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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第九章 追憶
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02【大龍神】その弐

 そのころ、祠を祀る聖域の直下にある神界上層域では、最も尊いとされる大御神らを交えて、騒動が起きていた。核の魂を導くという銀の鳳凰が現れたからだ。

〝神界の核は目覚めつつあります〟

 しとやかな女の声で鳳凰は告げる。

〝ゆめゆめ、見落としてはなりませんよ〟

 鳳凰の忠告を聞きながら神々は額突いた。

「核はすでにこの世界へおいでですか」

〝汝らのすぐそばに〟

 鳳凰はそれだけ言うと、天に向かって羽ばたいていった。姿が見えなくなると、大御神は立ち上がり、みなを見渡した。

「核をお迎えする準備を整えよ。結晶石と結びつく際には霊体といえども高熱を発するであろうから、苦痛を緩和するための香も忘れるでない」

 神々は軽く頭を下げ、素早く動いた。


 一方、龍巳は茶葉の入ったカゴを抱え、加工用の納屋へと歩いていた。単身である。結局、竹神は英路とともに仙界への道を下って行ってしまったのだ。

 龍巳は茶葉を蒸し器に入れて、加工の準備に取りかかった。そのとき——開け放していた引戸の敷居をまたぎ、勢いよく尋ねる者があった。

「おい! 竹神様は!」

 先刻、龍巳の報告を聞き入れ、竹神を呼び出した者である。龍巳は作業の手を止めて片膝ついた。

「竹神様でしたら、英路という僧とともに仙界へ」

「なんだと!? なぜ引き止めなかったのだ! この大変な時に!」

「なにかあったのですか」

「ええい。なにかあったどころの騒ぎではない。たった今、銀の鳳凰より核の覚醒が間近と告げられた。竹神様は核の可能性が十二分にあられるお方。万が一のことがあれば、ただではすまされんぞ」

 龍巳は驚いて平伏した。

「竹神様は、地上に興味がおありとか。ひととおり見物なされたら、お戻りになられるかと。境まで参った僧もおりますし、道に迷うこともないかと」

「すぐに戻るのだろうな」

「は、はい」

「わかった」

 竹神に仕えていた神はひとまず納得して下がった。

 しかし龍巳は心配になって、また仙界との境へ行った。帰って来たらすぐにでも現状を伝えなければと、気が焦ったのだ。

 ところが竹神は、一晩たっても帰らなかった。翌日も、その翌日もである。龍巳は丸三日、寝る間も惜しんで待ち続けたが、竹神は戻って来なかった。

 さすがに上の神々も心配になって、境を訪れた。そこで龍巳を見て、舌打ちした。

「本当に竹神様は戻られるとおっしゃったのか」

 龍巳はすばやく跪き、頭を垂れた。

「はい、確かに」

「幾日か、予定は聞いておらんのか」

「はい。申し訳ありません」

「まったく、役立たずよのう。このような所で待っている暇があるなら、探しに行ったらどうだ」

「わ、私がですか!?」

「なにを驚いている。当然だろう。おぬしが人間の頼みを聞いたから、こうなったのだぞ?」

 龍巳はハッとして息をのんだ。そして唇をかみながら、また頭を下げた。

「もちろん、責任は感じております。しかし、もし行き違った場合、私は一人で戻ってこられる自信がありません」

 すると神々は笑った。

「おぬしの身など知ったことではないわ。それより竹神様の身を案ずるほうが先であろう。どのみち竹神様が戻らねば、おぬしは追放だ」

 追放、という言葉に龍巳は恐れをなして、顔を上げた。

「行って参ります。ですから、どうかそれだけは」

「おう。では行くがよい」


 竹神といえば、そんなことになっているとはつゆ知らず、英路との約束どおり地上の疫病を一掃したあとは、のんびり仙界をめぐって景色などを楽しみ、神界を出てから二週間後に帰った。

 待ちわびていた神々は安堵し、事情を話して用心するよううながした。だが龍巳のことは言わなかった。その存在をうとましいと思っていた彼らは、このまま帰らねばよいと考えていたのだ。


***


 仙界へ赴いて一ヶ月。

 運悪く竹神と行き違った龍巳は、岩ばかりの道をさまよっていた。その身には、より深刻な事態も起きていた。熱が出たのだ。

 昼夜問わず歩き続け、竹神の身を案じ、ろくに睡眠もとっていない龍巳の身体は限界に達している。それに追い討ちをかける熱は、気力をも奪った。

「これ以上は立っていられない」

 そう思った龍巳は、雨風がしのげる岩の隙間に横たわった。やがて急速に意識が薄れ、夢を見た。


 そこは神界だった。空に広がる雲海。翡翠の岩。青い海原。すべてを一望できるほどの視野で、眺める夢だった。

「美しい」

 龍巳は呟き、雲海を貫いてある岩の頂のひとつに降り立った。中央の祠だ。香り高い香が焚かれており、気分が落ち着く。それから祠を覗いた。すると、強烈な光が龍巳に向かって差し込んだ。淡い緑色の光である。

