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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第十章 抑止
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06【永治・光治・泰善】

 桜蓮たちが屋上へ上がった頃、神族の事務室には帝人が訪れていた。時間の隙間をぬって沙石の様子をうかがいに来たのだ。

 沙石は渋い顔をした。

「もういいって。んな心配しなくても」

「そうはいかん。半分は義務だしな」

「え? もう半分は?」

「友人として」

「ほー、動機が真面目だなあ。どっかの誰かさんとはえらい違い」

「俺のことか」

 シュウヤは腕組みし、壁に背を預けた体勢で沙石を睨んだ。

 沙石は白けた目で見やった。

「ほかに誰が?」

「俺のどこが不真面目だ」

「界王に言われて仕方なく来てんだろ?」

「命令に忠実で結構だろう」

「仕方なくってとこがダメなんじゃねえか。言うこと聞いてんのだって、どうせ下心があるからだろ。動機が不純なんだよ」

 シュウヤは沈黙して目をそらした。どうやら不純らしい。

 指摘した沙石はもとより、帝人も燈月も寅瞳も苦笑いした。本当にどうしてこんな男が界王の腹心なのかと、首をかしげてしまいそうである。

「……まあ、元気そうでなによりだ。では私はこれで」

 帝人は退室しようと踵を返した。しかし、そのまま硬直した。

「どーした?」

 立ち止まった帝人を不審に思った沙石が声をかけた。帝人はこめかみに一筋汗を流しながら、ドアノブに手をかけた。

「上に強い念がある。だが——こんな奇妙なのは初めてだ。感情のない念などあるのか?」

「感情のない……念?」

「見て来よう」

 帝人がドアを開けると、沙石は立ち上がった。

「オレも行く!」

「駄目だ。なにかあったらどうする」

「じゃあみんなで行こうぜ! なっ!」

 帝人は若干呆れた顔で沙石を見つめた。今まで退屈で死にそうだったから絶対参加するという意欲満々である。

「しょうがないな。無茶はするなよ?」

「やった!」


 帝人、沙石、燈月、寅瞳、シュウヤの五人は、屋上まで急いだ。階段は事務室よりほど近いのでたどり着くのはあっという間である。先頭をゆく帝人は念をたぐるようにして屋上の扉を開いた。

 すると、屋上の端に三人の子供の姿が見えた。桜蓮と、永治と光治である。彼らは今から下の階へ降りる算段をしている様子で、ふとこちら側へ向いて固まった。

(あ、怒られるんじゃないか?)

 と思ったのは永治で、

(わっ、見られたんじゃないの?)

 と焦ったのは光治で、

(キャー! 帝人様!)

 と喜んだのは桜蓮だ。

 無言であっても、心の声と表情は正直だ。

 帝人は沙石らを伴って、つかつかと永治らに寄った。そして光治を見据えた。

「なるほど。さっきの念はお前か」

 光治はギクリとして永治の後ろに隠れた。しかし、

「能力を隠しているのは知っている。心配はいらん」

 と帝人が言うと、光治はおずおずと出て来た。

「隠しているの知っていて、どうして黙ってたんですか?」

「界王が容認しているものと見なしているからだ。それに、私も昔は自分の能力を周囲に知られるのが怖かった。気持ちは理解できているつもりだ」

 光治の表情が明るくなった。それに木霊するように、永治の緊張も解けた。

「俺、不安なんです。こんな力、きっと良くないに決まってる」

「そんなはずはない。お前達を天上界へ導いたのは界王だ」

 帝人が言うと、「そうよ」と桜蓮が同調した。

「あなたのおかげで助かったわ。だから良くないわけないわ」

 そこでふと、シュウヤが気づいて口を挟んだ。

「そういやサイキッカーだったな。忘れてた」

「忘れないでくださいよ」

 光治がうなだれると、沙石がシュウヤの脛を軽く蹴飛ばした。

「っで! なにすんだ!」

「てめえ、んな重要なことは先に言えよ」

「だから忘れてたんだって」

「サイキッカーつったら、手も足も使わねえでいろんなもの動かせんだろうが! そんな超便利な力、使わなかった今までがもったいねえじゃねえか!」

「知ったからといって、即使えるわけないだろう」

 と注意したのは帝人だ。沙石は眉を吊り上げた。

「なんで!」

「万人がハイそうですかと受け入れられるか分からない」

「オレ、なんの抵抗もないけど」

「そうだろうな」

「あ、なんか今バカにしただろ」

「別に」

 帝人は軽くあしらい、改めて双子に向いた。双子は、イメージしていた沙石と現実の沙石がかけ離れていることに唖然としていたが、帝人が質問によってムリヤリ現実に引き戻した。

「で、やっていけそうか?」

 光治はうつむいた。

「わかりません。天位もないし」

「抑えるのが精一杯といったところか」

「いえ、それは問題ないんですけど」

 帝人は目を丸めた。

「問題ないのか?」

「はあ」

 嘘をついている様子はない。しかし天位も持たず能力を制御しているとなると並ではない。透視したところ、双子はそろって能力を持っている。そして双方、なんの苦もなく制御している様子だ。

