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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第十章 抑止
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01【沙石】その壱

 シュウヤが帰ってしまうと、神族長らはぼちぼち仕事を再開した。そんな中、自分の仕事を終えた沙石は、

「じゃあオレ、上がる」

 と言って事務室を出た。本来なら他の者を手伝うべきだろうが、核としての役目があるため無理はできない。仕事内容も楽なものを割り当てられているという気の遣われ具合なので、沙石は逆に気を遣い、早々に引き上げるのである。そしてその足で向かうのは、「宮殿棟」と言われる使族棟だ。

 沙石は最近、天位四の女神・雲春咲迦丞麗と仲が良くなった。きっかけはもちろん、大講堂完成の際に催された祝賀会である。話せば話すほど気が合うと分かった二人は、急速に惹かれていったのだ。麗がもともと沙石の好みだったことも大きいが、目の覚めるような美少年であるにもかかわらず、少しも気取らない沙石の性格が、麗にとって衝撃的だったせいもある。

 沙石は麗の部屋の扉を叩いた。が、返事がないので勝手に入った。

「仕事でいない時は、中に入って待っててね」

 と前もって言われているからだ。

 沙石は部屋の中央にある長椅子にしばらく座っていた。が、三十分ほどしても麗が現れないので、そのうち眠くなって寝転がった。

「ふあ〜あ、帰って来ねえなあ。忙しいのかな?」

 沙石は独り言を言って天井を眺めていたが、やがて睡魔に襲われ、そのまま長椅子の上で寝た。耳の奥でかすかに笛の音を聞いたが、気にしなかった。


 沙石が気になるのは、天上界の変化である。受難の季節を乗り切ったあたりから、少しずつ拡大しているのだ。合わせて加護の範囲も拡大しているのだから、まず間違いない。

 それについて沙石は「この世界の膨張が何を意味しているのか分からない。が、加護の根をしっかり張れる様子からして、不吉な影は見られない」と楽観視していたのだが……


***


 目を覚ました沙石は、まだ麗が帰って来ていなかったので、そのまま部屋を出て、自室へ戻った。加護範囲の拡大は肉体的にも精神的にも負担が大きい。とにかく休める時に休むのが先決だと考えたのだ。


 翌日。

 沙石は相変わらず燈月の横にちょこんと座る寅瞳に目をやった。寅瞳に頼んでいる加護の範囲は大講堂周辺と限られている。

 復活当初は三割任せたものの、妝真のことがあって以来、大事を取って範囲を狭めたのだ。寅瞳はやる気満々だったが、幼いうちの無理は禁物だと周囲が心配して反対したのだ。それには沙石も同意見である。

 二割、三割を任せるのはまだまだ先だな、と沙石はため息ついた。

 たとえ妝真が転生しても、やはりすぐには任せることができない。幼いばかりでなく、未熟だからだ。よって当分は一人で背負っていかなければならないのだが——天上界がこのままのペースで規模を拡大していけば、百年のうちに倍となる。そこで止まればまだいいが、止まらなかった時のことを考えると恐ろしい。

(百年後っていやあ、寅瞳は十五歳……うーん、微妙)

 しかし、天上界において核が一人でない理由は判明した。界王はこの膨張を見越して理を改変したのだ。問題は、普通に暮らしていると変化を体感できない点にある。

 海域の膨張や新たな大陸の出現によって拡張されている世界は、もともとある大陸の変化を必要とせず、それによる地震などの災害も、ほかならぬ沙石の加護によって防がれている。となると、どうしても気がつけないのだ。沙石とて、全体に加護を巡らせていなければ気づかなかっただろう。

 沙石は小さく歯ぎしりした。

 己だけが知っていて他が知らないということが実は不利なことを、寅瞳の件で嫌というほど思い知っている。核の摂理を理解させようとしたのが容易ではなかったように、天上界が膨張していることを説明して分からせるのも骨が折れるはずだ。

 そう考えると萎えた。

(オレ、説明苦手なんだよなー。帝人に頼みてえけど、アイツつかまるかなあ)


 昼に仕事を上がった沙石は魔族棟へと足を運んだが、案の定からぶりに終わった。少人数で切り盛りしている魔族に暇などないのだ。帝人の行き先を聞いて行っても、もうその場所にはおらず、次の行き先に行ってもまた移動していない、といった具合だ。

「ちぇっ。まあ今んところ乗り切れてるから、ちょっと様子見るか」


 しかし眠りにつく間際、大龍神の笛の音が半年以上も聞こえ続けると、沙石もいよいよダメだと思うようになった。かの笛の音は、核の死を予感させるものだ。魂が肉体を離れ、神界へ導かれようとしている前兆である。

 持ち前の気力と体力で加護も仕事もやりこなしていた沙石だが、夜中に出る熱や日中のだるさはごまかしようがなく、日に日に悪化した。最近では麗とのデートも控えて、仕事も半分放棄している状態だが、それでも良くならない。にもかかわらず、世界は拡大を続けるのだ。

(このままだとヤバイ)

