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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第十章 抑止
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03【帝人・桜蓮】

 しかし、よしんば桜蓮が承諾しても、転生して成長を待つ期間というものが存在するかぎり苦難は続く。多少無理をしてでも寅瞳が沙石を支え、乗り越えねばならないのだ。そのため燈月は寅瞳に、帝人は沙石につきっきりとなるわけだが、帝人の場合は仕事を抜けると様々な支障を全体にきたすので、役割のほとんどを麗に負担してもらうこととなった。

「オレってもしかしてラッキーかもしれない」

 彼女に看病してもらえるというので、帝人の心配をよそに、沙石の機嫌はすこぶる良かった。

「おまえのお気楽思考は長所だと思っていたが、実は病気だろう」

 真顔でつっこむ帝人を、沙石が恨めしそうに睨んだ。

「そうだとでも思わなきゃ滅入るだろうが。おとなしく寝てなきゃなんねえなんて」

「動き回られて死なれても困る」

「ちぇっ。どんなに頑張ったって死ぬときゃ死ぬんだぜ」

「諦めるのか?」

「そうじゃねえけど、オレに何があったって、おまえだけはしっかりしてろよ。一位候補だろ?」

 帝人は苦笑いした。

「界王の気が変わることを祈っているが」

「情けねえこと言うなって」


 確かに、その後の沙石の容態を見ていると、情けないことも言ってはいられなかった。

 沙石の身体は一度死にかけた。それゆえ従来の加護を与えるだけでも体力の消耗は激しく、毎晩のように高熱を発し、昼間はぐったりとして起きている時間もわずかである。なんでもない時は誰よりも元気で頑丈なだけに、見守るほうのショックは大きい。

 しかし打開策があるわけでもなく、帝人はただ一日一日を心配しながら過ごすしかなかった。このような過度のストレスは透視能力者にとって癌である。日頃、見たり聞いたりしないようにしているものが容赦なく襲うからだ。たいてい問題ないが、稀にあるから気が抜けないのである。

 その日は珍しく外回りがなく、事務室にて仕事という機会に恵まれた帝人は、唐突とも思える感情に当たって戸惑っていた。あまりの忙しさに互いの気がそれていて気がつかなかっただけかも知れないが、本当に不意の出来事のように感じられたのだ。

「ようやく仕事にも余裕が出てきた。明日か明後日は一日、休暇を取っても差し支えないと思うが、どうだ?」

 いたって普通に振る舞う虎里を、帝人は苦笑いしながら見やった。

「そうだな。もう少し書類を片付けてしまいたい気もするが——こう働き詰めではつらい」

「では取るんだな?」

「ああ」

 一位候補でなかった昔なら、目上の者に対する口の利き方は注意していた帝人だが、空呈に指摘されたように、昨今では吹っ切ってタメ口を叩いている。天位だけを言えば沙石とて、相応に敬わなければならない。が、そうすることが不自然な間柄である以上、なんとなく均衡を取るため態度は一様のものとなっていった。

 それについて、苦言をたれる者がいなかったのも原因だ。核の守り手という立場もさることながら、どうも一位候補らしいという噂がまことしやかに囁かれているせいである。しかし、だからと言って天狗になっているわけではない。帝人は覚悟を決めた今でも、可能ならばお役御免になりたいと願っているからだ。

「食事にでも行かないか」

 流れとして自然なのか不自然なのか分からない虎里の誘いに、帝人は一瞬、目元をしかめた。

「一緒に?」

「あ、駄目か?」

「……いや、別に」

「では決まりだ」


 明後日。

 休暇を取った二人は、食事を楽しみ、久方ぶりにのんびりと過ごした。さなかにも、帝人を見つめる虎里の視線は独特だったが、帝人は適当にやり過ごした。もともと婦人にしか興味のなかった虎里だ。気の迷いが生じているに過ぎないと思いたかったのである。


