02【カーンデル】その弐
カーンデルがサルビアを滅ぼしたのは間もなくしてからだ。
宣教師による民の大虐殺。悪夢の一日である。
森は赤く燃え、大地は血に染まり、すべての生命が根絶やしになった。理想郷を確立することが可能である一方、たった一日で世界を崩壊させることもできる力——それが天位一位の力だった。
異変を感じてサルビアへ降りた泰善は、言葉をなくした。いっそう輝く世界へと生まれ変わっているはずが、死に絶えてしまっているのだ。その現実を受け止めるには、時間がかかった。
しかしやがて一歩ずつ前へ進み、子供一人でも、鳥の一羽でも、花一輪でも生き延びていないかと、方々さがしまわった。
息吹はどこにも感じられなかった。空も、山も、海も、大地も。すべてが黒く燃え尽きて見る影もない。死臭ただよう道と光のない世界である。
泰善は絶望し、悲嘆に暮れた。
それから、カーンデルを捜した。
教会が建っていたはずの場所へ辿り着くと、死の印章があった。核が死んだ時、地に刻まれる円形の紋様である。死因は紋様から読み解くことができる。
泰善はそっと手を触れ、ローレンの最後の思念を感じ取った。
恥辱と苦痛にまみれた死の刻。
あまりの残忍さに、泰善の指先が震えた。
「裏切ったな、カーンデル」
低く唸って吐き捨てると、焼けこげた柱の影からカーンデルが姿を現した。
「心外です。裏切ってなどおりません」
「核まで殺しておいて、何を言う」
「その女はあなた様に邪な心をいだいておりました。ですから始末して差し上げたのです」
泰善は驚いて目を見開いた。
「邪なのはオマエのほうだろう。俺に心を隠してはおけないぞ」
カーンデルは口元をゆがめた。
「私は純粋にあなた様をお慕い申し上げております。この愛に応えてくださるなら、サルビアより素晴らしい世界を築いてご覧にいれましょう……二人きりの、素晴らしい世界を」
泰善は、醜くよじれたカーンデルの想いに背筋を凍らせた。
「愚かな」
その呟きに、カーンデルは眉尻を上げた。
「愚か? 私が? この私ほどあなた様にふさわしい神はいません。だからこそ一位を授けてくださったのでしょう? それを愚かだなどと」
ともすれば鼻で笑い飛ばしそうに言うカーンデルを、泰善は不快に思いながら見やった。
「核だろうと一位だろうと、それは世界の幸福のために存在するものであり、俺のためにあるのではない。俺のために存在するのは唯一、究極浄化を力の根源とする者だ。おまえではない」
きっぱりと言い放つ泰善に向かい、カーンデルは毛を逆立てた。
「あなた様のためにすべてを成し遂げられるのは私だけです! 私こそ唯一無二です!」
「いいや。おまえであるはずがない。民の愛を裏切るようなおまえが、どうしてすべてを成し遂げられようか」
泰善は腕をのばし、手をかざして空中より黄金の剣を取り出した。それをまっすぐ地へ突き立てると、足下に直径五十メートルほどの円形の鉄扉が現れた。地獄門である。鬼の顔や炎の紋様が彫刻されており、重厚な黒い輝きを放っている。
カーンデルは目を剥いて開きかかった門扉を見つめた。対する泰善の美しい顔は、無表情である。
「更生の場をやろう。地獄へ行き、サルビアの人々が味わった恐怖と痛みをその胸に刻め」
泰善が言い終わると同時に、門扉は一気に開いた。
カーンデルは堕ちながら、断末魔の叫び声を上げた。
「私以外にいないのだ! 待っていろ! 必ずいつか……いつか!」
***
しかしカーンデルは生まれ変わっても執着を残し、再挧真を殺した。その美しい羽根が、究極浄化を力の根源とするように見えたのだ。
泰善は再挧真を蘇生し、再びカーンデルを地獄へ落とすとき、告げた。
「究極浄化を使う者は、その力を美として表に現すことはないだろう。それはあたかも普通で、当たり前に存在する何かに違いないのだ」