗世のもので、頭上に輝くのは神の英知だ。

 帝人は自然に顔を上げ、高みにある光を見つめた。と、不意に強烈な輝きを放つ光が近づいてきた。驚いて目を開けると、そこには青の鳳凰が現れていた。目の前には天位の宝玉が浮いている。

〝受け取りなさい〟

 鳳凰は女の声で告げた。帝人は躊躇した。天位の輝きは三である。三と言えば長の地位だ。

 こんなに早く……

 と帝人が心の中で呟くと、鳳凰はゆっくりと羽ばたいた。

〝界王様はお望みなのです。そなたが一日も早く、神の中の神たる者として立つ日を。さあ、三位の英知をもって深き闇を見つめ、至高の光をつかみなさい〟

 帝人はじわりと目を見開いた。受難の年に界王より賜った言葉を思い出したのだ。

「闇を見ぬ者に、愛がなんたるかを悟ることはできない……か」

 ついでにいらぬことも思い出した。それは「均衡が一位より後に来ることはない」と言い切った泰善に、根拠を問いただした時のことである。あの時は答えられない泰善をバカにしたが、今なら分かる。全てが泰善のさじ加減であったのだから断言できて当たり前だったのだ。そのあとに帝人の胸のあたりを見てため息ついたのは、十中八九、天位について思い煩っていたからだということも。

 当時は気づかなかった泰善の界王然とした様子に、帝人は自嘲の笑みを浮かべた。そして宝玉に手を伸ばした。

「あなたの望みが、いつかあなた自身を苦しめることになっても、私は応えましょう」


***


 天位の力は驚異であると、帝人は改めて感じた。

 今まで五位を収めていた帝人だが、一段階飛ばして三位を得ると、上位中の上位がいかに格別か、さらによく分かる。これまでになく感覚が研ぎ澄まされ、持ち合わせていた能力の九割が完全に制御可能な域に達する。この飛躍的な向上は、多大なエネルギーを内から湧き立たせ、心に至福をもたらす。一度味わうと忘れられないそれらの感覚は、中毒症状を引き起こすかのように、神々を虜にするのだ。

 しかし真に上位天位者ともなると、その誘惑と戦うことも強いられる。天位の力に勝る精神力を得ないと、宝玉は決して身に馴染まないからだ。

 帝人は一日、自室にこもって苦悶した。やはり自分には早すぎたのではないかと疑うほど葛藤し、あたり構わず転げ回った。

 だが夜が明けるにともなって、気分は落ち着いてきた。深く息をして窓から空を見上げると、夜に取り残された星がひとつ、輝いている。この頃は朝夕構わず上空まで魔物によって埋め尽くされているが、今日はスッキリと晴れ渡っている。もう近くまでシュウヤが来ているのだろうと帝人は察し、部屋を出た。


 実際のところ、シュウヤはまだ天上界の外側にいる。しかしその気配が近寄るだけで、魔物は浄化されるか、恐れをなして地中奥深くへ潜り込むのだ。

「極限まで抑え込んでいると言っていたが、それでもこれだけの影響をもたらすのだから、究極浄化とは恐るべき力だな」

 界王の腹心なのもうなずけると帝人は思いながら、地中に意識を落とした。昨日よりも鮮明に、魔物達の感情の流れが分かる。この大講堂の中庭へ向かっているようだ。

 帝人は中庭へ立って、感情の行方に目を凝らした。漆黒の闇に足を取られそうな感覚が一瞬よぎって、身を引く。しかし帝人は魔物の意識が集中する場所を凝視し続けた。

 さなか、「助け舟は出されたではないか」と内心、安堵した。天位三によって制御力が増した透視能力を駆使すれば、これまで分からなかったことが明確になってくる。神や人とは違う魔物の意識まで、こうして読み取れるようになった。やはり界王はこの状況を憂えて、解決する力を与えくださったのだと。

 そうして観察し続けること十五分。帝人はようやく魔物の声を聞いた。

〝ヤヅラ ユルゼネエ ジブンダチダケ ジゴグマヌガレデ〟

〝アア ノロッデヤル ノロッデヤル〟

〝ゴワジデヤル ゴワジデヤル ドゴニアルンダ〟

〝ゴゴダ ゴゴダ ゴノジダダ〟

 帝人は目元をしかめた。

「何が許せないんだ?」

 帝人が問うと、魔物の意識が反応を示した。

〝ダレガガギイデル オレダヂノゴエ ギイデル〟

〝ゲッガイヲドゲ ジャマズルナ〟

〝アレゴワゼバ オレダチジョウブツデギル〟

〝アイヅラノゼイデ ゲモノニナッダ ダガラ アレゴワゼバ スグワレル〟

「あれとはなんだ。何を壊せばいい」

〝ゴノジダニアル〟

 帝人は足元に視線を落とした。

「ここに、何かが埋まっているんだな?」


 帝人はさっそく沙石を叩き起こし、ついでにほかの長たちも呼んだ。帝人が一日見ない間に三位を授かっていたので、みな一様に驚いた。また、魔物の声を聞いたというので、さらに驚いた。

