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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第一章 接触
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03【魔族編】その参

 虎里(たけざと)はひとまず帰り、一部始終を魔神と闇王と、ほかの大魔王とがいる席で話した。

 闇王・帝人(ていと)が一人、しぶい顔をした。肩に届く長い黒髪はゆるいウェーブがあり、鼻頭にかかる前髪の隙間から蒼い瞳がのぞく。顔立ちは幼さを残しているが、青年らしい面差しもある。ほんの少ししか素顔はうかがえないが、秀麗であることは確かだ。

「私が教育係では不十分だとおおせか」

 帝人は息巻いた。彼は長く魔神のそばにいて、政や長としてのノウハウを教えてきた男だ。虎里の話にプライドはひどく傷ついた。

「そうは言ってない。ただ条件さえのめば魔剣が手に入るのだ。たやすいではないか。教えを乞うのは魔剣の取り扱いに関することだけだ。貴殿の領域には触れさせぬ」

「それをきっかけに、なにかしようと企んでいるのかも知れませぬ。油断は禁物です」

 こんな虎里と帝人のやりとりに分け入って、

「信用のおけそうな男なのか」

 と尋ねたのは、魔神・覇碕悠崔(はざきとおすい)だった。黒髪に紫色の瞳。まだ少年ゆえか表情はあどけない。

 虎里は三秒、静止した。

「申し訳ありません。さすがにそこまで観察できませんでした。なにしろ美しいので、その、正気をたもつのに精一杯でして」

「美しい? 女と見まごうほどの美青年だったのか?」

 とっさに反応したのは琴京(きんけい)だ。彼は男色家だ。男にしか興味のない男だ。北に美少年ありと聞けば飛んで行き、南に色男がいると知れば駆けつける。しかしあまりに大男でお世辞にもハンサムとは言えない(ツラ)なので、いまだ独り身である。

「いや、どこから見ても男にしか見えない男だったが、とにかく凄まじい美貌だった。絶対あれより上はない」

 琴京は鼻息を荒くした。同性には見向きもしない虎里がそこまで言うなら間違いないと踏んだのだ。

「なんと、そんなに美しいのか。帝人殿!」

 急に呼ばれて、帝人は驚いた。

「なんですか」

「ぜひ呼ぼう。期間限定で雇えば心配はいらんだろう」

「おやめください。一時の興味本位で、そのような軽はずみな発言は」

「しかしどうだろう、帝人」

 悠崔(とおすい)は再び割って言った。

「魔剣は少々のリスクを負っても価値あるものだ。俺も一度この手に握ってみたいと思っていた」

 虎穴に入らずんば虎子を得ず、というわけだ。長たる者の意見を尊重して帝人は口をつぐみ、大魔王らはいっせいに目配せをした。

「決まりだな。迎えを出そう」


***


 飛鳥泰善(あすかたいぜん)を乗せた馬車は、すみやかに城の中庭へと通された。中庭には謁見の間まで直通の通路がある。むろん、正面玄関から向かえないことはない。だがこの招待は公式ではないため、中庭となったのだ。

 手入れされた広い庭園である。細く涼しげな樹木が適度に植えられ、芝の緑も目に眩しい。その庭を縦横無尽に往来するための石畳は美しい曲線を描き、途中にある噴水や東屋へと導く。心に余裕さえあれば、一日中楽しめるであろう。

 そのような庭の中央で馬車は止まった。穏やかな景色とは不釣り合いな二人の男が迎え入れる。片手に槍を持ち、緊張した面持ちだ。彼らは客人を案内するために配備された者である。しかし雪剛の魔剣を封印せしめた封術師と聞き及んでいたため、恐ろしい想像しかできず、自然と顔が強張ってしまうのだ。

 その一人が馬車の扉を開けると、泰善は席を立ち、屈むようにして降りた。長身であるため、乗り降りはやや苦労するようだ。目元をしかめつつ、少し垂れた前髪をかき上げる。そんな泰善の様子を見て、案内人の男は舌を巻いた。

 艶やかな臙脂色の髪、瞳に宿る光。異常に眉目秀麗な顔は究極に均整の取れた身体に見合う美しさで、見る者の心を一瞬にして奪い去る。それは到底、並の神経では直視できない美貌であった。