 龍巳はその光に見入られるようにして、手を伸ばした。光の中心にあるのは、宝玉である。

「結晶石」

 存在も名前も知らないそれを、龍巳は無意識に呼んでいた。


 龍巳はハッと目覚めた。とたんに痛みが全身を巡った。が、熱は引いている。疲労による痛みだろう。

 少しあたりの様子を確認すると、夜だった。月が輝いていて明るい。龍巳は横たわったまま、ぼんやりと眺めた。気だるい身体にムリヤリ寝返りを打たせ、仰向けになった。そして再び、朦朧としながら深い眠りに落ちた。


***


 自然災害など、おおよそ無縁の世界であった。ゆえにその夜、神界を襲った大地震は、神々を恐怖のどん底に叩き落とした。

 激しく岩が裂ける音と地響きが波となって押し寄せ、海原を荒らし、雲を蹴散らす。空に輝く星さえ、恐怖におののき闇に消え去るような、天変地異である。

「なんとしたことだ!」

 神々は叫び、逃げ惑った。だが、この現象がなんによるものであるか、解する者もいた。後光を背負った美しい女、大御神である。

「静まれ!」

「し、しかし、大御神様!」

「騒いでも始まらぬ。これは核の危機を知らせておるのじゃ」

「な、なんですと!? ですが、竹神様は……」

「竹神ではなかったということじゃ」

「では、いったい!」

「分からぬ。とにかくみなを集めよ。一人残らず集めるのじゃ。さすれば自ずと核も見つかる。そこにおらぬ者が核じゃ」

 神々は大御神に命ぜられるまま、みなを集めた。しかし神々には、誰が不在なのか分からなかった。

「皆おりますが」

「そんなはずはない。誰かおらぬはずじゃ」

 神々は顔を見合った。とはいえ一向に見当たらない顔はなく、途方に暮れた。が、竹神が気づいた。

「龍巳がいない」

 その言葉に大御神が向いた。ところが周囲の神々は、

「あのような者は論外です」

 と一笑にふした。しかし、

「誰ぞ呼んで参れ」

 と大御神は言った。神々はまた不審げに互いの顔を見やったが、「呼んで参れ!」と大御神が強く言い返すと、慌てて散った。


 結局、龍巳は見つからなかった。そのことを竹神はひどく心配した。

「どこへ行ったというのでしょうか」

 すると、彼に仕える神の一人が、おずおずと進み出て来た。

「申し訳ございません」

「……ん?」

「実は、あなた様を探しにやったのです」

 竹神はぞっとして、眉をひそめた。

「なんですって?」

 その神は一ヶ月前の出来事を正直に話した。竹神は己の軽率さを悔やむとともに、神々がした龍巳への仕打ちに憤った。

「今から探しに行きます」

「は!? しかし!」

「この場にいないのは彼一人。ということは、限りなく核である可能性が高い。それでなくても、私には責任があります」


 こうして、竹神は再び仙界を巡った。懸命に龍巳の姿を追い求めた。そして捜索開始から三週間後。岩の隙間に横たわる龍巳を見つけた。

「龍巳!」

 声をかけたが、龍巳はピクリともしなかった。着物の裾が擦り切れ、ほころびているのも痛々しい。

 竹神は龍巳を隙間から引っ張り出すと、上体を抱き寄せた。

「許してください。私のせいでこんな目に。どんな償いでもしますから、どうか意識を取り戻してください」

 切実に訴えると、不意に背後で声がした。

〝すぐに連れ帰るのです〟

 驚いて振り返ると、銀の鳳凰が宙に浮遊していた。

〝このままでは魂が尽きてしまいます。核を失えば神界も無事ではすみません。さあ、早く〟

「核——ではやはり」

〝龍巳が本来持つべき名は大龍神。神界の中心に立つべき身です。正しく祀りなさい〟

「御意」

 竹神は龍巳の身体を背に担ぎ、鳳凰に導かれるまま神界への帰途についた。


 大龍神は、それから幾日か後に意識を取り戻した。すでに中央の祠で祀られていた彼は、桔梗色の着物をまとった姿で、外へ出た。

 雲海を貫いてそびえる翡翠の岩。直径わずか三メートルのその頂にある箱庭には、苔むした飾り石と小さな蓮の池がある。

 大龍神は腰を下ろし、あぐらをかいた。そして懐にあった横笛を取り出し、唇を当てた。指は自然に動いた。

 笛の絶えなる調べが神界の空に響いた。大地震によって傷ついた大地は癒され、雲間には光が射し、虹を作る。聖域から降り注ぐ加護の光に包まれた神々は、歓喜の声を上げるとともに、涙を流した。

「神であれ人であれ、真の愛から生まれた魂は尊い。大龍神はそれを我らに教えるため、白龍神の子として生を受けたのであろう」

 大御神はそう言い、禁忌のひとつをなくして改めた。

「愛より尊きものはない。それを裁く法は、この世に存在してはならぬ」と。

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