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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第八章 新政
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01【核】

 核たる者が死せる時、御霊が旅立った場所には「死の印章」と呼ばれる魔法陣に似た紋様が描かれる——死してもなお、民に加護を与えると約束するための証だ。

 皮肉にも、天上界に住まう者が核の加護を体感したのは、寅瞳の死の印章が刻まれる瞬間だった。死の印章を描くには死を迎える核自身の魂の力がいる。それは潜在能力のすべてであるため、生前に勝るパワーが放たれるのだ。

 彼らは、寅瞳が死の間際放った加護の力と、沙石が継続的に保っている加護の力、そして新たに加わった幼い妝真の支えが天上界に溢れていることを知り、その慈愛の深さに衝撃を受け、初めて核の摂理を心から理解したのである。


 神族の上位天位者らが自らのおこないを深く反省したのは言うまでもなく、沙石と、亡き寅瞳とに謝罪した。沙石は表向き許したが、それきり部屋にこもる日が続き、すっかり無口になった。

「おせーんだよ」

 頭を垂れる上位天位者らに向かって沙石は言った。寅瞳の死がきっかけにならなければ核の摂理を理解するに至らなかったかもしれないが、それでも遅すぎるのだ、と沙石は言ったのである。

「生きてるうちに、謝ってほしかったぜ」

 そうして口を閉ざし、心をも閉ざしたのだ。


 一方、核の摂理が理解されるにともなって各々の力の根源が方々に散り始めると、気候も穏やかになった。受難の時は約十年で終止符を打ち、天上界のあるべき姿がよみがえったのである。

 しかし神族の神殿を訪れ、久しぶりに沙石と対面した帝人は、ふさぎこんでいる様子を見て、ひどくショックを受けた。

 気候が穏やかになってからも、なんとなく素顔をさらせずフードを目深にかぶっていた帝人だが、沙石の前では取り去って、静かに向かい合った。

「どうした。おまえらしくもない」

 沙石はちらりと帝人に目を向けた。長かった髪はすっかり切られ、キール・マークレイだった頃を思い出させる。

「立ち直れねえよ」

 と、沙石は久しく動かしていない唇をぎこちなく開いた。

「どうして」

「……聞かなくても分かるだろ?」

「寅瞳殿はどのみち死ぬ覚悟だった。おまえが責任を感じることはない」

「そうかもしれねえけど、やりきれねえよ。オレ、初めてなんだ」

「なにが?」

「死の印章を見るのが」

 沙石の答えに帝人はドキッとした。

 一世界に一人の核が存在する定義の上では、己の死後に描かれる死の印章を見ることはない。だが一世界に複数の核が存在すれば、そういう機会もある。

 沙石は、初めて見る死の印章に強く心を挫かれたのだ。

「最悪な気分だぜ。自分が死ぬのはなんともねえのに、なんでだろうな? 寅瞳の印章が綺麗すぎるせいかな。ちくしょう……あいつ、この天上界でいい思い出なんてほとんどないくせに、守ろうって気持ちはちっともブレてねえ。信じらんねえよ」

 帝人はうつむく沙石の肩に手を置いた。

「仕方ない。寅瞳殿には八十億年の実績がある。おまえの八倍だ」

「キャリアかよ」

「そうだ。この際、神界で休ませてやればいい。そう思えば割り切れるだろう?」

 沙石は目線を上げ、あっさり言い切る帝人の顔をまじまじと眺めた。

「てめーは、なんだってそう、冷静っつーか、なんつーか」

 そして沙石は無造作に髪をかきわけた。

「ま……いっか」

「少しは吹っ切れたか?」

「ああ。また転生してくるって信じて待つよ」


***


 ともあれ、天位制度と核の摂理において、種族が何であるかは問題ではない。そのことについて各種族の代表や長が一同に会するまで、時間はかからなかった。界王が天位を与えるように、神族の長である沙石が核の加護をすべての種族に分け隔てなく注いでいるからだ。

