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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第七章 受難
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08【神族・空呈・帝人】その弐

「とにかく帰ったほうがいい」

 帝人は沙石に向かって言った。反発は承知の上だ。それが分かっているので、沙石は余計に不服そうだった。

「あそこにいると心が荒むんだけど」

「だったら部屋にこもって誰の顔も見ないようにしろ」

「なんでオレがそんな陰気な生活送んなきゃなんねーの?」

「天上界が元に戻るまでの辛抱だ」

「いつだよ」

「知るか」

「無責任だぞ!」

「それでもだ! 寅瞳殿のためにガマンしろ。こんなに根源が薄い場所では長くもたん。かといって、強風吹きすさぶ中に身を潜めるわけにもいかぬ。どうせ加護も手伝っているんだろう。この感じからすると、おまえが七割、寅瞳殿が三割というところか」

 沙石は声をつまらせて、自分の胸元をつかんだ。

「そ、そうなんだけど。でも」

「いつか分かってくれる」

「そうかなあ」

「そうだ。今はまだ加護を感じ取れないからこそ理解できないのだ。だがその時は必ず来る。信じろ」

 沙石は帝人の顔を見て、ぷいっと目をそらした。

「ちぇーっ。おまえは本当のことしか言わねえからなあ。くっそう、分かったよ。帰りゃいいんだろ?」

 沙石が折れたので、みな一様に胸を撫で下ろした。そこへ燈月、烈火、槙李、安土の四人が駆け込んできた。

「寅瞳は!?」

 燈月の第一声はそれである。沙石はゲンナリした。

「てめーは寅瞳のことしかねーのかよ」

 その頭に、帝人が手を置いた。

「仕方ないだろう。守り手なんだ」

「ちっ、おめーはオレのことばっかりじゃねーだろ?」

「私がおまえのことばかり考えていたら、気持ち悪いだろう」

「そーだな」

 そんな帝人に、燈月ら四人は茫然と見入った。十中八九男だろうが、女にも見えなくはない。なんにしても美しいその人物に、目を奪われたのである。

「ど、どちら様で?」

 尋ねたのは烈火だ。しかし帝人は無視して、同じような疑問を抱いているはずの燈月を睨みつけた。

「沙石のことは、おぬしに任せたはずだが」

 声と発言とで帝人だと気づいた燈月は、唖然としたあと目を伏せた。帝人の怒りを感じていたたまれなかったのだ。

「申し訳ない」

「申し訳ないで事が収まれば苦労はしない。おぬしも寅瞳殿を失いたくないだろう」

「もちろんだ」

「この試練の期間に核を失えば、世界は界王によって閉じられる。もっとも、流転の理に従えばいつか終わるものだが、終わり方というのが肝心だ」

 燈月は顔を上げて、眉をひそめた。

「それは核を守り、理想郷を目指せば避けられる」

 すると帝人は皮肉げに口の端を上げた。

「守ることすら四苦八苦しているようで、理想郷など目指せるか。それ以前に、私は理想郷を成すことにためらいがある」

「なんだと?」

「それが本当に理想の世界なのかという疑問が生じてしまった」

 意味深長な言葉に、燈月は黙して先を待った。帝人はこの天上界で知らぬ者とてない熱烈な界王崇拝主義者である。その男が理想郷に意を唱えるとなれば、ただならぬ事情があるのに違いなかった。

 が、その先を述べる前に沙石が横やりをいれた。

「ほかに絶対、なにか方法あるって。諦めんなよ」

 帝人は溜め息ついて、沙石のほうを向いた。

「そんな方法があるなら、界王がとっくに試しているはずだ。だが停止と相容れぬ存在であるかぎり、可能性はない」

「誰も界王を救えねえっていうのか?」

「いや、それは——シュウヤという男がいるだろう?」

「え? あいつ?」

「あれは唯一、界王のために存在する者らしい。なにしろ究極浄化を根源とする男だからな。始点界にだってとっくに足を踏み入れているだろう」

「うわっスゲー、それなんか羨ましい。オレも行ってみてーな、始点界」

「死ぬ覚悟があれば行け。止めないぞ?」

「おい」

 かたや、沙石や燈月とのやりとりを聞くうち、銀髪碧眼の人物が帝人だと気づいた烈火たちは、仰天した。しかし分からないことが新たに出てきた。会話に登場した「シュウヤ」という男である。

