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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第七章 受難
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05【沙石】

 帝人が猛吹雪の中を歩いているさなか、強風が吹き荒れる東の地では沙石が暴れていた。

「今度なんか言ったらただじゃおかねー!」

 沙石が殴り倒したのは、六位から十位の上位天位者で、大人ばかり八名だ。いかに三位とはいえ、子供の身でありながら、それなりに鍛えてある大人をステゴロでやっつけるというのは、かなりのものだ。が、感心している場合ではないのが同位の長たちだ。

「なにをやってる!」

「落ち着いて! 訳を話しなさい!」

 慌てて駆けつけた風門と泉房に止められて、沙石はようやく拳をといた。

「こいつらっ、天位がないからって寅瞳のことバカにしやがって!」

 風門と泉房は目を丸めて、腹や頬を押さえながらうなっている連中を見た。するとそのうちの一人が苦笑いして言った。

「核なんて昔の話じゃありませんか。それも今は剥奪されて、ただの人。そんなのに神殿内をうろつかれちゃ目障りなんですよ」

「……それは皆の意見か?」

 風門が問うと、だんまりを決め込もうとしていたふうの数人が身を乗り出した。自分たちの主張を認めてもらおうという意気込みである。

「そうです! ここは我々が死ぬような努力をして天位を得、守って来た砦。それを、無天位者に支配されていいとお思いですか!?」

「だから! そんなこと、これっぽっちもしてねーじゃねーか!」

「代表に取り入っている!」

「取り入ってんのは燈月のほうだっつーの!」

「ほら! もうやめろ! 沙石、おまえは黙ってろ! 喧嘩になる」

 風門が一喝すると、双方が鎮まった。それを確認して、風門は肩で大きく息をし、八名の上位天位者を見据えた。

「寅瞳殿は極めて謙虚だ。おまえたちが心配するようなことにはならん」

「ほらみろ〜」

「黙れ」

 沙石の横やりをたしなめて、風門は再び諭した。

「寅瞳殿は長い間、一人で世界を守っていた。ゆえに今は休息が必要なのだ。界王はその心づもりで天位を授けていないというだけのこと。沙石の言うように、ただ無天位者というだけで嫌悪し罵倒するのはよろしくない。おまえたちが四位や五位を得られないのも、表面をかじった知識だけですべてを悟った気になり、人を邪険にするような低俗な思考が残っているからだ。相手が何者であれ、まず尊重しろ。あれこれ語るのはそれからだ」

 八名の上位天位者は身をちぢめてうなだれ、沙石は嬉々とした。

「うおー、いいこと言うじゃん。界王に怒られて、ひと皮むけたんじゃねえの?」

 すると風門は皮肉げに笑った。

「まあな」


 とはいえ、寅瞳を理解しない上位天位者と沙石のイザコザは跡を絶たなかった。しかし喧嘩をするたび勝利を収めるのは沙石で、ついには沙石自身が直接の的になることもあった。それは、いくら口で諭しても、思うように核の摂理が浸透しないということの表れでもあった。

「いかに核であり、天位三であっても、周囲の反感を買うような行動は慎むべきだ」

 長の会議にて烈火が言うと、沙石はふてくされた。

「一見まっとーなこと言ってっけどよ、おっさん。理不尽なこと言って来るアイツらが悪いんだぜ。それを黙ってこらえろなんて言うんじゃねーよ。お互い腹ん中で憎み合ってても、上っ面だけヘラヘラしてれば万事うまくいくなんて考えが常識人のすることで大人だっつうんなら、オレは一生、大人になんかならねーし、非常識人で結構だぜ」

「火に油を注いでいるだけだ。それが分からないのか?」

「アイツらだって言いたい放題じゃねーか。それにオレは言われたら言い返してるだけで、自分から仕掛けたことなんかねーよ。だったら最終的に出るのは手だろ? 黙って分かってくれる連中じゃなかったら、なおさらだ。理解し合えるまで、とことんぶつかるぜ、オレは」

「しかしな」

「うっせーよ! これ以上なんか言ったら、役目放棄すっぞ」

 その発言に青くなったのは、核の摂理をよく知る燈月だった。

「待ってくれ。さすがにそれは困る。いまやめられたら——」

「やめねーよ。ちょっと頭に血がのぼっただけじゃねーか。ビビんなよ。つーか役目のこと、誰にも言うなよ?」

「……なぜだ?」

「そのために媚売られんのは、悪態つかれるよりキツイから」

 燈月は口をつぐんだ。沙石の気持ちが分かったような気がして、言葉を失ったのだ。

 そのまま会議はお開きとなり、沙石は部屋へ戻った。会議室に残った長らは、すっかり黙ってしまった燈月をしばらく見つめていた。

「どうかされましたか」

 やっと口火を切ったのは、泉房である。燈月は顔を上げて苦笑した。

「沙石は、誰も取りこぼさず守りたいと思っているのだ。そう思うからこそ、理解されたいと願っている。損得などなしに、心から…… そんなことを追い求める少年に、何を言えばいい。今も必死なはずだ。この最悪な環境で死傷者が出ていないのは奇跡じゃない。核の加護があるからだ。それなのに」

