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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第一章 接触
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06【神族編】その弐

 風門(かざと)が片手をあげると、天位十から十五位を持つ兵士らが停止した馬車を取り囲み、矛先を向けた。

「こんな真似をして申し訳ないと思っている。だが我々はどうしても、おぬしと話をせねばならん。無駄な抵抗はせず、おとなしく言うことを聞いてくれるなら危害は加えぬ。応じてくれるか」

 風門が声を張って言うと、馬車の中から泰善(たいぜん)は言った。

「どうせこんなことだろうと思っていた。おまえ達の気持ちは分かっている。俺は燈月(ひづき)を捕らえた張本人だからな。恨みごとのひとつも言わねば腹の虫が治まるまい」

 甘美な声だが、衝撃的な内容のあまり、辺りは酔いしれる暇もなくどよめいた。

「なんだと?」

 泉房(みずふさ)が思わず腰の刀に手をかける。それを気配で察したのか否か。

「やめておけ」

 と泰善は冷静に制した。

「俺が無事戻らねば、魔族政権が黙ってはいまい。おだやかに話をつけるのが無難だ」

 忠告はもっともである。泉房は刀から手を引いた。

「では、ゆっくり降りてこい。妙な真似はするなよ」

 泰善は言葉にしたがい馬車の戸を開け、ゆっくりと降りた。その姿に、誰もがショックを受けた。この世の美など嘲るような尋常ならぬ美貌であったからだ。

 世の男性を魅了してきた安土(あづち)でさえ、すでに心奪われ放心している。周囲では心を焦がされた兵士らが次々と矛を下ろし、地面にへたった。

 こんな事態におちいろうとは予想しておらず、神族長らは焦った。しかし彼らとて今の一瞥で魂がもぎ取られたように苦しく、どうすることもできなかった。

 そこで、ため息をついたのは泰善だ。

「もう一度、馬車の中に戻ろうか?」

 泉房は慌てて首を横にふった。

「いや、それにはおよばぬ。部屋を用意してあるゆえ、そちらに」


 泰善はほどなく応接間に案内され、長らに囲まれるようにして、うながされるままイスに座った。その座る動作や、ちょっとした所作にも長らは胸を高鳴らせた。

(いちいち格好のいい男だな。見ているあいだは、まばたきするのも惜しい)

 そんな彼らの視線を感じているのかいないのか。泰善は気楽に構えて言った。

「おまえ達は腰かけないのか」

 これに答えるのは風門だ。燈月が不在のあいだ代表は彼である。

「立っているほうが、なにかあった時すぐに行動できる」

「なるほど。それで? 質問があるのなら聞こう」

「燈月殿を拉致したのは、そなただと申したが、本当か」

「本当だ」

「なんの目的で」

「魔神が魔剣を得られるようになるまで時間がほしい。そのあいだに神族が力をつけては厄介なのだ」

 あまりにハッキリとした態度であっさり答えるので、風門は本気だろうかと疑った。もしやそれを隠れ蓑にして、ほかの計画を進めているのではないか、と。

 しかし額面どおりに受け取った長もいた。安土だ。

「……よくもぬけぬけと答えられることよのう。魔剣がからんでおるとなると使族とて黙ってはいまい。そこはどうするつもりじゃ」

 安土の問いに、泰善は首をかしげた。それがまた妙に色っぽく、安土は赤面して目をそらした。

 安土のらしからぬ様子に烈火はヤキモキしたが、相手が泰善では嫉妬するのも虚しいと即座に気づいてやめた。絶世の美女だと惚れ込んだ女もかすんで見えるほど輝いているのだ。

 しかし本人はそれを鼻にかけるふうもなく、これだけの神族長に囲まれながら動じることのない姿勢も、いやに板についていて風格がある。

「使族の連中が魔剣など持っても、役には立たん。魔剣は魔族の者が所有してこそ本領を発揮する。しかし、ただ単に魔族であればいいというものでもない。相応の器を身につけなければ。そのために魔神について教育している。だがたとえ魔神が魔剣を持つまでに成長したとしても、俺以上に扱えるわけではない。したがって、魔剣が俺の手にあるあいだは使族もおいそれと手を出せないはずだ」

