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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第六章 立命
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03【飛鳥泰明】

 この世で初めて天位一位を授かったという男の話を、みなシンとして聞いた。顔に血の気はない。そんな中でシュウヤが苦笑いした。「究極浄化を使う者」というのが、ほかならぬ自分のことであるからだ。

「普通に当たり前で悪かったなあ」

 すると泰明は溜め息ついた。

「そう見えると言っただけだ」

 これには全員驚き、沙石が声を上げた。

「究極浄化が使えんのか!?」

「お、おう」

「信じらんねえ。なんかバカそうなのに」

「こらこら。けどまあ、ジアノスも俺だと知ったら怒り狂っただろうな」

「否定しねえのかよ。てか、じあのす?」

「カーンデルの最後の名前」

「最後って……」

「始末した」

 と言ったのは泰明だ。サルビアを壊し、核を惨殺し、再挧真の翼をもぎ取り、ふたたび一世界を崩落の危機にさらしたのだから、さすがにもう許せなかったと告白したのである。

「どんな悪にも善を知る機会は与えられるべきだ。なぜなら、今は美しく崇高な魂も、最初は穢れていたからだ。どの魂にも畜生から人に、人から神になれる可能性がある。ゆえに、浄化するキッカケを与え、善と愛を説いてやらねばならない。だがカーンデルは自らその機会を遠ざけた。闇が深すぎたのだ」

 淡々と語る泰明を、沙石は凝視した。緊張で身体が固くなっているのを自覚しつつも、言葉だけはスルリと口からこぼれた。畏怖よりも、知識欲がまさったからだ。

「始末って?」

「魂の消滅。無への転換だ」

 つまり、存在そのものをこの世から抹消したという意味である。みなは一斉にゾッとした。

「そんなことまで、できんのか?」

 沙石が尋ねると、泰明は薄く笑った。美しい顔にその笑みは犯罪である。殺人的な魅力と得体の知れぬ恐怖に、誰もが震え上がった。

「過去はともかく、おまえ達が直面している問題は、このまま戦争を起こすか、三種族が協力して核の摂理を唱えるかだ……が、どうするにしても、しばらく時間がかかりそうだな」

 泰善と思考の一部を共有している泰明は、何事か感知したように呟いた。焦って身を乗り出したのは沙石だ。

「え、なんで?」

「たった今、本体が決定した」

「なにを?」

「世界を分かつ」

「——は?」

「誰が逆鱗に触れたか知らないが、本体が決定したことは(くつがえ)らない。残念だったな」

 泰明はおもむろに席を立った。シュウヤも合わせて立ち上がる。不吉な台詞に誰よりも蒼白くなったのは虎里だ。

「お待ちください。世界を分かつとは、どういうことですか」

「この天上界を三つの世界に分けるのだ。各種族に一つずつ与える。そこで互いの力の根源がない世界がいかに不自由なのか思い知るといい、ということらしい」

 虎里は慌てて立ち上がり、早々に帰り仕度をした。そこへ帝人が声をかけた。

「どうするおつもりで?」

「とにかく話をしてみる。許されるなら謝罪せねば」

 帝人は泰明を見て、また虎里に視線を戻した。

「精霊でも構わないのでは」

「状況までは分からんのだろう。城に戻って事実の確認をしたい」

「覆らないと言わなかったか?」

 そう横やりを入れたのは泰明だ。みなの目が向いた。泰明は不敵な笑みをたたえて、腕組みをした。

「本体が一度決めたことは、どうあがいても、どうにもならない。思考がそのまま理に影響するからだ。すでに記述は書き換えられ、分裂に向けて動いている」

「記述?」

 泰明は左手を上げ、指を鳴らした。すると辺り一面に不可解な文字や記号が現れた。おびただしいほどの数だ。金色に輝くそれらは、壁に、床に、あらゆる物に、びっしりと刻印されている。

「な!? なんだ、これはっ」

「理だ。通常おまえ達の目には見えない。本体の思考で生み出される理は文字や記号としてこの世に刻まれ、物を形作り、時を動かすのだ。修正や改変を施すときは、やはり本体の思考にて打ち消し、書き換えられる」

「じゃ、また書き換えてもらえばいいんじゃね?」

 軽く言う沙石を、泰明は呆れた顔で見やった。

「戻すには理を修復せねばならん。修復は少なからず痛みを請け負う。精霊の俺がこんな状態で請け負えばどうなるか、考えていないわけではないだろう。ということは、そうとう悩んで決めたことだ。書き換えるなんて相談に応じるはずがない」

「そんな」

 虎里は絶望して、ふたたびソファに腰を落とした。

 飛鳥泰善は魔族の城にいる。逆鱗に触れたのは十中八九、魔族における上位天位者の誰かに違いないのだ。心中は穏やかでなかった。

 それを気の毒に思ったシュウヤが、発言した。

「ダメもとで、俺から頼んでみようか」

 虎里は目をやった。究極浄化を力の根源とする希有な人物らしいが、天位は視えない。こんな男の話に界王が聞く耳を持ってくれるのだろうかと、訝った。

「おぬしの話なら聞くというのか」

 率直に問うと、シュウヤは自信なさげに泰明を見た。

「どうだろう?」

 泰明は苦笑いした。

「事が事だけに、期待薄だな」

「やっぱり?」

「試練には意味がある。過酷な世界で学ぶことが天上人のためと思えばこそした決断だろう。嘆くことはない」

 シュウヤは虎里に向き直った。

「だそうだ」

 虎里は、肩を落としてうなだれた。その姿に心を痛めたのは帝人だ。帝人はそっと虎里の背に手を当てた。

「まだ魔族の上位天位者が原因と決まったわけではありません」

 帝人の手のぬくもりと慰めの言葉に、虎里は震えた。

「ああ、そうだな。とにかく確かめに戻る。おぬしはどうする?」

 帝人は戸惑って沙石を見た。すると沙石は強い眼差しでうなずいた。

「一緒に行ってやれよ」

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