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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第十章 抑止
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05【桜蓮・永治・光治】その弐

 神族棟は別名を神殿棟という通り、神殿のような造りだ。中庭に面した通路には太い円柱が等間隔に立ち並び、上部には彫刻が施されている。白や乳白色の石材が多く使われ、大理石などは床という床に惜しげもなく敷かれている。

 居住スペースは二階と三階で、一階は応接間と客室が続き、奥に事務室と資料室がある。

 桜蓮と永治と光治の三人は、応接間や客室を覗き見て軽く感嘆の声を上げながら、事務室へ向かっていた。居住スペースを見て回るのに許可が欲しいからだ。

「明日は絶対魔族棟よ! 絶対だからね!」

 桜蓮は不機嫌そうに念を押した。光治はどちらでも良かったが、永治と桜蓮が互いの主張を譲らなかったため、ジャンケンというオーソドックスな方法で勝敗を分けたのだ。結果、永治が勝利を収めて神族棟を回っている。

 永治が事務室の戸を叩くと、中から声が返った。

「どうぞ」

 永治はそっと開けてみた。

 中の者の視線は上にあったが、次に下へ向いた。子供が訪問者とは思っていなかったのだ。

 返事をしたらしい男が椅子から立ち上がった。象牙色の髪に黄金の目をした長身な男は、端正な顔立ちの中に野生のような鋭さを持った、なかなか印象的な人物である。

「空呈殿の子か。なんの用だ」

「お忙しいところ申し訳ありません。弟と桜蓮と、一緒に上の階を見て回りたいので許可を下さい」

 象牙色の髪の男は目を丸め、部屋の壁にもたれて立っていたシュウヤがビクリと肩を揺らして壁から離れた。

「おい、まさか連れてるんじゃ……」

 シュウヤが何故か不安げに聞くのを、永治は首をかしげて答えた。

「はあ」

「二階でも三階でもいいから、さっさと行けよ」

「てめえが許可出してんじゃねーよ」

 横から注意したのは、美少年と称してもいいプラチナブロンドにエメラルドグリーンの目をした十七歳くらいの男である。

 シュウヤが特に何も言い返さないところを見ると妥当な発言だったのだろう、と永治が思っていると、桜蓮が中へ押し入った。

「なんでアナタがいるのよ!」

「ぐっ! うるせえ! 俺はなあ、早々に引き上げる予定だったんだよ。でも沙石が無理矢理引き止めっから!」

 すると桜蓮はさっと沙石に視線を突き刺した。

「なんで引き止めんのよ!」

「うっせーよ! そんなのオレの勝手だろ!? それよりなんでオメエが鷹塚の双子といんだよ」

「なんかそういうことになったのよ。どうでもいいでしょ? それより早く許可ちょうだい。そしてそこの男を追い出しなさい」

「こらこら、なんだその言い草は。お前に追い出されるようないわれはないだろう」

 シュウヤが反論すると、桜蓮は「うっ」と息を詰まらせて、目を潤ませた。

「なによ。アナタなんて大嫌い。界王様の恋人だなんて、私、絶対認めないから」

 シュウヤは両手を腰に当てて「ふん」と横向く。そこへ光治が、興味津々な顔つきで割り入った。

「将軍と付き合ってたんですか!?」

 一瞬、室内が凍りついた。永治は沈痛な面持ちで光治の腕をつかんで引いた。

「お前はどうしてそんなに素っ頓狂なんだ」

「え? なんで? 兄さんは気にならない?」

「俺はだいたい予想してた」

「えっ!? 嘘っ!!」

「サウスと仲悪かったからな。なんとなく。それに元帥もかなり近くに置いてただろ?」

「そうだっけ?」

「グラスゲートの市長兼自衛隊長官とくれば、そのまま懐刀だ。指令室にもあっさり入れてたし、よほどの信頼関係ないしそれ以上の感情がなければ、あの元帥が許すはずない」

 光治はパクパクと口を開閉させて、「ああ、そっか」と言ったきり黙った。

 弟をやり込めた永治を、苦笑いで眺めたのはシュウヤだ。

「洞察力は、さすがグラウコスの鷹と言うべきか」

 すると永治は子供の(なり)に相応しくない皮肉げな笑みを浮かべた。

 それを奇妙に思いながら観察していたのは燈月だ。中身が大人だということは前もって聞いていたが、話す内容も口調も、ただの大人ではないことを物語っている。しかも、ある種の不吉ささえ感じる。

