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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第七章 受難
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04【帝人】

 一方、朝が来ることのない北の城では、帰りの遅い帝人を皆が心配していた。過労で倒れたのではないかという心配もあるが、尽きかけている燃料も気になる。

「あと一時間しても戻らぬ場合は、我々が交代で燃料を運び入れるしかないな」

 虎里が言うと、琴京が眉尻を上げた。

「捜索は?」

「無理だろう。探しに出た者をまた探しにゆかねばならなくなる」

「帝人殿は見殺しか」

「人聞きの悪いことを言うな。俺だって助けになれば探しに行く。だが……」

 うつむく虎里の腕に、成柢がそっと手を置いた。

「この吹雪だ。動きがとれるようになるまで、どこかに身を潜めているのやもしれぬ。無事であることを信じようではないか」

「ああ……」

 一同はいっとき静まり返った。刻まれる時が身に迫るようで、息がつまる。

 そんな沈黙に耐えられなくなったのか、琴京がふと呟いた。

「そういえば帝人殿は季条との仲がすこぶる悪いが、過去に何かあったのか?」

 成柢は琴京をちらりと見やった。

「なぜ今それを問う」

「いや、なんとなく疑問に」

「馬が合わないだけだろう」

 と言ったのは虎里だ。そばで話を聞いていた悠崔もそう思っていた。否、おおかたの者がそう認識していた。しかし——

「最初は季条が一方的に敵意を抱いていただけであろう?」

 と成柢が言うので、皆は首をかしげた。

「なにゆえに」

「なにゆえと言われても、季条はあのとおりの女だ。美しい男を目の敵にしている。帝人殿はそれこそ、界王様がいなければ右に出る者はない美しさだ。それについてイヤミを言われ続ければ、帝人殿とて嫌になるだろう」

 これには全員が目を丸めた。

「美しい? 帝人殿が?」

「なんだ、知らぬのか。まあ、ほとんど顔を隠してしまっているからな。無理もないが——闇王の称号を得る前は氷霜のような銀髪で、それはそれは美しかった。あの頃のように顔を出せば、今でも美しいはずなのだが」

 成柢の言うことに、みなは唖然茫然とした。そして琴京は急にソワソワした。

「やはり探しに行こうか」

 などと発言したことについて、厳しい目を向けられる始末である。

「……ともかく、帝人殿が理由もなく人を嫌う男ではないということは判明したな」

 虎里はそう締めくくって、また猛烈に吹雪く窓の外を見た。そして、休みなく働いている身にはこたえるだろうと、帝人の身を案じた。


***


 その帝人は今、帰路についていた。泰善に礼を言い、早々に引き上げたのだ。「もう少し休んで行け」と言われたが、燃料が気になると言って断り、小屋を出たのだ。

 泰善は責任を感じることはないと諭すが、帝人自身が同胞を失えなかった。雪に閉ざされたこの闇の世界で、一人残される恐怖は計り知れない。少なくとも、泰善のように割り切って孤独を受け入れる余裕などなかった。

 否。泰善は耐えられるわけではない。だが耐えてみせるつもりなのだ。この世界に生きる者たちのために払う犠牲なら、ためらわないのである。

「ひどい代償だな」

 帝人は頭部に巻いた布の中で呟いた。

 死を恐れぬ世界を手に入れるためとはいえ、それはあまりに大きな犠牲だ。神々が天位一位を目指しているのは、ひとえに界王を想うからだ。だが一位を手にしてやらなければならないのは、理想郷の確立である。その確立が、界王に関する記憶の一切を消し去ることだと知って、これまで通り理想郷を望めるのか——帝人は不安だった。

 顔を覆い隠した布の下は今、氷霜のような銀髪である。闇王の称号を剥奪されたのではない。泰善の手によって封印されていた透視能力が解放されたのだ。しかし帝人に泰善の心を読むことはできなかった。心を不可視にしているのだ。

