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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第六章 立命
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02【カーンデル】その弐

 カーンデルがサルビアを滅ぼしたのは間もなくしてからだ。

 宣教師による民の大虐殺。悪夢の一日である。

 森は赤く燃え、大地は血に染まり、すべての生命が根絶やしになった。理想郷を確立することが可能である一方、たった一日で世界を崩壊させることもできる力——それが天位一位の力だった。

 異変を感じてサルビアへ降りた泰善は、言葉をなくした。いっそう輝く世界へと生まれ変わっているはずが、死に絶えてしまっているのだ。その現実を受け止めるには、時間がかかった。

 しかしやがて一歩ずつ前へ進み、子供一人でも、鳥の一羽でも、花一輪でも生き延びていないかと、方々さがしまわった。


 息吹はどこにも感じられなかった。空も、山も、海も、大地も。すべてが黒く燃え尽きて見る影もない。死臭ただよう道と光のない世界である。

 泰善は絶望し、悲嘆に暮れた。

 それから、カーンデルを捜した。


 教会が建っていたはずの場所へ辿り着くと、死の印章があった。核が死んだ時、地に刻まれる円形の紋様である。死因は紋様から読み解くことができる。

 泰善はそっと手を触れ、ローレンの最後の思念を感じ取った。

 恥辱と苦痛にまみれた死の刻。

 あまりの残忍さに、泰善の指先が震えた。

「裏切ったな、カーンデル」

 低く唸って吐き捨てると、焼けこげた柱の影からカーンデルが姿を現した。

「心外です。裏切ってなどおりません」

「核まで殺しておいて、何を言う」

「その女はあなた様に(よこしま)な心をいだいておりました。ですから始末して差し上げたのです」

 泰善は驚いて目を見開いた。

「邪なのはオマエのほうだろう。俺に心を隠してはおけないぞ」

 カーンデルは口元をゆがめた。

「私は純粋にあなた様をお慕い申し上げております。この愛に応えてくださるなら、サルビアより素晴らしい世界を築いてご覧にいれましょう……二人きりの、素晴らしい世界を」

 泰善は、醜くよじれたカーンデルの想いに背筋を凍らせた。

「愚かな」

 その呟きに、カーンデルは眉尻を上げた。

「愚か? 私が? この私ほどあなた様にふさわしい神はいません。だからこそ一位を授けてくださったのでしょう? それを愚かだなどと」

 ともすれば鼻で笑い飛ばしそうに言うカーンデルを、泰善は不快に思いながら見やった。

「核だろうと一位だろうと、それは世界の幸福のために存在するものであり、俺のためにあるのではない。俺のために存在するのは唯一、究極浄化を力の根源とする者だ。おまえではない」

 きっぱりと言い放つ泰善に向かい、カーンデルは毛を逆立てた。

「あなた様のためにすべてを成し遂げられるのは私だけです! 私こそ唯一無二です!」

「いいや。おまえであるはずがない。民の愛を裏切るようなおまえが、どうしてすべてを成し遂げられようか」

 泰善は腕をのばし、手をかざして空中より黄金の剣を取り出した。それをまっすぐ地へ突き立てると、足下に直径五十メートルほどの円形の鉄扉が現れた。地獄門である。鬼の顔や炎の紋様が彫刻されており、重厚な黒い輝きを放っている。

 カーンデルは目を剥いて開きかかった門扉を見つめた。対する泰善の美しい顔は、無表情である。

「更生の場をやろう。地獄へ行き、サルビアの人々が味わった恐怖と痛みをその胸に刻め」

 泰善が言い終わると同時に、門扉は一気に開いた。

 カーンデルは堕ちながら、断末魔の叫び声を上げた。

「私以外にいないのだ! 待っていろ! 必ずいつか……いつか!」


***


 しかしカーンデルは生まれ変わっても執着を残し、再挧真を殺した。その美しい羽根が、究極浄化を力の根源とするように見えたのだ。

 泰善は再挧真を蘇生し、再びカーンデルを地獄へ落とすとき、告げた。

「究極浄化を使う者は、その力を美として表に現すことはないだろう。それはあたかも普通で、当たり前に存在する何かに違いないのだ」

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