05【永治・光治】その弐
*本シリーズ作品「ロスト・フィラデルフィア」の話題に触れています。詳細はシリーズ作品をご覧ください。
そのころ、双子のもとへ妝真が向かっていた。年は十になった。彼は引きこもりがちな従弟を気にして、時々訪れるのである。
妝真が部屋に入ると、先ほどまでおしゃべりしていたふうの二人はピタリと口を閉ざし、身を寄せあって妝真を見つめた。小動物のように警戒し、やや怯えながら相手の出方をうかがっているという感じである。
相変わらずな様子に、妝真は困った顔をした。父親ゆずりの栗色の髪に鳶色の瞳である。双子と似ているところはまったくない。鷹塚の血を引いていないせいもあるだろうが、全く血を分けていないわけでもないのに、まるで他人のように似ていないのだ。
そんな従兄は、核の資格を持ち、生まれてすぐに天位五を得ている。双子にとって身近な脅威であった。
「どうしてなんだろう。人が嫌いなの?」
妝真は口にしながら、寂しそうな顔をした。
天位を持たない従弟を気遣っているのは明らかだ。永治も光治もそれは理解している。加えて核は慈愛が深い。そんな相手に心を開かないのはいけないことだと分かっている。だがどうにも、異世界に来たという感の否めない二人は、誰だろうと信頼するわけにいかなかった。破壊と再生の力を持つがゆえに。
この力を表に出したが最後、すべてが敵に回るだろう——と考えているのだ。
地球にいた頃とさして変わらない立場に二人はほとほと疲れていたが、それでも隠し通せるものなら隠し通したいと思っていた。
弟の光治は前世でも破壊の力を有し、生きた兵器としてテロ組織に利用され、軍事にもかり出された。そのために大切な兄弟と生き別れるという残酷な運命も背負った。今度こそは平穏に暮らしたいのだ。
なので、
「ねえ、たまには外に出てみない? 気分が変わるかもよ?」
という妝真の誘いに乗ることもできなかった。うっかり帝人に会わないためである。この「帝人」という人物が透視能力者であることは承知だ。出くわせば能力のことを知られるのは必至である。
二人は口をつぐんだまま、うつむいた。
毎度の反応に、妝真は溜め息ついた。
「ま、いいけど。絵本か何か欲しいなら、持って来てあげようか? ここの図書館、結構いろいろそろってるよ?」
永治は妝真を見据えた。絵本ではない本をできるだけ多く頼みたいのだが、それができないもどかしさに、勝手に苛立った。年相応の読み物でないと不審に思われる。その不審から正体が暴かれるのではないか、と恐れているのだ。
なんとなく睨みつけられていると感じた妝真は、いっとき考えてある思いに至り、ニッコリと笑った。
「そうか! 絵本以外の本がいいんだね?」
永治は驚いて目を丸めた。妝真は「当たりか」と、ホッと息をついた。
「ここでは前世なんてあるのが当たり前だから、気にしないでいいよ。僕みたいに、ないほうが珍しいんだ」
双子はやや緊張をといたような顔で、互いの顔を見やった。それから妝真のほうを向いた。
「ありがとう。ごめんなさい」
言ったのは光治だ。
「俺たち、こういうとこ初めてだから」
「い、いいんだよ! 大丈夫。みんな親切だし、分からないことがあったら遠慮なく聞いて」
少し心を開いた様子を見て、妝真はあからさまに喜んだ。正直さはとても子供らしく、双子にはないものだ。つまり、天位が高かろうとなんだろうと、魂の年齢は妝真のほうがずいぶん下なのである。そんな子供相手にかたくなな態度を取っていたのだと気づいた双子は、己の大人げなさを恥じた。
妝真は跳ねるようにして部屋を出ると、図書館へ直行した。やっと従弟の役に立てると思うと嬉しいのだ。
『かわいい従兄だな』
冗談半分のように永治が言うと、光治は苦笑した。
『そうだね。家族なんて慣れてないから、変な感じだけど』
『ああ。おまえは親の記憶もないし、研究所育ちだったからな』
『そのぶん博士やロイが面倒見てくれたけど』
***
妝真は図書館へ駆け込んで立ち止まり、息を切らせながら全体を見渡した。講堂に隣接する図書館は天井も高く立派である。児童書から古文書、小説、エッセイ、各分野の専門書など、ありとあらゆる書籍がそびえるような本棚にひしめく図書館だ。そこで一瞬、茫然とした。なにをどこから探して持っていけばいいのか分からなくなってしまったのだ。
「しまった。どんな感じの本がいいのか聞いておけばよかった」
妝真が困惑していると、ふいに声がかかった。
「どうかしましたか?」
振り返ると、神族長の一人である男がいた。泉房だ。優しい眼差しは深いサファイアブルーで、髪は透明感のある水色。従弟にあって自分にない青を持つ彼に、妝真は刹那、目を細めた。
「あの、どんな本がいいかと思って」
「どんな?」
「永治と光治に」
「ああ、児童書なら右側の奥に……」
「いえっ、違うんです。普通の本がいいみたいなんです」
「え?」
「前世があるみたいで」
泉房はわずかに目を見開いて、あごをつまんだ。
「なるほど。ではこの世界のことを知りたいといったところでしょうかね」
「あ、はい! たぶん」
「じゃあ歴史書が適当ですよ。初心者にちょうどいいのがあります。出してあげましょう」
「ありがとうございます!」
妝真がついていくと、泉房はなんの迷いもなく目的の本を三冊選んで妝真へ渡した。妝真はキョトンとしつつ、受け取った。
「よくお読みになるんですか?」
「え? ああ、まあ」
