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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第八章 新政
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02【界王】

 調印式が無事に終わると、新政は本格的に動き出した。上位天位者がまず成すべきは、政権の統合だ。現在三つに分かれている政権の拠点を一カ所にまとめようというわけで、さっそく交通網の整備がおこなわれた。天上界の中心地へ向けて四方八方から大道を敷き、そこに都市を築こうという計画である。

 道路の完成は三十年後を予定しており、都心には居住施設を備えた大講堂が建設される。それまでは事があるたび各拠点から水浅葱まで足を運ばねばならないので苦労だが、しばしの辛抱だ。

 この間に、空呈と灯紗楴が婚姻を交わした。空呈といえば鷹塚財閥の当主として有名だが、近年、天位二を授かった神でもある。そして灯紗楴は天位四。大物同士の結婚というだけあって、世間はたいそう賑わった。

 それから三十年後、主要道が完成した。大講堂が建ったのはこの十年後だ。


 大講堂完成初日は、政権幹部らによる記念祝賀会が催された。幹部は天位四位以上の天位者であるが、魔族においては数が少ないため、五位以上の出席となる。

 神族は燈月を筆頭に、長である沙石、風門、泉房、烈火、槙李、安土。以下、四十二名の天位四位者。

 使族は三女神・季条間、海野拡果、土万妝と十二名の天位四位者。

 魔族は覇碕悠崔を筆頭に、由良葵虎里、凪間成柢、麁和津琴京。闇王・帝人。天位五の四名である。

 ほかは新たに混血種代表として空呈が立った。


「すっかり背が伸びましたね」

 会場で沙石を見つけるなり、空呈は言った。四十年もの歳月がありながら、お互い忙しいうえに沙石は神殿からあまり出られなかったため、まったく会っていなかったのである。

 沙石はニッと笑って親指を立てた。

「まだ十五だからな。もうちょっと伸びるぜ?」

 そこへ帝人が寄って来た。

「遅かったな」

 沙石は怪訝そうに眉をしかめた。

「遅刻してねーよ」

「ギリギリだ」

「いーじゃん、間に合えば」

「少しは私の身にもなれ」

「あ?」

 何が言いたいんだ、と沙石は帝人を睨んだ。が、すぐに理解した。会場に集った名立たる天位者の視線が帝人に集中していたからだ。

「美しいな」

「ああ、美しい」

「あれが帝人殿とはな。恐れ入る」

 などと囁く声もチラホラ聞こえる。帝人は胸に手を当て、うんざりした顔で苦しそうに息を吐いた。

「好奇心と下心が渦巻いていて吐き気がする。その点、おまえの心はすっきりしていて気持ちがいい。地獄に仏だ」

「そんなことに価値を見出されてもな。つかオレ、おまえのオアシスになりに来たわけじゃないんだぜ?」

「ああ。この祝賀会は核の社交デビューと言っても過言ではないからな」

「え!? そうなの?」

 沙石の反応に、帝人は思わず眉をひそめた。

「なんだと思って来たんだ?」

 沙石はやや顔を赤らめ、鼻頭を人差し指でかいた。

「うまい食い物とか飲み物があるかなーって。しかも使族の上位天位者ってみんな女神だっつーから、それなりに期待っていうか……」

「おまえという奴は」

「つくづく残念な奴だな」

 と、不意に帝人の台詞に割り込む声があった。帝人と沙石と空呈は、声のほうに顔を向けて驚いた。界王こと飛鳥泰善が唐突に現れたからである。

「うおっ! 界王!」

 沙石が叫んだので、会場には緊張が走った。そして方々から、唾や息を飲み込む音が聞こえた。

 飛鳥泰善は左目に始点界の青、右目に結晶石の緑を輝かせ、黄金に煌めくようでありながら、漆黒のような艶もある臙脂色の髪をしている。平均身長は男で一八〇、女で一七〇センチという集団の中にあっても、頭一つ分抜きん出て背の高い泰善は、それだけでも目立つというのに、尋常ではない美貌に拍車をかけていたのだ。