 燈月の言葉に、長たちはざわめいた。

「つまり——彼が核をやめると?」

 泉房は震える声で問いかけ、息を飲んだ。燈月はそれに応えるように、頭を抱えた。

「加護が消え、天上界は地獄と化す。辺りには屍の山が築かれるだろう」

 烈火が驚いて立ち上がった。

「大ごとではありませんか!」

「心配するな。沙石は何があってもやめない」

「言い切れるのですか!?」

「言い切れる。核とは慈愛の塊だ。表向きはどうだろうと、中身は至高の神だ。己の命を削ることになっても、人々を守る。そういうものだ」

「そ、そのわりには、かなりの人数を殴り飛ばしているが」

「殴り飛ばしてでも理解させたいのだ。核の摂理を。万が一にも世界が崩壊、などという事態に陥れば、界王の選別が始まる。核の摂理を理解していない者は振るいにかけられて落とされる可能性が大だ。沙石は、それを阻止しようと努めているのだ」

 長らは息をのんで、互いに視線を交わし合った。

「しかし、沙石殿が基本的に問題にしているのは、核がどうこうというより、寅瞳殿のことで」

「彼も核だ」

「昔の話です」

「本質の話をしている。界王の視点で見れば、核は核。どの世界にいようと区別はない」

「では、それを皆に伝えれば……」

「核の摂理に対する理解が先だ。言っただろう。そのために媚を売られるのは嫌だと。なにより恐怖心が勝ってはならないのだ。恐怖が先に立つ理解は真の理解とみなされず、結局ふるい落とされることになる」

「では、どうすれば」

「たとえふるい落とされることになっても、核を守れたらそれで満足だ、という域まで達するほど理解しなければならない」

 泉房が眉をひそめた。

「あなたは、そうできたら満足ですか?」

 燈月は顔を上げた。

「もちろんだ。そうすることでしか、恩を返せないからな」

「恩?」

「人一人が、ケガや病を乗り越えながら一生を生き抜くのは骨が折れる。まして天上人は寿命が長い。途中、どんな残酷な死を迎えても不思議ではない。だがそうはならない。みな苦しいと言いながらも、なんとかやっている。天位を得ようと自ら苦行に挑む余裕さえある——最低限の命は保証するという核の加護があるからだ。誰も気づいていないがな。反面、その恩に報いる機会など、そうそうない。こっちは恩恵を授かるばかりで、なにもしてやれないのが現実なのだ」

 燈月は言って、立ち上がった。

「まあ、核の摂理を知らず、天位制度中心に発展してきた世界だ。時間はかかるだろう。だがいずれ、加護の力を感じ取れるようになる。そのときが勝負だ」


***


 一方、相変わらず喧嘩して帰った沙石を、寅瞳は心配そうに迎えた。

「大丈夫ですか? 私のことなら、もういいんですよ? 近いうちに出ますから」

「はあ!? なに言ってんだ?」

「毎日こんなふうに敵を増やしていいわけがありません。私がいなければ、彼らも文句ないんでしょうから、それで解決するなら」

「バッカ野郎! そんなこと、二度と言うな!」

「でも」

「でもじゃねえ! わかってんだぞ!?」

「え?」

「こんな劣悪な環境、熱ひとつ出さずにオレ一人で守れるわけねえ! おまえが手伝ってることくらい、わかるっつーの! ここで出てったら、おまえ——死んじまうぞ」

 寅瞳は困ったように笑って、うつむいた。

「それはそれで、仕方ありませんよ」

「アホかい! 仕方ねーわけねーし!」

「でも」

「でもはなし! 言っても聞かねえなら、オレも出てく!」

「えっ!?」

 寅瞳が驚いて顔を上げると、沙石がまっすぐに見据えていた。

「同じ神界の祠に住んでた仲間じゃねーか、オレたち。どんなつらいことも、一緒だった。究極に分かり合えんのは、結局ほかにいないんだぜ。ここで助け合わなくちゃ、ダメになっちまう。違うか?」

「だ、だけど」

「オレならへーき。頑丈にできてっから。おまえ一人くらい守ってやれるし、領地の境ギリギリまで行けば、帝人とも連絡取れるかもしんねーし」

 寅瞳はハッとした。

 ここには燈月がいる。だがそれで安心しているのは自分だけなのだ、と。沙石の最も信頼する守り手は、帝人しかいないのだ。そんな相手と遠く離れて、いつ終わるともしれない厳しい季節と戦うのは心細い。その心細さを誰よりも知っているのは、ほかならぬ自分ではないか、と。

 寅瞳は強い眼差しで、沙石の目を見つめ返した。

「行きましょう。喧嘩ばかりしていたって、いいことありませんしね」

「おう!」

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