「歴史書がお好きなんですか?」
「いや、ここの本は、たいてい読んでしまったんですよ。本の位置を覚えてしまうくらいにね」
「えっ!?」
妝真が驚くと、泉房は苦笑いした。
「本の虫と言ってしまえばそれまでですが、私くらい長く生きていると、そういうことも」
「そ、そうか」
妝真は頬を紅潮させつつ、うつむいた。
「僕もいっぱい本を読んで、勉強しなきゃ」
「ええ、そうですね。がんばってください」
***
妝真は泉房との会話を終えて、なんとなく高揚した気分で従弟の部屋へと向かっていた。途中、講堂の正面玄関を通ると見知らぬ人を見かけたが、気にせずに過ぎようとした。が、呼び止められてしまった。
「あー、ちょっと待った。さっきから誰も通らなくて参ってたんだ。おまえでいいから案内してくれ」
ぞんざいな物言いに妝真はカチンときたが、一応立ち止まった。
これでもかというほど背が高い。一九〇センチは優に越える。亜麻色の髪と紺青色の目をした男である。だがそれ以外、取り立ててどうということはない。
しかしふと見ると、永治や光治と同じ年頃の子供を連れていた。白い髪に黄色い目の少年だ。妝真の記憶にかすかに残る気配があり、いっとき釘付けになった。
すると男が言った。
「お、核同士で何か通じ合ったか?」
「えっ!? 核?」
「寅瞳だ。名前くらい聞いたことあるだろ?」
「あ——」
ある、と妝真は思って再び少年をじっと見つめた。天位があり、十五位だ。
妝真があんまり見つめているので、寅瞳はやや臆したように男の足の後ろに隠れた。
「あ、こらこら、前に出ろ。おまえが出てくれないと、俺ただの不審者だ」
「で、でも」
「あの〜、誰を呼んで来たらいいですか?」
二人が小声で揉め合う最中に割り入って、妝真が尋ねた。男は、
「いや、直接案内してくれたらいいって」
と言ったが、妝真は困った。
「でも僕、用事の途中だし」
「じゃあその用事に付き合う。とにかく中へ入れてくれ。歩いてりゃ知った顔に合うだろ?」
「え、あ、はい」
妝真はしぶしぶ引き受け、無駄に背の高い男と小さな寅瞳を引き連れて通路を歩いた。しかし日中はみな仕事で出払っている。居住施設内は閑散としていて、誰にも会うことはなかった。
双子の部屋まで来ると、妝真はいったん止まった。
「先にこの本、渡しちゃうから」
「おう、悪いな」
妝真は扉をノックし、開けた。双子は部屋の奥にあるソファに腰かけていたが、妝真の姿を見て寄って来た。
「ごめんね、待った?」
「いえ、大丈夫です」
光治は言いつつ、目線の先にいる少年を見やった。妝真はそれに気づいて少し焦った。他人に会うのを極端に嫌う従弟の性分を、うっかり忘れていたのだ。
「ごめんね。途中で案内を頼まれちゃって。でも、本を渡してからって思ってさ」
「ううん。別にいいけど」
だがその横で、永治が光治の腕をつついた。
『おい、あれ』
「え?」
永治が不意に指差す方向を追って、光治は顔を上げた。そこにあったのは、むかし見た顔である。
背は妙に高いがバランスは悪くない。亜麻色の髪に紺青色の目の男は、確かに会ったことのある人物だった。
『長官……』
呼ばれて目を丸めたのは男のほうである。
「え!? あれ? どこかで会ったか?」
「ロスレインです。分かりませんか?」
「へ? ……え、えーっ!?」
男は露骨に驚き、しゃがみ込んで兄弟を見比べた。
「うはーっ、双子か。相変わらず兄弟仲いいんだな、シーランは」
シーランと聞いて、双子は苦笑いした。それはかつて、地球という場所で呼ばれていた人種名である。兄弟愛が非常に強く、ブラコン、シスコンなどと揶揄されることもあったが、同じ両親を持つ兄弟姉妹でないと血液型が合わないという特性もあったため、互いにとても大切な存在だったのだ。
「魂は同じですから」
光治が答えると、その男——シュウヤはしかめ面した。
「性格は真逆な気がするけどな、おまえら。もしかして一人だと多重人格になるのか? つか待て。俺、泰善から何も聞いてないぞ?」
「たいぜん?」
「ブレッド・カーマル。いや、正確には奴の本体」
「本体?」
今度は永治と光治が眉をしかめた。
「なんですか? 本体って」
「あいつはな、三位一体という技で身体を三つに分けてたんだ。父と子と精霊ってやつで、本体は父、子と精霊は分身。で、ブレッドは精霊。こっちでは飛鳥泰明って名乗ってたけどな」
「何者なんですか、元帥は」
そう尋ねたのは永治だ。シュウヤは口の端を引きつらせた。
「界王様だよ。万物の超越者。この世の最高権力者」
界王と聞いて、永治と光治は青ざめた。たとえ子供のなりで引きこもっていても、五十年近く天上界で生きていれば、その存在を知らないではいられない。それほどのものだ。
「将軍って、やっぱり凄い人だったんだ」
素直でありながら、呑気にも聞こえる光治の言いように、永治は軽く唸った。
「凄いで済まされるか。俺は不安だ」
「なにが?」
「これが正しい時の流れの中のことなのか、気になる」
「なにそれ」
「元帥は歴史と記憶の改ざんができる。正しい歴史と記憶にとどまれるのは限られた者だけだ」
光治は目を丸めたが、シュウヤがすぐに割り入って訂正した。
「心配するな。これは正しい時の流れだ」
永治はそのシュウヤをジロリと睨んだ。
「元帥の腹心に言われても」
「おまえね、ブレッドのこと信用してなかったのかよ」
永治は黙った。それを光治が上目遣いに見、妝真が困惑した様子で見ていた。