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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第十章 抑止
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02【沙石】その弐

 帝人が訃報を聞いて駆けつけた時には、すでにみな仕事どころではなく、沈痛な面持ちで沙石の回復を祈っていた。部屋に通されてベッドに横たわる姿を見ると、その生気のなさに帝人も血色をなくした。

 看病にあたっているのは、燈月、寅瞳、麗、珀画の四人である。

 燈月は帝人に向かって頭を下げた。

「申し訳ない」

 帝人は首を横に振った。みなの心情と事情とを読み取ったからだ。

「身近な人間にうまく相談できなかったのは本人の責任だ。私も忙しさにかまけて見ていなかった。とはいえ、今回は思いもかけないことで、沙石もどう説明すれば理解が得られるのか分からず、機会を見失ったのだろう」

 そうして帝人は沙石のそばに寄り、寝顔を見守りつつ、言った。

「こうなってしまったからには仕方ない。万が一の時のため、対策を練ったほうがいいだろう」

「ま、万が一って……どうにかしてつなぎ止められませんか? 私も努力します」

 寅瞳が訴えてみたが、帝人は小さく溜め息ついた。

「政をおこなうのに、希望的観測を述べるのは良くない。常に最悪の事態を想定し、最善の備えをしなければ」

「でも!」

「祈るのは自由だ。しかし救いがない場合、我々は速やかに行動しなければならない。準備を怠るわけにはいかないのだ」

 寅瞳は押し黙った。

 自分が死んだ時も、特に界王の手が差し伸べられたわけではない。むしろ、神界で静養することを望まれていたように思う。しかし天上界の核の代表となると、そうも言ってはいられない。よって「沙石は自分と違うのだ」という思いから意見したのだが、すげなくあしらわれてしまって、返す言葉がなかった。


 翌日には、核の喪失による大災害に備えて避難勧告が出された。民は騒然となりながらも誘導員に従って避難を開始し、来るべき災厄に備えた。時に祈り、核の安否を思ってすすり泣いた。

 しかし、この大々的な避難勧告のおかげで、沙石の置かれている状況を知った一人の男が、大講堂へ向かうこととなった。

 一八三センチと長身で、プラチナブロンドにエメラルドの瞳を持つ、沙石によく似た顔立ちの男である。が、年の頃は二十代後半で沙石よりずいぶんと大人の印象だ。凍てつく眼差しと、冷酷な笑みを浮かべるその者は、黒衣をまとい、不吉な大鎌を背に担いでいる。

 死神——と呼ぶ者がいる。単に、死者の魂を霊界のあるべき階層へ導く仕事なのだが、死は不吉とする人の思考が恐ろしい神として祀り上げているのだ。


 男は大講堂へ着くと、出入口に常駐している天位者に声をかけた。今回の騒動で見舞いの訪問者が絶えないため、受付係が設置されたのだ。

「核に面会したい」

 天位者の男はギョッとして黒衣の男を眺めた。沙石にそっくりなので驚いたのだ。

「ど、どちら様で?」

沙石克猪(させきかつい)。父親だ」

「しょ、少々お待ちください! すぐに確認して参ります!」


 それからまもなく、克猪は面会を許され、中へ案内された。一方、沙石の父親だという男が訪ねて来ているというので、各代表や長らは沙石の部屋へと詰めかけた。

「なるほど、よく似ておるな」

 そんな囁きが聞こえる中、克猪は意識が朦朧としている息子の顔をしばらく無言で眺めていた。

 その克猪を帝人は訝しげに見やった。

 父親というのは噓偽りないようだが、なんとも恐ろしく冷めた心の持ち主であったため、にわかには信じられなかったのである。だが胸に光る天位は二。顔の造作も髪の色合いも、すべて血のつながりを感じさせるものばかりだ。

「悪夢だな」

 と、帝人は思わず呟いた。まるで闇に侵された沙石が立っているように感じたからである。

 克猪はそんな声にチラリと視線を投げ、不敵に笑った。

「息子をずいぶん買い被っているようだが、こいつは死んでもバカだぞ? 妙な幻想は抱くな」

 これに、真っ先に反応したのは寅瞳である。

「それが父親の台詞なんですか!? こんなときに……!」

「父親だから言えることだ。それに、死なせはせん」

 克猪は言うと、背にあった大鎌を取って構えた。

「な、なにを……」

「肉体と魂は銀糸によってつながれている。これは本来、それを断ち切る道具。だが切れた瞬間に振れば、逆のことが起こる」

「繋がるというのか」

 帝人の問いに、克猪はうなずいた。

「一度だけだがな」


 それから克猪は、銀糸の切れる瞬間を狙って静かに佇み、長い時間待った。まばたきもせず疲れも見せぬ様子は、まさに死神そのものである。

 そして八時間あまり経過した、その一瞬。みなが固唾をのんで見守る中、克猪は大鎌を振った。すると沙石が、ふっと息を吹き返したように胸元をふくらませ、すっと目を開けた。