「なんと言っていたのだ」

「許せない、自分たちだけ、地獄まぬかれて。呪ってやる、壊してやる、どこにあるんだ? ここだ、この下にある。結界を解け、邪魔するな。あれを壊せば成仏できる。あいつらのせいで獣になった。だから壊せば救われる……と言っていた」

 みなシンとなって足元を見た。それから互いの顔色をうかがい、とにかく掘り返してみるしかないだろうという空気でうなずいた。


***


 いったい、こんなところに何があるのかという気持ちで掘り進むこと二時間。地中深くに埋まっていたものが現れた。長方形の、やや大きめな箱である。幅一メートル、長さ二メートルくらいだ。が、深さは二十センチ程度である。

 地上へ引き上げられると、沙石が興味津々な顔つきで近づき、手を触れた。

「おい、気をつけろ」

 燈月が注意すると、沙石はパッと手を離したが、真顔で燈月を見つめた。

「これ、封印されてる」

「え?」

「あんたがされてたヤツと一緒だ」

 自分がされていた封印と聞いて、燈月は青ざめた。そんなことは生涯で一度きりしかない。魔族の城の地下牢に閉じ込められていた時だ。

「まさか、界王の?」

「ああ」

 これはまた厄介なことになったと、誰もが沈痛な面持ちで唸った。しかし、帝人がふと視線をあさっての方向へ向けて言った。

「シュウヤ殿が参られた。意見を聞いてみよう」

 視線の先には、「みんなでこんなとこに集まって何やってんだ」という表情で立ち止まるシュウヤの姿があった。


***


 シュウヤは箱の前で腕組みし、盛大に唸った。

「うーん、これ……か。どうするんだろうな。聞いてねえ。つか、ホントどうする気なんだろう」

 沙石はイラッときてシュウヤの足を踏みつけた。

「テメエは、んっとに役に立たねえな!」

「いって! なにすんだこのクソガキ!」

「もうガキじゃねえ! てか、なんだよこれ! 知ってんなら教えろ!」

 シュウヤは途端に視線を泳がせた。

「いやあ、俺の口からは言えない。とにかく泰善に聞いてからだ」

「そんなにヤバイもんが入ってんのか?」

「あー、うん。おまえたち二人にとっては、ヤバイかもな」

 沙石は帝人を振り返った。帝人も一瞬目を合わせたが、すぐにシュウヤへ視線を戻した。

 その考えを、読めるものなら読みたいのだ。しかし界王によって不可視にされているらしく、読み取ることはできない。

「なんにせよ、この印は界王にしか解けない。よろしく頼む」

 シュウヤは片眉を上げた。

「いいのか?」

「私に天位三を授けたのは、おそらくそういうことだろう。魔物に成り果てた魂を救うために導かれたことなら、何が入っていようと直視しなければならない」

 帝人の覚悟に、シュウヤは神妙な顔で答えた。

「わかった」


***


 翌日。

 多くの上位天位者に見守られながら、帝人と沙石は箱を挟んで泰善と向かい合った。この場合、注目されるべきは箱だと思うが、みな泰善に目を奪われた。完全体を見るのは初めてだという者が大半を占めたせいもあるが、何度か見た者も、その美しさに放心した。

 究極の闇と至高の光。荘厳な海原と気高き山脈。可憐にして絢爛なる花々。夜空を埋め尽くす星と絶えなる調べ。この世のあらゆる美が結集し、世界を飲み込まんとする輝きを発しても、蹂躙されてしまうだろうと信じられる。