 神族と争うことによって沙石の命を脅かすのは得策ではない。妝真がいる使族も同様である。この二種族が争いの対象にならないとしたら、魔族も動きようがないというわけだ。


 会場は、種族政権下にない都市・水浅葱にある図書館の一室が選ばれた。出席するのは各三名。神族代表・燈月、神族長・風門、泉房。魔族代表・覇碕悠崔(はざきとおすい)、魔族長・由良葵(ゆらぎ)虎里(たけざと)、闇王・帝人。使族代表・季条間、使族長・海野拡果(あまののかくら)土万妝(ひじまのしょう)である。

 それぞれはイスに腰掛け、人数がそろうのを待った。と言っても、そろっていないのは帝人一人である。代表でも長でもない帝人が一員に加えられたのは、核の一番の守り手であるからだ。前世の地位が物を言ったのも、ひとえに核の摂理が理解されたおかげだろう。しかし——

「奴はまだか」

 とイライラした様子で言ったのは、季条だ。彼女だけはどうにも不服なのである。

「申し訳ない。沙石のところへ寄らせているのだ」

 答えたのは燈月だ。神族の代表から弁明を聞いて、季条はやや意外そうにまばたいた。

「なにゆえ」

「励ましてもらえたらと思って」

「そんなに落ち込んでいるのか」

「まあ……」

 軽く目を伏せる燈月を見て、季条は「ふん」と鼻で笑った。

「先に落ち込まれては立つ瀬がないな。本当はおぬしが塞ぎ込みたいとでも言わんばかりの顔をしておる。違うか?」

 燈月は目元をしかめた。

「今日は三種族均衡の条約を取り決めるために集まったのだ。喧嘩なら別の日に売ってくれ」

 季条は肩をすくめ、にやけた顔をそらした。

「守り手というのは難儀なことだな」


 帝人がドアを開けたのは、それから十五分ほどたったあとだった。

「お待たせしました」

「ほんに待ったわ」

 開口一番文句を言ったのは、むろん季条である。コートのフードを目深にかぶった帝人の口元が、やんわりとゆがんだ。

「申し訳ありません」

 帝人は言いつつ席についた。だが、簡単に許すつもりのない季条は口を閉じなかった。

「コートを掛けたらどうだ。フードをかぶったまま話し合いをするつもりか? いかに闇王とはいえ、天位五の身分で代表と長の席に呼ばれていながら、無礼ではないか」

 帝人はテーブルの上に置いた手を握った。

「お気に召さないかと思いまして」

「なんのことだ?」

「最近、髪を切りまして」

「切りすぎたのか? おなごのように気になるか」

「一向に」

「では取れ」

 なんの不審も抱かぬ季条の台詞に、帝人は大きく溜め息ついてフードを取った。すると、銀髪に戻って以来の帝人を見ていない魔族と使族の者は驚いて目を丸めた。

 氷霜のように美しい銀髪と輝くような碧眼が印象的な、綺麗な顔立ちである。それも天上界で一、二を争うほどだ。

 これはいかん、と虎里は思わず己の顔を手のひらで打った。

 噂に聞いた素顔をやっと拝めたわけだが、喜んでいる場合ではない。飛鳥泰善と比べれば普通と言える美貌かもしれないが、見慣れるという範疇は越えている。これから先、心乱される者は男女問わず出てくるだろう——そう思うと、なぜか気が気ではなくなってしまったのだ。

 一方で季条が歯ぎしりした。

「闇王の称号を剥奪されでもしたのか」

「まさか。透視能力が戻ったんです」

「そんなことがあるのか」

「界王の采配ですから、私からは何とも申し上げられません」

 季条は周りに聞こえるほど大きな舌打ちをし、目の前の書類を広げた。

「不愉快だ。決めることを決めて、さっさと解散しよう」

 一同は呆れながらも、なかば流されるように賛同した。

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