 帝人は話の対象をシュウヤへ移した。

「界王から何も聞いていないのか?」

 シュウヤはギョッとしたあと、口を開閉した。

「……なんにも聞いてない」

「おまえ、信用ねえんじゃねーの?」

 沙石が突っ込むと、桜蓮が唐突に声を上げた。

「ほーっほほっ! そうよ! 信用ないのよ! 分かったら潔く身を引きなさい!」

 シュウヤは顔を真っ赤にして睨みつけた。

「黙れ! このクソ女!」

「なによ! でくのぼう!」

「負け犬の遠吠えにしか聞こえないな!」

「わーわーわーっ! 何も聞こえないわ!」

「俺たちのラブラブっぷりを語って聞かせてやる!」

「やめてよ! 耳が腐るわ!」

 二人の低次元な争いに、ほかの六人は呆れ返っていたが、いつまでも聞かされそうな予感がしたところで帝人が割って入った。

「やめろ!」

 そしてシュウヤを見据えた。

「界王にお伺いを立てるかお越しいただくか、解決法はそれしかないように思うが?」

 シュウヤはグッと奥歯をかんだ。

「わ、分かった。呼ぼう」

「いや、先にお伺いを立てろ」

「いやいや、呼ぶほうが楽だから。下の応接間にでも待機していてくれ」


***


 言われた通り七人が応接間で待機していると、ほどなくしてシュウヤが泰善を連れて現れた。

 輝きを放つ艶やかな臙脂色の髪と、始点界の青の左目と、淡い緑の右目。長い肢体と恐ろしいほど美しい顔。究極の美を惜しげもなく費やしたその姿に、皆しばし言葉を失う。いいかげん何度も見た姿だが、衝撃は毎度のごとく襲うのである。

 このまま黙って見とれていたい、というのが全員の本音だが、泰善が不機嫌そうにソファヘ腰を下ろしたので、そう呑気にしてもいられないだろう。

「申し訳ありません」

 まずは帝人が謝罪を入れる。その合間にシュウヤが泰善の横に腰かけると、桜蓮が厳しい目を向けた。

「あなたはこちらへお掛けになったら?」

 シュウヤは拳を握って思わず立ち上がりそうになったが、泰善の手が素早く止めた。

「いちいち反応するな。そばにいろ」

 このひと言でシャウヤは一気に上機嫌となり、桜蓮は奈落の底へ突き落とされたようにドンヨリした。

 さておき、泰善が視線をスッと双子の兄弟に向けると、室内の空気が張りつめた。

 光治はおどおどしながらも、チラチラと泰善を見てまばたきした。声や面影から自分たちの知る「将軍」だと分かるが、細かな相違点に目がいくのだ。

「なんかバージョンアップしてるね」

 肘をつつきながら囁く弟の能天気さに、永治は頬を引きつらせた。

「俺たちが会ったのは分身で、これが完全体なんだろ?」

「ああ、そんなこと言ってたね」

「もういいから、ちょっと黙ってろ」

 そうして永治は、正面を向いた。

「我々に、何か注意することはありませんか」

「何もない」

「何もない……んですか? 本当に?」

「ない。別に困っていないだろう?」

「え?」

「力は充分に制御できている。申し分ない」

 永治は眉をひそめた。

「つまり、天位の力を借りなくても問題ないのでそのままだ、と?」

「そのとおりだ」

「しかし、この力を保有したまま人間として生きるには、いろいろ不都合では」

「天位とは、神の段階を記したものにすぎない。むろん、それによって得られる英知や能力もあるが、もともと悟りを開き、能力を有し、かつ抑止できているとなると、持っていてもあまり意味がない。かえって制約に縛られ、不都合になることもある」

「ですが、その……これからの天上界に必要な力とは思えません」

「理想郷のことを言っているなら、それは間違いだ。理想郷では、神々にもたらされる恩恵は物にも波及する。真新しいまま傷もつかない。花は手折れず、木々も伐採できない。なにもかも普通に壊すことができなくなる。新たな建物を造ることも替えることも事実上不可能となるだろう。しかし、光治が持つ破壊の力を使えば可能だ。分子レベルで分解するだけだからな。見た目壊れたように見えるだけで、実際は傷つけられていない。そのため理には背かない。それらをお前が持つ再生の力でつなぎ合わせれば、同じ物を再現できるだけではなく、組み合わせによって別の物に作り替えることができる」

「なるほど。ですが、かえって不便そうですね」

「だが全てと言っていいほど多くの者がそれを望んでいる。真新しいままの家に住み、いつも清潔な衣服を身にまとい、壊れない道具を使い、老いも飢えも、怪我も病気もない、枯れぬ世界に生きたいと願っている。そのためには是が非でも俺の支配を逃れなければならないのだ」

 永治は茫然として泰善を見つめた。

 知りたいことが答えとして返った。万人の願いという点についても理解はできる。しかし漠然とした虚しさが襲うのだ。それは「何かが間違っている」という、とらえどころのない感情である。

 物は残らない。命ほどの価値がないからだ。あるいはそれを知らしめるために儚いのだ。ゆえに、完璧と言えるまで模倣して作り直しても、正確無比に同じ物とはならない。否。むしろ、ただ必要な時にあって役割を果たし、失われてゆくからこそ価値があると言える。

 その根底を覆そうというのは、ひとえに理想郷という名の理を成立させるためなのだが——そんなことが果たして良いことなのか。結果的に物事の真理をねじ曲げるだけではないだろうか、と。

 永治の居たたまれない心を、帝人はそばにいて読み解いた。泰善も同じようにして見つめ、やや目を伏せた。

「お前の考えは流転の理に沿っていて、とても離れがたくある。だがいずれは切り離さなければならない。神と人とが思い描く最善の未来を共有せねばならない。たとえ身を切り裂くような痛みが襲ったとしても、片割れと共に理想郷へ渡れ。その時、すべての者に天位が宿り、魂と共鳴して相応しき位を示すだろう」

 泰善を見つめる永治の瞳が涙で潤んだ。

「……ようするに貴方が、新たに天位を授けるため現れることもない、ということですか」

 泰善がうなずくと、誰もが沈黙した。

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