***


 夕刻。帝人は単身、沙石のもとを訪れた。多忙か暇かにかかわらず、一日に一度は様子を見るのが務めだからだ。

 部屋へ入って寝室をのぞくと、沙石は半身を起こして麗と談笑していた。昨今見ない姿に、帝人は驚いた。

「起きたりして大丈夫なのか?」

 沙石はニッと笑って答えた。

「ああ。今日は気分がいいんだ」

「そうか。しかし無理はするな」

「わかってるって」

 とりあえず安心した帝人は、沙石の部屋を出て自室へ向かった。途中の通路に連なる窓には夕日の赤い光が差し込んでいる。光と影が交互に続くその中を歩いていると、銀色の髪は赤や黒に染められる。やがて日が大きく傾き山の頂に消えると、月明かりが青く染めるのだ。

 それらが交わるこの時刻に遭遇した一人の少女が、星の輝きを宿した瞳を何度もまばたきさせつつ、通路の真ん中にポツンと現れた。

 突然のことだったので、帝人はギョッとして足を止めた。

「何者だ」

 少女の年の頃は十三、四。天位は十。茶髪まじりの金髪は腰に届くほど長く、ゆるいウェーブがかかっている。衣装は人形が着るようなレースのドレスだ。

「初めまして。わたし、桜蓮と言います」

 スカートの両端をつまんで軽く腰を落とすように挨拶する少女は、小首をかしげてニコリと微笑んだ。


***


 核の一人だと言う桜蓮を、帝人は沙石と引き合わせるため、再び部屋を訪れた。すると沙石は仰天し、麗は目を見開いた。

「うわっ! なんか早くね?」

「か、かわいい……負けたわ」

 桜蓮はプウッと頬を膨らませた。

「ものすごく急いだのよ。感謝してよね」

「そりゃするけど、どうやって?」

 沙石が聞いているのは、転生のこともさることながら、その成長の早さである。シュウヤに頼んでまだ一年にも満たない。それが転生して十二、三になっているというのは、常識では考えられないのだ。

「いったん成長が早い理の世界に降りたのよ」

「へえ。そんなことできんだ」

「あんまりできないみたいだけどね。そこ、試験的に理を動かしている場所みたいだから」

「おお! 実験室があんのか!」

 沙石は興味を持って目を輝かせたが、桜蓮はムッとした。

「なんで私が被験者なのよ」

「まあいいじゃねえか。界王の役に立っただろ?」

 桜蓮は反論の余地がないように、ぷいっと横向いた。

「そうね。どうせなら、もうちょっと大人になるまで頑張れば良かったわ」

「なんで?」

「帝人様と釣り合わないわ」

「は?」

「こんな素敵な人がいるって、なんで教えてくれなかったの?」

「なにそれ、オレのせい?」

「そうでしょ?」

 桜蓮は言って、ベッドの端に腰かけ、沙石の肩に手をおいた。

「おわびに譲ってくださらない?」

 沙石は頬をひきつらせた。

「バカだろオマエ。守り手を簡単にあっちこっち譲れるわけねえじゃねえか」

「そこ、なんとかならないかしら」

「なんねーよ」

「あーん!」

 桜蓮は声を上げると、ベッドを離れて窓辺へ寄り、胸元で指を組んで舞台女優さながら大げさに嘆いた。

「不公平だわ! 何故わたしには素晴らしい守り手がいないの!」

「てめえは一人でも大丈夫だ」

「びとい! か弱い少女なのに!」

「言ってろ」

 桜蓮は誰の目から見ても可憐な美少女だ。それこそ麗が一瞥にして嫉妬心を抱いたほど可愛らしい。しかし中身とのギャップは沙石といい勝負である。

 帝人は少々ゲンナリした。

「どういう女なんだ、あれは」

 帝人が呆れた口調で問うと、沙石は深く溜め息ついた。

「あんな女だよ。まあ、いろいろキツイことあったから、ああいう感じに逃げたのかもしんねえけど、素地はあったんじゃね?」

「あったのか」

 帝人は沈痛な面持ちで目を閉じ、沙石を救いに来てくれたのは有り難いが、またひと騒動起こりそうだと、うなだれた。

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