 燈月は静かに唾を飲み込んで、慎重に口を開いた。

「グラウコスの鷹、というのは?」

 燈月が問うと、永治はやや戸惑ったようにまばたきした。

「あ、ええっと」

「俺は神族代表、燈月だ」

「……これは、失礼しました」

 永治は姿勢を正し、軽く会釈した。燈月は「いいから説明を」と言って、席に座り直した。永治は顔を上げ、淡々と説明した。

「戦闘機、という空を飛ぶ機械に乗って、ミサイルと呼ばれる武器で相手の機体を撃ち落とす技術に練達していましたので、その様を見た誰かがいつのまにか付けて通った渾名です」

「空を飛ぶ機械——興味深いな」

「地球人は特殊能力を持たないので、それを補うために開発された道具です。神代の世界には必要ないかと」

「地球だと? 俺が降りた時分には、そんな道具などなかったが」

 永治はピクリと肩眉を上げた。

「地球人が飛行機を発明したのは第一地球における一九〇〇年代の初期です。それより以前にいらっしゃったのであれば、目にはかからなかったかと」

「そうか」

「それで、許可はもらえますか」

「ん、ああ、構わん」

「ありがとうございます。さあ、行こう」

 永治は踵を返して光治の手を引きつつ部屋を出た。桜蓮はシュウヤにベーっと舌を出しておいてから二人に続いた。

 三人の変わった子らを見送った燈月と寅瞳、沙石、シュウヤの四名は、しばらくボーッとしてから一息ついた。

「な、なんか疲れた」

 沙石が机に突っ伏すと、他三名も同意してうなずいた。


 無事に許可をもらった永治らは、さっそく二階へ駆け上がった。居住スペースの通路も一階と同じで、片側に部屋の扉が並び、中庭に面した側は等間隔で円柱が立ち並んでいる。一階と違うのは、背の高い転落防止用の柵が設けられている点だ。壁とガラスで仕切らないあたり、とても開放感があり、吹き渡る風が涼しい。

「素敵な通路ね」

 さっきまでの機嫌が嘘のように、桜蓮は両腕を広げてクルっと回った。レースのついたスカートが花のように開き、スッとすぼまる。その様子を光治は眩しそうに見ていたが、永治は目をそらして階段の先を見上げた。

「三階へ行ってみよう」

「もう?」

「どうせ部屋の中までは見られないだろうから、長居しても意味ない。三階は五位以上だろ? この機会を逃したらもう見られないかもしれない」

 永治の説明に桜蓮は納得してうなずいた。


 三階へ上がった彼らは、目を見開いて様子を眺めた。柱の装飾や柵のデザインが下と違ったからだ。扉の並ぶ間隔も広く、一部屋一部屋が大きいことを窺わせる。

「さすがにスゴイね」

 光治は蔦をモチーフにした白い柵を指でなぞった。見ただけでは素材が分からなかったからだ。

「金属……かな?」

「壊すなよ?」

 永治が注意すると、光治は笑った。

「大丈夫だよ」

 それからも光治はいろいろなものを興味深げに見つめた。研究所と軍隊の中しか知らなかったのだから仕方ないと永治は思いつつ、そっと見守った。


 しばらく見回っていると、どんどん奥の方へ突き進んでいた桜蓮が声を上げた。

「ねえ! ここに階段がある! 行ってみない?」

 駆け寄ってみると、大人二人が並んで通れるくらいの階段が上へと続いていた。建物は三階建てのはずであるから、あるとするなら屋上だろう。

 三人は階段を駆け上がり、観音開きの扉を押した。

 そこには期待通りの空間が開けていて、互いの表情は明るくなった。

「キャ〜! 広い! 涼しい! 素敵!」

 桜蓮がはしゃぎ回り、光治は真ん中辺りまでダッシュした。

「スゴイ! 軽く演習できそうだよね!」

「……演習はないだろ」

 笑顔の無邪気さと言葉の選択がまったく合っていない弟の将来をちょっぴり心配しながら、永治は歩を進めた。

 屋上の端は四方、塀で囲われている。乳白色の石材で、こんなところにまで彫刻があしらわれているのは芸が細かい。が、およそ五十センチと注意を促す程度の高さであり、安全と言えない印象は、滅多と立ち入りしていい場所ではないことを示している。