 沙石は焦り、魔族棟に通って帝人を探した。が、運悪く魔族の前政治拠点である城へ出張中で会うことが叶わなかった。そこで神族棟へ帰ると、「最近さぼりがちだ」とお小言をもらう。沙石は精神的にもどっと疲れた。

「核だからと大目にみてきたが、最近のおぬしの行動は目に余る。簡単な仕事しか任せていないはずだが?」

 烈火に言われて、沙石は大きく溜め息ついた。

「机に向かってるだけで疲れるんだよなー」

「それはおぬしの心構えの問題ではないのか」

「やる気はあるんだけど」

「少しも見えないが」

「ちぇーっ。もういいよ。やりゃあいいんだろ? やりゃあ」


 だが事務室へ行くと、燈月がじっと見て言った。

「きついなら無理しなくてもいいぞ?」

 さすが寅瞳の守り手だと、沙石はやや安堵した。しかし烈火がいい顔をしなかった。

「燈月殿、少し甘やかし過ぎではありませんか」

「核の本業は加護を与えることだ。しかも大変なエネルギーを費やす。本来ならほかに仕事をするべきではない。だが沙石は天位三という立場から積極的にやってくれている。だから、その志が叶えられないからといって責めるべきではない」

「し、しかし、周りはあまり良く言っておりません」

「怠けているように見えるか?」

「は、はあ」

「それは加護が目に見えないということへの理解が足りないからだ。だが感じるだろう。沙石の加護は途切れることなく注がれている。絶えず民の平安を願って意識をそらしていないからだ。その集中力の非常さを思えば、天位者としての仕事をしろなどと、口が裂けても言えないはずだ」

 沙石は思わず手を叩いた。

「おー、さっすが燈月。わかってんな。オレが言いたいこと、みんな言ったよ」

「感心している場合か。おまえは言葉が足りなさすぎる。もっと発言しろ」

「できたら苦労しねえって」

「まあいい。で、どうなんだ実際」

「きつい」

「では休んでいろ」

「悪いな」

 言葉に甘えて沙石が去ったあと、烈火はまだ渋い顔をしたまま席についた。

「元気そうにみえるがなあ」

 すると燈月は溜め息をつき、

「そう見せているだけだろう。あまり顔色がすぐれない」

 と言って、心配そうに寅瞳を見た。

「お前は大丈夫か?」

 寅瞳はキョトンとして燈月を見上げた。

「大丈夫です。この辺りだけですから。もう少し広げてもいいくらいですよ」

「そうか?」

「はい」

 寅瞳は元気よく返事して、まぶたを閉じた。範囲を広げてみるつもりらしいと、燈月はいっとき仕事の手を止めて様子をうかがった。しかし寅瞳がすぐに表情を曇らせたので、肩に手を置き、目を開けさせた。

「無理はするな」

 ところが、寅瞳は不安そうな顔を上げて言った。

「無理をしているのは沙石様です。なんだか変です、この世界」

「なに?」

「前より大きい。今も……大きくなっています。少しずつだけど」

「なんだと?」

 寅瞳は寒気がして、自分の両腕をつかんだ。

「元の天上界の三分の一くらい容量が増えてます。近い将来、半分の規模に達するかもしれません。こんなの一人で支えるなんて、不可能です」

 燈月はぞっとして立ち上がった。

「沙石の様子を見てこよう」

 それに反応するように、寅瞳も立ち上がった。

「私も行きます」


***


 はたして、沙石の部屋に飛び込んだ二人が見たものは、床に倒れている沙石の姿だった。触れてみると体温が異常に高い。

「いかん」

 燈月は慌てて担ぎ上げ、ベッドへ寝かせた。その脇で寅瞳が懸命に名を呼んだ。

「沙石様! 沙石様!」

「どうしたの?」

 不意に女の声がして、燈月と寅瞳は振り返った。そこには麗が立っていた。二人に無言で見つめられた麗は、不審げに眉をひそめた。

「最近、ぜんぜん会ってくれないから、様子を見に来たの。どうかした?」

 麗の声は悪い予感に震えていた。燈月は気の毒に思ったが、今は感傷に浸っている場合ではないと、指示を与えた。

「氷を用意しろ。できる限り集めるんだ。それから珀画(はくが)を呼んで来てくれ。薬草に詳しい」

 麗は何事か察して一瞬息を詰まらせたあと、身を翻して駆け出した。それを見届けた燈月は、次に寅瞳に頼んだ。

「しばらく一割……いや、二割受け持ってくれ」

「はい!」

 その騒動で沙石は気がつき、うっすらと目を開けた。

「沙石様! 大丈夫ですか!? しっかりしてください!」

 沙石は唇をかすかに動かし、途切れる声で呟いた。

「……笛」

「ふえ?」

「聞こえる」

 寅瞳は青ざめた。燈月はただならぬ雰囲気に目元をしかめた。

「なんだ?」

「核は、魂が身体から離れる時、大龍神の笛の音を聞きます。まっすぐに神界へ導かれるために」

 燈月は事態の深刻さに絶句した。寅瞳は間違いなく「沙石に死が訪れようとしている」と告げたのだ。

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