04【飛鳥泰善】
帝人らが旗揚げしたことを受けた魔族は、ただちに飛鳥泰善を拘束し、虎里を話し合いに向かわせた。城における天位者の剣は今すべて、泰善に向けられている。その銀色の波を分け入るように、魔神・覇碕悠崔は泰善の前に進み出た。
「おまえが印を解き、燈月を逃したのは明々白々。何か申し開きはあるか」
手を上げろという命令にも耳を貸さず、数百の剣先を向けられながらも自室のイスに座り堂々と背を預けている泰善は、不敵に笑った。
「何事かと思えばそんなことか。暇だな」
「貴様! 無礼であろう!」
滃滑基結が憤った。悠崔はその胸元を抑え、冷静に制した。
「帝人までかどわかすとは、恐ろしい男だ。どんな手を使った」
「燈月を自由にしてやってくれと頼まれただけだ。確かに、三種族が均衡を保つことは訴えているが、強制した覚えはない」
「貴様がいい顔をすれば、誰でもほだされるのではないか?」
泰善は眉根を寄せた。
「顔のことは言うな。不愉快だ」
そこへ報告が入った。虎里より先に空呈の屋敷を訪問した風戸らが長を引き連れ、やって来たのである。
神族長らは、悠崔が泰善と対峙する場へ通された。彼らはなにやら物々しい雰囲気に戸惑っていたが、天位三の風格を備えて、悠崔と向かい合った。
「前世の縁か何かは知らぬが、闇王によって燈月殿がそそのかされたのは間違いない。特に、飛鳥泰善。この男は魔族の雇用下にある。そちらの管理責任が問われることは覚悟してもらいたいものだな」
風門の言葉に、悠崔は唸った。
「なにを言う。そそのかしたのは燈月殿のほうではないか」
「はっ。冗談じゃない。そもそも、泰善の付人という少年が問題なのではないか。かつて燈月殿が多大なる信頼を寄せていたらしいというのに、泰善の思想にすっかり洗脳されている。その少年ともども城へ引き入れたのが間違いだ。魔剣欲しさに目が曇ったか」
「おのれ! これ以上侮辱するとただではおかんぞ」
滃滑は剣先を風門へ向けた。それを悠崔は再び止めた。
「落ち着け、滃滑。首をとらねばならんのは、その男ではない」
悠崔は言いながら泰善へ目を向けた。神族長を含むほかの面々も同様である。
「我々魔族は、新勢力の旗揚げを認めぬ。責任の所在がどこにあろうと、この手で必ず潰す」
「同感だ」
と、うなずいたのは神族長らだ。
「たとえかつての同志、同胞を討つことになっても、これ以上勢力が増えて混乱が起こることは避けねばならぬ」
その言葉に、泰善の眉がピクリと動いた。
「討つだと?」
「そうだ」
答えたのは悠崔だ。
「闇王を失うのは痛いが、やむをえん」
泰善は、妙なところで意見が一致している魔族と神族を同時に眺め、舌打ちした。
「闇王を討つことはできまい」
悠崔は眉尻を上げた。
「なんだと?」
「闇王の称号を誰が与えたのか、忘れたわけじゃないだろう」
「……忘れるものか。しかし剥奪されるのは時間の問題ではないか」
「剥奪?」
「己の宿命と本分を放棄した者にいつまでも与えておくほど、界王も寛容ではなかろう」
悠崔の言いように、泰善はフッと笑った。
帝人の宿命とは魔族として生を受けたことであり、本分とは天位五位として務めることである。しかしそれらは、それぞれの政権を守るためのものと、都合良く解釈されているのに他ならない。
その感情が気分を逆なでし、哀しくさせるのだ。ゆえに泰善は結論をつけた。
「それもそうだ。天上界を理想郷に導くという本来の目的を差し置いて、覇権争いしている連中に、このゆるい世界を与えておく義理はない」
「——は?」
一瞬、誰も事の重大さを把握できなかった。だが次の瞬間には理解した。天井から突如として現れた青の鳳凰が、泰善の肩に止まったからだ。
泰善は悠然と立ち上がった。
「そんなに互いが邪魔なら分けてやろう。顔を見なければ憎しみもわくまい。使族には夜のない灼熱の世界を。魔族には朝の来ない氷河の世界を。神族には風の吹きすさぶ砂漠の世界を。ひとつの力の根源だけではこの世も秩序も成り立たぬことを思い知るがいい」