「おい、そろそろ下りるぞ」

 永治が二人に言うと、桜蓮がふくれた。

「えーっ? もうちょっと!」

「だが、ここまでの許可はもらっていない。どう見ても遊んでいいような場所ではないし」

「平気よ」

「注意されないうちに下りたほうがいい」

「大丈夫だったら!」

 桜蓮は淵に駆け寄り、低い塀の上に軽く腰かけた。

「見て! すごい景色! 最高よ!」

 その声に引かれて、光治も淵へ寄った。

「うわあ、ほんとだ!」

 講堂から蜘蛛の巣のように伸びる道筋の間には民家が建ち並び、住宅街の向こうには草原が広がっている。中央には緩やかに流れる河があって、遠くには山脈が連なっている。それらすべてを包み込むように存在する高い空では、風に流された雲が足早に過ぎていく。

 発展した街と雄大な自然が共存するバランスは絶妙で、ここはまさしく神代の世界なのだろうと感じられる光景だ。

 二人のそばに寄った永治も思わず見入った。だが同時に不安になった。

 こんな世界で天位もないまま特殊能力者として生きるのか、と。

 引きこもっているあいだ読みあさった書籍には、天位による神の力を有する者と、先天的に能力を有する者とが存在する、とあった。そして、たいてい後者の能力者は下位であっても天位を授かっている。つまり、天位者でない能力者はいないのだ。過去これに該当しない者は唯一、核である寅瞳だった。しかし、彼も今では天位者である。

 永治は風に吹かれながら、つらつらと想いを巡らせた。分からないことが、とめどなく溢れ出てくるのだ。

 先天的能力者が天位を得るのは、天位の力によって能力を制御するためだとも記されてあった。ならば自分たちにも天位が適用されるべきではないかと思うのだが、授かる気配はまるでない。

 シュウヤに聞いてみようかと悩んだこともある。だが聞ける気がしなかった。前世でどんな縁があろうと、それが現世の縁とはなりえないと思うからだ。実際、シュウヤは界王の腹心である。普通に考えれば雲の上の存在だ。気安く頼っていい相手ではない。


 もう少し待ってみようか。いや、神格などそう簡単に得られるはずがない。無駄だろう。


 永治は胸の内で自問自答を繰り返した。その時、ひと際強い風がビュッと音を立てて吹いた。永治は一瞬目をつむったが、横で、

「キャア!」

 と叫ぶ声が聞こえたので、すぐさま開けた。

 桜蓮が均衡を崩して塀から落ちたのだ。が、光治が素早く塀に取り付き、目に桜蓮を捕らえた。

 落ちかけた桜蓮は、空中にフワリと浮かび、ゆっくりと上がっている。

「暴れないでね。結構、集中力いるから」

 光治が優しく注意する中、桜蓮は驚きを顔いっぱいに表していた。

「もう少し……ほら、手を伸ばして」

 桜蓮は恐る恐る手を伸ばし、差し出された光治の手をしっかりと掴んだ。


 無事に屋上の地へ足を下ろした桜蓮は、しばらく茫然として光治を見つめた。光治は反応に困った様子で視線を流し、永治は溜め息ついて桜蓮へ向いた。

「サイコキネシス。念動力と言ったほうが分かりやすいか?」

 桜蓮は眉をしかめた。

「念動力?」

「念の力で物を動かす」

「……あなたたち、能力者だったの?」

「ああ。光治の念動力には破壊の力があって、俺の念動力には再生の力がある」

「へえ、すごいのね」

「誰にも言わないでくれ」

「え?」

「この力を使う気はない。だから言わないでくれ」

 桜蓮はいっとき戸惑ったが、やがてゆっくりとうなずいた。

「う、うん。わかったわ」

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