 男が舌を巻いたまま卒倒しそうになると、

「おい、しっかりしろ」

 と、もう一人の案内人が相方を支えた。

「大丈夫だ、なるべく見ないようにしよう」

「そうだな、とにかく案内してしまおう」


 謁見の間では錚々たる顔ぶれがそろっていた。天位三で長の魔神・覇碕悠崔(はざきとおすい)を筆頭に、天位四の大魔王・由良葵虎里(ゆらぎたけざと)凪間成柢(なぎまじょうてい)麁和津琴京(そわづきんけい)。天位五の闇王・帝人(ていと)

 同じく五位の魔王・美示衛黒銀(みしえのこくぎん)辰宵夜菊(たつよいのやぎく)枦峰森(はぜみねもり)滃滑基結(おうかつのきゆう)

 魔神は身体年齢十五の身には少し大きいのではないかと感じる椅子に座しており、重鎮らが起立して取り囲んでいる。漂う威厳は重く、普通の人間ならば緊張のあまり失神してしまうところだ。

 だが泰善は堂々とした様子で入室してきた。目を見張って狼狽(うろた)えたのは魔族幹部らのほうである。一度会ったことのある虎里ですら改めてハッとした。

「これはマズイ」

 一番楽しみにしていた琴京が、そうこぼした。想像を絶する美貌に驚愕したのだ。虎里の言葉どおり男にしか見えない男だが、いかなる男女も惚れないわけにはいかない妖艶さがあるうえに、一点の曇りもなく非の打ちどころがない完璧な容姿だ。謁見の間に飾られている高価な美術品さえ霞んでしまい、引き立て役にしかならない。

(美しすぎる……これでは魔族の者はみな骨抜きにされてしまうのではないか。覇権どころではないぞ)

 一同の胸に同様の不安がよぎった。その中で悠崔が身を乗り出した。

「想像していたより、ずっとたくましいし背が高い。いくつある」

「容姿に関する質問は受け付けていない」

「魔神に対して、なんという口の利き方だ」

 すぐに注意したのは帝人だ。しかし魔神に対してそんな泰善であるから、帝人の叱咤もいまいちだった。泰善は腕組みをして憮然とした。

「口の利き方など、どうでもいいだろう」

「いいわけがなかろう。ただでさえ余所者を入れるうえに敬意を削がれては、魔族政権も地に落ちたとささやかれる」

「では魔剣は諦めろ。そんなに些細な自尊心が大事なら」

「なんだと?」

「生徒になろうかというもの相手に、気を遣った言葉など選んではいられない。気にくわないなら俺に関わるのはやめておけ」

「私も一応教師だが、言葉に不自由はない」

「それはおまえが魔族で、守るべき相手だという心構えがあるからだ。俺は魔族ではないし、なんの責任もない」

「そういえば種族を聞いていなかったな」

 虎里が横やりを入れると、泰善は無表情に「なんでもいいだろう」と受け流し、再び帝人を見た。

「魔神には、おまえがいれば充分だ。このうえ何を望むのか、逆に問いたい」

 かなり思いがけないことを言われ、帝人は驚いた。この世の美など踏みにじってしまっている麗人が真顔で告げる言葉は、不思議と気分を高揚させるものだった。

「わ、私を褒めても何も出ないぞ」

 帝人は動揺しながら声を絞った。平静を失いつつある彼に代わり、今度は悠崔が肩に力を入れた。今こそ長としての威厳を示さねばならないと思い切ったのだ。

「大魔王らが、俺には魔剣が必要と判断して決めたことだ。貴様にとやかく言われる筋合いはない」

 すると泰善は腕組みを解いて、薄く笑った。

「では、この話は白紙に戻そう」

 そして有無を言わさず踵を返す。悠崔は慌てて立ち上がった。

「待ってくれ! 悪かった。言葉遣いについてはとやかく言わない。そちらの質問にも真面目に答える。だから魔剣を譲ってくれ」

 泰善はふり返り、悠崔を見据えた。美しいばかりでなく迫力のある男だ。悠崔は緊張で喉が渇いた。

「俺がここにいるのは相応の覚悟があるからだ。一時的とはいえ、一介の封術師が魔族に魔剣を献上し支援するとなれば、失業だってしかねない。大変なリスクだ。それを負う俺に、おまえ達は文句を言える立場ではない」