 女の子を物色に来た沙石も、思わず目を見張った。

「どうしたんだよ。三位一体やめたのか?」

 泰善は軽く首をかしげた。

「そういつまでもやっていられない。最近、天上界も落ち着いているしな」

「でも、ヤバくね?」

「なにが?」

「その顔っつーか、なんつーか。や、もともとヤベえけど、さらにヤバえっつーか」

「どういう意味だ」

 泰善が目元をしかめると、帝人が慌てて沙石を制した。

「せっかくいらしてくださったのだ。余計なことを言うな」

「おまえ、自分より目立つ奴が来たからって……」

 露骨に引き止めんなよと続けて言いたげな沙石の口元に、帝人はあえて否定せず、笑って目をそらした。泰善はそれを苦笑いで流してから、沙石に視線をとめた。

「寅瞳は神界でつつがなく暮らしている。転生の時期は様子を見ているが、近いうちに実現するだろう」

 突然の知らせに、沙石は弾かれたような顔で泰善を見上げた。

「ほ、ほんとか!?」

「ああ」

「は、はは……やった! つーか、それ知らせに来たのか?」

「ほかに何が?」

「へ、へへ。なんだよ。それならそーと先に言えって。あんたいつも急だからさ、びっくりするじゃん」

「どうやって前置きしろというんだ」

「大切な話がある、とかよ。なんかあんだろ」

「面倒くさい」

「ちぇっ」

「じゃ、伝えることは伝えたからな」

「あれ? 参加してかねーの?」

「しない」

「なんで? みんな喜ぶのに。三種族均衡のための祝賀会だぜ? 念願だったろ?」

 無垢な眼差しを向ける沙石を見つめて、泰善はため息つきながら腕を組んだ。

「理想郷確立のための通過点にすぎん。それはお前たちに重要なのであって、俺には関係ない」

「おいおい、冷てーな」

「仕方がないだろう。改ざんや抹消という作業は俺がやっても確実に安全というわけではない。無用な思い出など作らないほうがいい」

 沙石はとたんに顔色を悪くした。そばにいた帝人も同様である。

「本当にそんな方法じゃなきゃダメなのか?」

「ほかに方法はない」

 迷いなく告げる泰善の言葉が、二人には悲しすぎた。

 想像もつかないほど遠い過去から神や人を見つめ、守り続けた瞳は、理想郷の確立とともに孤高の空を眺めるのだ——永遠に。それがどんなに悲しくつらいことか、想像できない二人ではない。

 もし今、隣で語らい笑い合っている友が、自分の一切を忘れてしまったら。愛し合っていた恋人が、築き上げてきた思い出をなにもかも記憶から消してしまったら……

 考えるだけで恐ろしいことである。沙石は無意識に拳を握り、泰善を見つめた。

「諦めねえで、探そうぜ。ほかの方法」

 しかし泰善の視線は帝人に向けられた。

「ある程度の覚悟はできているようだが」

 沙石はギョッとして帝人の横顔に目を向けた。

「嘘だろ?」

 帝人は目を伏せた。

「最善の方法が見つかればいい。しかしそれが叶わない今は、仕方ない」

「諦めんのか!?」

「この天上界を壊すわけにはいかん」

「だから! 壊さずに失わない方法を探せっつってるんだろ! 切羽詰まるまで、そっちの話は棚に上げとけよ!」

「そんな都合のいい方法などあるものか」

 と冷たく言い放ったのは泰善である。額にうっすら汗を浮かべる沙石の表情は、絶望の色をにじませた。

「この問題について、俺もずいぶんと考えてきた。だが流転の理である俺には、互いに都合のいい解釈など受け入れられないのだ。考えれば考えるほど、その方法しかないことを思い知らされる」

「……ほ、ほんとにそうなのか? 本当にそれしかねーのかよ」

「生には死、表には裏、光には闇。相対するものがなければ成り立たない俺の世界に、理想郷がとどまることは不可能だ。かといって、俺の世界にとどまっていれば確実に終わりが来る。選択肢はないだろう」

 沙石はうつむいて無口になり、帝人は目をそらしたまま黙っていた。空呈や神族長らは、以前、西で落ち合った際に彼らが触れかけた問題について思い出し、不吉な予感に表情を曇らせた。

「理想郷の確立に、なにがあるんだ?」

 思い切って尋ねたのは燈月だ。この天上界で最も、それを目指して邁進していたのは彼だと言ってもよい。そんな燈月に対して、沙石と帝人は答えをためらった。だが、いずれは知れることである。ショックをいま受けるか後で受けるかの差でしかない。帝人は仕方なく、

「生きとし生けるすべてのものから、界王に関する記憶の一切が消える」

 とだけ告げた。燈月の頭の中はいっとき真っ白になった。そして泰善に向き直ると、目の前が真っ暗になった。

 泰善は軽く肩をすくめて、小さく溜め息ついた。

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