 長らは唸り、風門が皮肉な笑みをこぼした。

「たいした封術師だ。それで、いくら儲ける」

 泰善はわずかに目を見開き、呆れたように笑った。

「燈月と同じ質問だな」

「なんだと? 燈月殿と言葉を交わしたか」

「まあな。捕らえた主旨を話したら、よく理解してくれた。あの男は現在置かれている境遇を甘んじて受けてくれるそうだ」

「なに!?」

 長らは耳を疑い、脂汗をにじませた。

「捕らえた主旨とは、なんだ」

「三種族の力の均衡をはかる」

 長らは互いの顔を見やり、再び泰善に戻した。

「なにゆえに、そなたがそれを」

「民の大多数の意見が、神族の理想を支持しているからだ。どの種族が実権を握っても、それはおのれ達の益にはならぬと、みな知っている。三種族が均等に、平等に互いを牽制し支え合うことこそ、天上界に幸をもたらすと考えている。俺もそう思う。天上界を形成する理は、神族、魔族、使族のどれが欠けても成り立たず、どれが突出しても崩壊する」

「し、しかし、最終的には、それを両政権に理解させねばならないが……」

 風門が言いかかると、泉房が拾った。

「やつらは納得すまい。とにかく主導権を握ることに躍起になっているのだぞ。聞く耳など持っていない。おまけに均衡がかたよっても天上界の秩序を守れるという過信があるのだ」

 これに泰善は反論した。

「そこを治めるのが、おまえ達の仕事だろう。なんのために天位三が六人もそろっている。上位の神々が腑抜けでは、天上人はなにを指標として進めばいいのか迷ってしまうぞ」

「それはそうだが、我々は三位を得るにも血のにじむような努力をしてきた。維持し、二位に近づくための努力もおこたれない。そればかりに時間をさいてもいられないのが現実だ」

「だがこの問題を解決せねば、天位のことにかかりきりでもいられまい。にもかかわらず魔神や三女神(みめしん)が三位を得たとたん覇権を争うようになったのは、なぜだと考える」

 泰善の問いに、長らは変な顔をした。

「決まっている。三位となれば、ほとんど界王のお膝元に来たようなもの。あとはいかに己が優れているか主張することも大事だ」

「主張のために覇権を?」

「まあ、てっとり早くはある。少なくとも二位や一位を得ようとする努力よりは……楽をして関心を得ようというのもどうかと思うが、それだけ天位の世界は複雑で厳しいということだ。もし覇権が手に入れば、おのずと特別に目をかけてもらえるのではないかと考え、没頭する気持ちはわかる」

「俺にはサッパリわからない」

「やれやれ。天位のない者にこの気持ちを理解させるのは、ひと筋縄ではいかないな」

 烈火の冗談まじりの嘆きに、長らは笑った。明らかに無天位者をバカにしているのだが、泰善は気を悪くする様子もなく苦笑した。

「それは申し訳ない。だが、そんなに天位が魅力か。界王がどう思おうと、おのれが正しいと信じる道を進んでみたらどうだ」

「恐ろしいことを言うな。我らには生き死ににも勝る問題だ」

「おおげさな。天位など、単に段階の目印のようなもの。相応の利点も生まれるが義務も生じる。その義務をおこたって天位を落とすことに恐怖するぐらいなら、躍起になって手に入れるほどのものでもない。天位を持たずとも善は善、天位を持っても悪は悪だ」

 長らは急にシンとなり、やがて目元を険しくゆがめた。

「もっともらしく言うがな、聞き捨てならんぞ。天位制度を否定するような発言は界王を否定するようなものだ。軽い気持ちで発言したことでも許されることではない」

「否定しているわけではない。神のない世界は死滅する。そのために天位は是が非でも必要だ。しかしそれはそれ、これはこれ。神であればすべてが正しいというのは、思いあがりではないのか」