 帝人と沙石も向かい合ったはいいが、方々からもれるため息と視線の行方に苦笑いした。

「やっぱ、完全体はヤバイって」

「悪態をつくために呼び出したのか?」

「あーはいはい、すみませんでした。で? これの中身のこととか、教えてくれるんだろ?」

「ああ。まあ、見たほうが早いだろう」

 泰善は足元の箱をつま先で軽く蹴った。すると封印はたやすく外れ、蓋が自動的に開いた。中身は艶のある青い布に包まれている。

 沙石は上目遣いにチラリと泰善を見た。

「あんたの封印って、足が鍵なのか?」

「別に」

「じゃあ、単に手え使うのが面倒くさいだけか」

「ああ」

「ちょっと面倒くさがりだっていうのは寅瞳から聞いてたけど、本当なんだな」

「やることが多すぎると、絶対に必要なこと以外の細かいことはどうでもよくなる」

「あっそう」

 沙石はなんとなく無念に思いながら青い布をはぎとった。そして、息を止めた。

 銀色の剣と、黒い盾。

 沙石のそばで、帝人も食い入るように見つめた。それは魔物からサンドライトを守るために魂を焼き、最後まで一緒に戦った友の成れの果てである。

「……ヒースの剣、アンバーの盾」

「そのとおりだ」

 泰善の肯定に、帝人は顔を上げた。魔物の言葉と、泰善の眼差しから分かることがあるとすれば、嫌な予感だけだ。

「いったい、どういうことですか」

 わずかに声を震わせながら問う帝人を、泰善はじっと見据えた。

「この者らを許すかどうか、決めるといい。罪なき民も犠牲となったが、一番の被害者はお前たちだからな」

「ど、どういうことだよ!」

 沙石は拳を固めて泰善を睨んだ。しかし泰善の瞳は悲しみに満ちていて、発言に偽りがないことを物語っていた。

「二人の鍛治師は魂を焼かずして最高の武器を作ることはできないものかと思案した。魂を提供してくれる者など、そうそういないからな」

「それで……?」

「結論から言えば、闇の力を借りた」

 帝人と沙石はビクリと肩を震わせ、背筋を凍らせた。泰善は気の毒に思いながらも、淡々と事実を述べた。

「神の助力を得て神剣を鍛え上げることは困難だが、闇の力なら容易く借りられる。ゆえに、二人は安易な方法で己の願望を叶えようとした。だが奇術によって呼び寄せた闇は、二人の想像をはるかに超える強大な力だった——ヒースは己の力を軽んじていたのだ。神剣に迫る剣を鍛え上げることのできた、千年に一人の選ばれし鍛治師。それが闇など呼べばどうなるか、考えもしなかったのだろう。闇はヒースの力を媒体に人の魂を食らった。通常では食らうことのできない聖人君子の魂でさえ、鍛治師の焼く力があれば食らうことができた」

 帝人と沙石は心の底から震えた。あの生き地獄の発端が、友と信じていたヒースとアンバーの手によるものだと知って、冷静ではいられなかった。ことに帝人は激しく動揺した。

 そんな素振りは微塵も見せなかったではないか、と。

 彼らは心にも、そのような恐ろしい事実があったことを表さなかった。だが界王は真実しか述べないだろう。嘘をつく意味などないからだ。ということは、ヒースとアンバーは透視能力者である帝人をも欺くほど巧妙に隠し通したことになる。それがどんな裏切りであるのか——考えるだけで脳が沸騰しそうだった。

「そ、それでっ、どうしてこんなことになったんだよ!」

「二人は後悔と罪の意識に苛まれ、ついに己の魂を焼こうと決意した。最後の砦である核だけでも守ろうと誓ったのだ。せめてもの罪滅ぼしというわけだ。だが、そんなことだけで許されるはずがない。ゆえに封じた。血の通わぬ鉄の身体のまま、再び天上界が世に現れ、お前たちが転生するのを待たせるために」

 帝人と沙石の視線が同時に向くと、泰善は深くうなずいた。

「裁きを下せ。その権利はお前たちにある」

「……んなこと言ったって、どうすりゃいいんだ。どうするのが一番いい方法なんだよ?」

「どのようにしても構わん。お前たちが気の済むようにすれば、魔物の魂は克猪が引き受ける」

 沙石は目を丸めた。

「親父が?」

「迷える魂を導くのが奴の仕事だ。しかしここにヒースとアンバーがある限り、魔物の内にある未練が邪魔をして、連れて行くことができない。今生への未練を断ち切らせてやれ。お前たちの下した決断なら、彼らも納得するだろう」

 沙石は唇を噛み締めて、箱の中のヒースとアンバーを見つめた。帝人はその肩に手を乗せた。そして、

「壊そう」

 と呟いた。それが魔物の望みだった。未練を断ち切らせるには、それしかないだろうと——

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