「俺の心など視るな。視ても何もない」

 泰善は苦笑まじりに言ったが、帝人には分かった。傷だらけの心ゆえ、隠さねばならないのだと。

「その力で再び人々の心の闇と向かい合い、精進しろ。一度も闇を見ない者に、愛が何たるかを悟ることはできない」

 そう言われて、帝人はうなだれた。


***


 燃料も尽きかけた城の広間では、決死の覚悟の中、虎里が立ち上がった。

「燃料を取って来る」

「気をつけて行くのだぞ?」

 成柢の言葉に虎里はうなずき、頭部に防寒用の布を巻き付けて扉を開けた。

 が、ちょうどそこへ帝人が帰って来たので驚いた。帝人はすでに燃料を手にしている。

 帝人のほうも驚いて、しばし茫然と虎里を眺めた。顔を覆い隠しているので、誰か分からなかったのだ。しかし背格好と声ですぐに判明した。

「無事だったのか」

「ええ……どこへおいでですか?」

 虎里は自分の顔に巻いている布をはぎ取り、思わず怒鳴った。

「おぬしが帰らぬから、燃料を取りに行くつもりだったのだ!」

「ああ、申し訳ありません。行き倒れになって、しばらく意識がなかったものですから」

「なっ!? なんだと! 大丈夫なのか!?」

「はあ。ですからこうして」

「とにかく、中へ入って暖を取れ」

「ではお言葉に甘えて」

 帝人は皆にうながされながら奥へ進み、燃料を継ぎ足した。それから暖炉の一番前に腰を下ろした。

「マスクを取ったらどうだ?」

 外出する格好のままでは落ち着きなく感じた悠崔が言うと、帝人は首を横へ振った。

「すぐに施設を回りませんと」

「少しは休め」

「いいえ。そんなわけには。それに今、ちょっと外せない事情が」

「……なんだ?」

「透視能力を解放されまして——といっても称号はそのままですが。なにしろ髪の色が生来のものに戻ってしまったので、うっとうしいのです」

 悠崔は驚いたあと、呆れた。

「銀色に?」

 帝人は布の中で訝しげにした。まっさきに質問されるのは透視能力のことだと思っていたからだ。

「ええ、まあ」

「何故うっとうしいのだ?」

「うっとうしいものは、うっとうしいのです。そのうち切りますから」

「いま切ってやろうか」

 と言ったのは成柢だ。

「腕は確かだぞ? おぬしの昔を知っておるしな」

 帝人は成柢のほうを向いて溜め息ついた。

「ここで?」

「遠慮するな」

 成柢はニッコリ笑うが、帝人には意地悪な微笑にしか見えない。帝人はすっくと立ち上がり、

「遠慮します」

 と、ひとこと言いおいて、早々に広間を出た。施設を回って来るつもりなのだ。

 帝人を見送った成柢は軽く肩をすくめた。

「相変わらずよの」

「おぬしは知っているのか。奴がうっとうしいと言うわけを」

 琴京の質問に、成柢は再びニコリと微笑んでうなずいた。

「美しい髪だからな。よく光を反射する」

 ようするにキラキラとしてうっとうしいのだ。答えを聞いた皆は呆れ、ますます帝人の素顔を見たくなってしまった。

「いつか見られるんだろうな」

 そんな琴京の不満にも、成柢は笑って答えた。

「また元の天上界に戻れば、否が応でも」

「元の天上界か……」

 悠崔が呟き、辺りはまた静まり返った。

 界王の不興をかった当事者らである。青の鳳凰を肩に乗せて悠然と立ち、恐ろしい宣告をして、空気中にかき消えるように去った泰善。その姿を目に焼きつけた彼らには、かつての世界が永遠に訪れぬ未来に思えた。それどころか、明日の命もあるか分からないのだ。

「いつまでも帝人殿一人に頼るわけにはいかん。これからは少しでも、我々が交代で燃料を調達できるよう対策を練ろう」

 虎里の意見に、みなは慎重な面持ちでうなずいた。

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