「思いあがってなど——思いあがってなどいない」

 風門がやや動揺をみせて否定した。泰善のいわんとするところは分かるからだ。

 最近の神々は目前に迫った天位一位を欲するあまり、世をないがしろにしている。「いかに大事であれ、それを言い訳にして己の欲求を満たすことに躍起になっている」と言われても仕方ないのだ。

「神でも時には自分を制御できないこともある。だがいずれ、また元に戻るはずだ。この熱も落ち着き、冷静にそれぞれの役目を果たしつつ天上界を守っていける」

「そこに気づいているなら、なぜいま熱を払えない」

「天位一位を誰かが先達するまで、神々はここを正念場として緊張し続ける。神々の緊張は熱をはらんで世相を乱す。どうにかしようと思って成るものではない」

 泰善は小首をかしげ、美しい眉目をひそめた。

「おまえ達はとどのつまり、なにを目指しているんだ」

「なにを?」

「神として人を守り導くために、またこの世を理想郷とするために、天位を得たはずだ。界王のためではない」

「神としての本分だけで天位を得るとすれば、この世に天位者はさほどいまい。本分をないがしろにするつもりはないが、界王の最も近くにお仕えし魂をかけて尽くすことに、我々は名誉と至福を見いだしているのだ」

 泰善は唖然とした。風門が大魔王・由良葵虎里(ゆらぎたけざと)と、まるで同じことを言ったからだ。

「まさか。それ以外の名誉や至福も数多くある。界王一人にとらわれた思想など、どうかしている」

 ためらいもなく言う泰善に、長らは信じられないという驚きをもって、毛を逆立てながら憤慨した。

「どうかしているのは、そなたのほうだ」

「なげかわしい。美しいのは姿だけか。心は醜くゆがんでおる。界王を敬愛し、お慕いする精神を損なっておるとは、哀れよのう。天位を得られぬのも無理はない」

「いや、いかに天位のない者といっても、これほどまでにバチ当たりなやつには逢ったことがない。この豊かな天上界に生きられる素晴らしさを知る者ならば、決して出てくるはずのない言葉だ」

 長らが口々に反論し説教するのを聞いておいて、泰善はまた言った。

「では月並みな質問だが、もし界王が白を黒と言ったら、おまえ達は黒と認めるのか」

「認める」

 即答された泰善は、眉をしかめた。

「なに?」

「そもそも界王が白を黒と思えば、白は黒になるのだぞ?」

「それはそうだが、だからと言ってなんでも言いなりではマズイだろう」

 すると泉房が憮然として腕組みした。

「まったく問題はない。靴に接吻しろと言われればする。影に口づけるのも恐れ多いのだから、むしろ光栄だ」

 泰善はドン引きして、ほかの長らを見やった。するとその視線に応えるように長らがうなずいた。

「まあ、あまりいい例えとは思えぬが、確かにそのくらいの気持ちは持っておる。それほどに界王は尊く崇高なのじゃ」

 泰善は背に虫酸が走るのを感じて、たまらず立ち上がった。

「どうした」

 と長らが問うのに、泰善は心持ち青ざめた様子で聞き返した。

「正気か」

「正気だ。ほかの者にいだく感情だとしたら確かに狂気だろう。しかし界王なら話は別だ。そのように感じられないのだとしたら、そなたはいかにも哀れだ」

 泰善は右手で額と目元を覆い、脱力してイスに掛けた。そして深いため息のあと、肘掛けに片肘つき、目元を隠していた手を口元へ移して考え込んだ。憂い漂うその姿に、長らは思わずウットリした。やはりどうでも美しい男なのだ。

 泰善はチラリと泉房を見、泉房は思わず身構えた。

「とにかく燈月は悪いようにしない。本人も納得しているのだし、もう差しあたって話すことはないはずだ。帰ってもいいか」

 この申し出に、長らは互いの顔を見合うと、最終的に泰善を見つめてうなずいた。

「いいだろう」


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