「まったくそのとおりだ。申し訳ない」

「悠崔様!」

 とたんに卑屈な態度をとる悠崔をたしなめようと、帝人は声を上げた。だが虎里がそれを制した。

「魔神は今、ご自分の力で交渉を成立させようと努力されているのだ。見守ろう」

「しかし」

「闇王」

 強い口調でおさえつけられ、帝人は黙った。

「こちらに非があれば、どのようなことでも言ってくれ。なおすように努める」

 悠崔は訴え、泰善は軽くため息をついた。

「師範となっても本業は続ける。さまたげとなることは許さない。それでも良ければ契約書を用意しろ」

 悠崔は目を輝かせた。

「受けてくれるのだな」

「魔族は確かに、ほかの種族に比べて基盤が弱い。ひとえに長が若すぎるせいだろう。だが鍛えようによっては一人で三女神(みめしん)や神族の六神と肩を並べることもできる。また、そうならなければ魔剣を握ることなど到底できまい」

「なってみせる」

 強く言う悠崔に向かい、泰善は慎重に名を呼んだ。

覇碕悠崔(はざきとおすい)

「はい」

「魔剣はくれてやる。それまで神族の動きも止めよう」

 一同は目を見開き、どよめいた。

「なんと!?」

「いったい、どうやって」

「神族代表の燈月(ひづき)。やつを捕らえ監禁しておけば、神族は身動きがとれまい」

「あの燈月を捕らえられるのか」

「三日もあれば」

「ちょっと待て」

 帝人が言った。

「そんなことをして、貴様になんの益がある」

「魔神を育てる前に神族になにか行動を起こされては困る。生徒の学ぶ環境をととのえるのも教師の仕事だ」

「使族はどうだ」

「使族は最も魔剣の力を恐れている。俺があるかぎり手は出せまい」

「しかし魔神が握ってしまえば同じこと。いや、もっと厄介と思うだろう。その前に片をつけようとするやも知れん」

「魔神が魔剣をふるうより、俺がふるうほうが遥かに威力がある。逆に、魔神の手に渡るのをじっと待つだろう」

「なぜそれを使族が知る」

「使族の使者も来たからだ。俺以上にうまく扱える者はいないことを思い知らせてやった」

 魔族の重鎮らは青ざめて沈黙した。しかし虎里があることに気づいて、ひとり口を利いた。

「我々にその力を示さなかったのは、なぜだ」

「この世には三つの剣がある。神剣、魔剣、聖剣だ。神剣は邪にふるうもの、魔剣は使族にふるうもの、聖剣は魔族にふるうものだ。魔剣を魔族のおまえ達にふるっても、なんの効果もない。すなわち神剣は神に、魔剣は魔族に、聖剣は使族に帰依するものだ。だがそれをおさめるにも資格がいる。ただ神やその種族であればいいというものではない。相応の技量が必要だ」

「その技量をおさめている、おぬしなら、いっそすべての剣を所有し、権力を握ってはどうだ」

 帝人が皮肉げに言うと、泰善は微笑した。息をのむほど麗しい笑みに、一同は抵抗する間もなく思考を停止させた。

「俺は持つべき者ではない。ただ管理するだけのことだ。ふさわしいと思う相手にあたれば、譲ることなど惜しくない」

 意外と謙虚な発言に、悠崔は感心した。

(さすがに魔剣をおさめただけのことはある。言うことは一本筋が通っているし、知識も深そうだ——これだけ才ある者がなぜ、天位を得ていないのだろう)

「契約書の作成には少し時間がかかるが」

 疑問は多くあるがここではあえて問わずに悠崔が言うと、泰善は軽くまばたきをした。

「急ぐ必要はない。俺は一度戻って寅瞳(とういん)家移(やうつ)りの支度をさせる」

「寅瞳?」

「俺の身のまわりの世話をしている子供だ」

「雇うからには、こちらで世話人くらい手配できる」

「彼でなければいけない」

「もしや、その子は……」

「まさか。息子は二人いるが、もう大人だ。寅瞳は孤児院から引き取った。よく働くし、俺に対して(よこしま)な心をいだかない」

 言い含まれた部分をよく理解した悠崔はうなずき、「承知しました。彼も一緒にお連れください」と伝えた。


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