「沙石様!」

 寅瞳が目を潤ませながら叫んだ。が、沙石の目線は枕元の死神に向いた。

「……あ、くそ親父」

 克猪は拳を握って沙石の頭を小突いた。

「助けに来てやったのに、なんだその言い草は」

「てっ、くそ親父はくそ親父だろうが、この人でなし。病人殴るな」

「もう一回死ね」

「助けに来たんじゃねえのかよ」

 沙石の様子はまだ弱々しかったが、口だけは達者である。いきなり始まった親子喧嘩に周囲は呆れるばかりだ。

「よくそんな気になったな」

 沙石がじろっと睨んで言うと、克猪は目をそらし、

「ただの気紛れだ」

 と言って、静かに立ち去った。みなが呆気にとられて見送る中、帝人は沙石に告げた。

「親心はまともに持っているようだ。素直じゃないが」

 沙石は苦笑いとも照れ笑いともつかぬ顔で口元をゆがめた。


***


 さて。一命は取りとめたものの、本当の戦いはこれからである。寅瞳が三割を負担するにしても、沙石に過度な重圧がかかっている状況は変わらないからだ。

「一時的に助かったというだけだから、油断は禁物だ」

 帝人は忠告した。

「次はない」

 みなは動揺してざわめいた。

「また、助けてもらえないんでしょうか」

 泉房の問いに、帝人は首を横へ振った。

「いや。克猪殿は一度だけだと注意していた。二回はできないのだろう」

 全員が深刻な表情で静まり返ると、ベッドで横になったままの沙石が溜め息ついた。

「……まあ、そう悲観しなくても、なんとかなるって」

「そんな掠れた声では説得力もない」

 帝人に即言い返された沙石は苦笑いした。

「寅瞳が頑張ってくれるんだから、オレも絶対、頑張れる」

「だが膨張は止まっていないのだろう」

「そ、そうだけど」

「寅瞳殿は主体の核ではないうえに、まだ幼い。どうやっても三割が限界だ。そしておまえは、ほぼ以前と同じ範囲を加護している状態。少しでも増えれば一世界以上のものを負担することになる。毎日静養を心がけたとしても、許容量を超えるのはすぐだ」

「じゃ、じゃあ、どうしたらいいっていうんだよ」

 帝人は深く息を吐いて目をそらした。

「いい方法など思いつかない。せめて妝真殿が生きていてくれたら、なんとか乗り切れたかもしれないが」

 辺りがシンとなったので、沙石はゲンナリした。

「暗くするなよ」

「仕方ないだろう。本当のことだ」

 沙石は溜め息ついた。

「もう一人か……」

 沙石が想うのは、長いこと転生をしていない桜蓮(ローレン)である。彼女さえその気になってくれさえすれば、おそらく天上界の危機は脱せられるはずなのだが、いまさら無理だろうとも思った。

 桜蓮は神界での生活ばかりでなく、仙界や地球への往来を霊体のまま楽しんでいる。実体を持つ気はないのだ。

 しばらく悩んだ沙石は、やおら寅瞳に声をかけた。

「なあ」

「はい?」

「ダメもとで頼んでみるか」

「はあ?」

「シュウヤ、来るだろ?」

「はい」

「そんとき、界王から頼んでみてくれって言うんだよ」

「何をですか?」

「だから、桜蓮」

 寅瞳は目を丸めた。

「え? 彼女? 無理じゃないですか?」

「だからダメもとっつってるじゃん。こんな時だし、界王が説得すりゃあ、あのワガママ女もイチコロじゃね?」

 沙石の言い草に、寅瞳は困った笑いを浮かべた。

「そんな言い方しなくても」

「いーや。オレたちはみんな傷ついてる。だけど、そんなことに負けねえようにって、現世に降りて立ち向かってる。桜蓮だってそうしなきゃいけねえんだ」

 沙石の真面目な訴えに、寅瞳は共感した。そして少しうつむき、次に顔を上げてうなずいた。

「そうですね。分かりました。頼んでみます」

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