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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第七章 受難
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09【大龍神・沙石・寅瞳】

 調子よく引き受けたのはいいが、顔の前で指を組み、熱心に祈る沙石の額には細かな汗の粒が光った。

 誘導するとひと口に言っても、手を引いて連れて行くわけではない。帝人の力を借りて念を飛ばし、呼びかけるのだ。ここで厄介なのは、結晶石の見える方角が核によって違うことである。それは神界の祠の位置と関係しているのだが、妝真がどの祠に位置する核なのか、沙石にはさっぱり分からなかった。つまり、妝真は真新しい核なのだ。

 東は沙石、西は寅瞳、北は楼蓮(ローレン)、そして中央は神界の核、大龍神(おおたつのかみ)である。妝真はその他の方位ということになるが、残っているのは南、北東、南東、南西、北西の五方位だ。その中から一方位を選ぶというのは単純ではない。

「うーん」

 無意識に唸った沙石を、帝人がチラリと見やった。

「どうした」

「今まで埋まってる所から察するに、南ってパターンがありだと思うけど、意表ついて北東とかだったら、すんげえ遠回りになるなーと思ってさ。悩みどころだよな」

「……なんだそれは」

「方位があんだよ、核にはさ。自分の祠の位置からじゃなきゃ結晶石が見えねえんだよ」

「わからないのか?」

「わかんねえ。妝真は初対面だ」

「本人に聞けないか?」

「まだ神界の祠に収まったことがねえみたいだ。大龍神に聞けねえかなあ」

「おおたつのかみ?」

「神界の核で、中央の祠にいるんだ。そいつはどの位置からでも結晶石が見える。だから全方位にいる核も分かるんだ」

「ほう。たいしたものだな」

「感心してる場合じゃねえって。確かめる手段がねえのに」

「俺が聞いて来ようか」

 と言ったのは燈月だ。沙石は目を丸め、次に笑った。

「バカ言ってんじゃねえよ。どうやって神界に行くんだよ?」

「行き方は分かっている。戻るまで十五分ほど要するが……」

「——なっ!?」

「時間は大丈夫か?」

「そ、そりゃ、もちろん。もし間違った方向に行ったら十五分どころの騒ぎじゃねえし、二回以上迷ったら洒落になんねえから」

「では行って来る」

 燈月は言うなり、身を翻して小屋を出た。沙石が慌てて後を追うように小屋を出てみると、空を駆け上って行く銀狼の姿が見えた。

「マジかよ」


***


 神界へ到達した燈月は、人の形に戻って大龍神との面会を望んだ。しかし渋い顔をして出て来たのは、大御神だった。庭園に立つ燈月を、後光を背負ったその美しい女は、縁側に正座して見つめた。

「そなたも懲りぬな」

「許せ、大御神。一大事なのだ」

「なんじゃ」

「天上界で迷っている新しい核の方位を知りたい」

 大御神は大きく目を見開いた。

「天上界の神となったか。なるほど、たいした御仁よ。しかしな、大龍神は核の中でも格別の地位にある。そう簡単に目通りできると思われるな」

 燈月は急激な緊張に縛られ、息をのんだ。もともと核を至上の神と崇めていた身分である。その核の中でも格別だと言われれば、否応なしに畏怖の念が込み上げてくるのだ。

「そこをなんとか。グランスウォールを助けると思って受け入れてくれ」

朔撚(さくより)殿、ご存知か。核は祠にある時が最も心安らかでいられるのじゃ」

 大御神のひと言に、燈月は青ざめた。

「祠へ収まれば大龍神の笛の音によって荒れる魂も鎮められ、穏やかに生きられる。それをわざわざ阻止しようというのは、いかがなものかな」

「し、しかし——このままではサンドライトも、新しい核も。そうなれば天上界もただでは済まない」

「なにゆえ核がそのような危険にさらされておる」

「核の概念がない世界なのだ」

「なんと」

 大御神はやや腰を浮かせた。そして、

「難儀な世界に生まれたことよ」

 と言ってしばし考え込み、やがて膝を打った。

「仕方あるまい。そのような事情なら力を貸そう。ただし、これきりじゃ」

 燈月は大御神を見つめ、表情を明るくした。

「すまぬ。引き換えに、また畜生に落としても構わないぞ」

 すると大御神はやや唖然としたあと、おかしそうに笑った。

「ほっほっほ。そのようなことできようはずもない。そなたを落として後悔するのは、もうウンザリじゃ」


 そうして呼ばれた大龍神は、少年の面差しを残した青年だった。長く豊かな白髪と、黒い瞳の中に映える金環が印象的である。優しく穏やかな表情をしているが、さすがに格別と言われるだけあって威厳もある。姿を現すだけで辺りの空気が清められ、ピンと張りつめるのを肌に感じるほどだ。

 燈月の膝は意識せずとも自然に折れた。その礼に答えるように、大龍神も縁側に正座した。

「朔撚様ですか。お噂はかねがね」

 大龍神は言って、視線を左右に動かした。

「そちらが尋ねられている方は、南です。かなり迷われているようですので、どうぞ導いてやってください」

 燈月は感謝の念を込めて、丁寧に頭を下げた。


***


 燈月を待つあいだ、沙石は生きた心地もなかった。

 こんなことになるのなら、一緒に逃げるのではなく、とどまるよう説得して、ともに辛抱すれば良かったと後悔していたからだ。

 そんな気持ちを察した帝人は、沙石の肩に手を置いた。

「仕方ない。おまえが共にあろうとなかろうと、寅瞳殿はいずれ神殿を出ただろう」

「で、でもよ」

「核は核に加護を与えられない。天位の力を使うにしても限界がある」

「オレがもっと、しっかりしてりゃ」

「おまえに責任はない。寅瞳殿は、グランシールにある時に総神殿を出なかった自分を悔いている。あの時に出ていれば、何か変わったかもしれない。グランシールは滅びずに済んだかもしれない。そんな後悔にさいなまれている。だから今どうなっても悔いはないのだ」

「そんなこと、言ったって」

「果たせなかった思いをひとつ成就するために、巻き込んでしまって申し訳なかった。力を貸してくれてありがとう——寅瞳殿は、そう言っている」

「なんだよそれ。もうお別れみたいな言い方すんなよ」

 沙石は頭を抱えて黙り込んだ。帝人にはこれ以上、慰めようがなかった。妝真が無事に結晶石と結びつき、沙石と寅瞳の負担を軽くしても、始めに言ったとおり、寅瞳が保つのは神殿に帰るまでである。ここにいるよりは長く生きながらえる、というだけのことなのだ。


 燈月は宣言どおり十五分で戻って来た。沙石は妝真の方位を確かめると、早急に念を飛ばして誘導した。妝真は寅瞳が負っている加護の三割中、二割を請け負うことになり、寅瞳はわずかに生気を取り戻した。

「さ、今のうちに」

 帝人が神殿へ戻るよう促すと、神族長らは素直に従った。去り際、燈月は何気なく、不安げな目で帝人を振り返った。そして何事かを悟り、憂えた瞳でうつむいた。


 親しき者の死を受け入れねばならないのが、この世の理。その胸の苦しみから解き放つのが理想郷であるとするなら、人も神も、そして界王も、それを望むであろう。たとえそこにどんな犠牲を払おうとも。


 帝人は、扉の向こうに燈月の背が消えると、静かに目を閉じた。理想郷を目指さねばならないと言う界王の想いに、目覚めたのである。

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