「誰なんですか? そのシュウヤという者は。究極浄化を根源とする、というのは本当ですか」

 尋ねたのは槙李だ。答えるようにうなずいたのは沙石である。

「図体でかいだけのバカそうな奴だけどな」

「こら。そんなことを言うな」

 即座にたしなめたのは帝人で、沙石はふくれた。

「えー? だって本当のことじゃん」

「それでもダメだ」

「なんで」

「界王にとっては唯一無二の存在なんだぞ? 切実な相手だ。たぶん、公私ともにな。おまえだってそんな相手をけなされたら、いい気はしないだろ」

 沙石はわずかにシュンとなって肩をすくめた。

「ワリい」

「私に謝るな」

「うん、ゴメン」

 素直に謝る沙石を見て、神族長らはまた、帝人に関心を向けた。沙石は、自分たちがどんなにたしなめようとしても、もっともな意見で言い返してくるのが常だ。だが帝人には従順である。それが不思議でたまらなかった。

「帝人殿がいれば、問題はすべて解決しそうだな」

 烈火がぼやくと、沙石が苦笑いした。

「あんたらがもっと人の痛みに敏感なら、オレだって口答えしねえよ」

「我々が分かってないとでも言うのか」

「そこまで言わねえけど、ずっと人の心と向かい合ってた帝人には敵わねえだろ?」

 沙石は小首をかしげ、親指を立てて帝人を指した。それにつられて長らの視線が向くと、帝人はうっとうしそうに目元をしかめた。

「やめろ。心を覗かれたくなかったら、こっちを見るな」

「え?」

「こいつ、透視能力者」

 沙石が解説を入れると、長らはいっせいに目をそらした。

「そ、そんな能力があったとは」

「でもそれいったら、オレらが持ってる能力、界王は全部持ってんだろ? もうとっくに見透かされてると思うけど」

 全員の血の気がサッと引くと、帝人が苦笑いした。天位二や三を得ているような神ですら、やましいことのひとつやふたつ持っているというわけだ。

「まあとにかく、すぐに帰そう。寅瞳殿の意識が危うい」

 帝人が注意すると、みな気を引き締めた。

「あ、危ういって?」

 焦る沙石の頭を、帝人はクシャクシャと髪をかきわけるようになでた。

「大丈夫だ。神殿まではもつ」

 沙石は急いで寅瞳のそばに寄った。

「おい、加護を切れ。当分はオレひとりで大丈夫だからさ」

 それから帝人を振り返った。

「なんて答えた?」

 すると帝人は首を横に振った。

「結晶石との結合が上手くいきすぎたので、簡単に切れないらしい。さっきから努力はしているようだが」

 結晶石とは、世界の中心にある淡い緑色をした宝玉で、世界を形成するために界王が紡ぐ理を巻き取ると言われている。核はそれを軸に加護の力を発揮するのだ。通常はその世界に属する核でなければ結びつかないのだが、どうやら天上界の結晶石は、よその核をも受け入れる許容量を有しているようだった。

「マジかよ。くそっ! せめてもう一人いれば」

 そのとき、沙石の声に答えるように、ひとつの意識が帝人に向かって飛んで来た。帝人はゆっくりと目を見開き、相手を探った。

「いるぞ、一人」

「え?」

「結晶石を見つけられないようだ。この辺りをさまよっている」

 沙石は反射的に帝人の腕をつかんだ。

「そいつ、誰だよ! 早く探してくれ!」

「待て。焦るな。面識がなければすぐには分からん」

 帝人は神経を研ぎすませ、核の意識を追った。

 姿と年齢、名前、それらを確かめるのに、五分ほど要した。そして帝人は空呈を見た。

妝真(しょうま)だ」

 空呈は目を丸めた。

「妝真? 再挧真の子の?」

「ほかに誰が? それにしても、貴殿の甥は確かまだ——」

「赤子ですよ」

「だろうな。申し訳ないが、おぬしは宮殿へ戻って、妝真の様子を見ていてくれ」

「見て、どうしろと?」

「三時間ほどしたら強引に起こせ。意識が戻らなくなったら大変だ」

「も、戻らなくなるんですか?」

「結晶石にたどり着かなかったらな。だが心配はいらない。沙石に誘導させる」

 帝人は言って、沙石を見据えた。

「できるな?」

 沙石は強くうなずいた。

「ああ。やってやるぜ」

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