06【飛鳥泰明】その参
結局、空呈は二人を引き連れて応接間へ戻った。みな色々言いたいような顔をしていたが、とにかくこれ以上の面倒はゴメンとばかりに押し黙った。
そんな中、虎里が一拍おいて泰明に尋ねた。
「一方で魔神を指導し、もう一方でこの組織の立ち上げに協力するという行動の理由を聞かせてもらおうか」
「どちらも三種族の均衡には欠かせない」
泰明は泰善らしい答えを出した。
シュウヤとそろって虎里の真向かいに腰かけている。体調が良くないというので、沙石と寅瞳がソファを譲ったのだ。しかしシュウヤに肩を抱かれている姿は、若干みなの目のやり場をなくさせ、困らせた。
「……肩から手をはずせないのか」
帝人が耐え切れずに注意すると、シュウヤはニッと笑った。
「まあ気にしなさんな」
「こちらだって気にしたくないが、視界に入れば気になる」
「俺は鎮痛剤なの。なんにもしてないように見えてそれなりのことはしてる。これだって意味があるんだ」
「ほう。どのような」
「企業秘密」
帝人は眉をしかめて泰明を見た。泰明はどうでもいいことのように無視している。まあ、核の治癒能力も相手に触れることが大前提であるので、それと似たようなことだろうと思い、帝人は納得した。
「それで、本当に戻る気はないのか」
虎里が問うた。帝人はしばらくジッと虎里を見つめた。
虎里は魔族で二番目に早く四位まで上り詰めた男である。三位を得る日も近いのではないか、と帝人は考えていた。ゆえに、ずっと尊敬し憧れていた存在である。その男と敵対するつもりはない。が、戻らねば理解を得られる日までは結局、敵対することになるだろう。
帝人は強く目を閉じた。
「核を守りきれなければ、一位の神が現れても世界は崩壊します。それを分かっていただけないのであれば、戻るわけには参りません」
虎里は落胆のため息をついた。
「おぬしの気持ちはよく分かった。だが、そちらの主張する制度がこの世界にも生きているという話を信じることはできん。三位にも四位にも、その英知は得られていないからだ。そんなに重要なことならあってもいいはずだ」
「しかし、本人には自覚がある」
「錯覚かもしれぬ。失った世界を想うあまりの」
帝人はショックを受け、言葉を失った。虎里の言うことを否定できない動揺に失望したのだ。
青ざめる帝人の横で、憤ったのは沙石だ。
「馬鹿にすんな! そんな錯覚起こすかよ! なんならここで死んでやろうか?」
驚いて慌てたのは寅瞳と燈月、そしてもちろん帝人である。帝人は青い顔から一転して真っ赤になった。
「冗談でもそんなことは言うな!」
「冗談じゃねえ! わかってんだろ!?」
「ああそうだな! おまえの欠点はいつでも本気すぎるところだ!」
「じゃあ祈ってな! 界王がオレを蘇生しに来るように!」
「なんだと!」
「怒鳴り合っているところ悪いが」
不意に口をはさんだのは、泰明である。帝人と沙石は同時に視線を投げた。
「なんだよ」
「俺の今の状態を考慮してくれ」
「なんでテメエの心配しなくちゃなんねえんだよ。請け負いすぎんのが悪いんだろ? 自業自得」
「でも今、蘇生しろと」
「……え?」
「蘇生とは死を請け負うことだ。俺に関しては何人か請け負っても死にはしないが、今やるのはキツイ」
「……は!?」
沙石は大量の汗をかき、慌てふためいた。
「なっ、どういうことだ? お前が請け負うの? 界王の蘇生術って、お前の治癒力頼ってんの?」
「言い得て妙だな。本体が全面的に請け負うのは危険すぎるから、半身の俺が請け負うことになっている、という意味では。生を司る右よりも死を司る左が請け負う方がよりいいという点でも。ただ本体は、死の状況や動機によっては容赦がない。この場合だといくら相手が核でも蘇生の権限を与えてくれないかもしれない。慎重になるべきだ」
沙石はしばらくポカンとしつつ、泰明の言葉をひとつひとつ、よく吟味した。そして発言の中にある真実が鮮明になってくると、いよいよ何かを悟って握った拳を震わせた。
「……な、て、めえ、この、野郎」
肩に力が入り、うまく言葉を発せなかった沙石は、いったん深呼吸した。そしてキッと泰明を睨んだ。
「だったら、なんで英知に組み込まねえんだよ」
低く唸るように問う。泰明に向けられたそんな疑問で、周辺の大人も寅瞳もやっと事態を理解し、サッと青ざめた。
「二位より上にある」
「三位からにしろよ!」
「三位になっても争うことしか考えていない連中に、核の存在を受け入れるだけの余裕はないだろう。ヘタをすれば利用されかねない。なんにしても二位は、三位とは桁外れだ。それを得る精神を備えてこそ与えられる英知であることは違いない」
「ちょ、じゃあ、一位ってどんだけだよ」
泰明は無言で微笑んだ。それ以上は教えられない、ということだ。
「ちぇーっ。まあいいや。でもこれで勘違いじゃねえって分かったろ? 大魔王のおっさん」
沙石はふてくされつつ虎里に向いた。おっさん扱いされた虎里は頬を引きつらせて目をそらせた。
「飛鳥泰善が界王だという証拠はない」
なお食い下がろうとする虎里の発言に、沙石は驚いた。真面目に証拠を提示されたらどうする気だと。そして再び泰明に向き直った。
「だってよ。どうする?」
すると泰明はゆっくり手を前に差し出し、そこに天位の宝玉を現した。二位の輝きを放つ宝玉である。
みな目を見開き、食い入るように見つめる中、泰明は言った。
「空呈にやる予定の宝玉だ」
虎里は衝撃を受けて空呈を見やった。これまで天位を授かったことのない目の前の男が、いきなり二位である。長く天位者を務めた身としては、なかなか納得いかないことだった。
「なぜ……!」
虎里の口から苦悩にゆがんだ声がもれた。しかし泰明は事もなげに告げた。
「魂の出所の問題だ。空呈は天位を得ずとも神なのだ。それは核も同じ。天位は魅惑的かもしれないが、それがすべての世の中ではない」
その言葉に震えたのは寅瞳だ。泰善が常に言い続けたことの意味が、ようやく心から理解できたのである。
「私は……天位がなくてもいいんですね?」
ふと口を挟んだ寅瞳に視線を移した泰明は、穏やかに笑った。
「神界の祠にある者は、すでに神の頂点にある者だ。こんなものは必要ない。かつて世界を理想郷に変える力を持っていたのも、天位に置き換えれば一位の資格があったからこそ。だが核は苦しみ続けた。まるで永久に終わりのない痛みに思えた。ゆえに俺は力を抜き取り、宝玉に預けた。それが天位だ」