06【キール・マークレイ】その四
その二ヶ月もあっという間に過ぎ、目的の二箇所はまわった。
夜——焚き火を前に地面へ座り込んだ二人は、互いの重い口を開いた。
「なあ、聞かせてくれるんだろう?」
「ああ」
サンドライトが言い、キールが応えた。
キールは、サンドライトとみつめる最後の炎の灯りと熱を忘れないようにと、深呼吸した。
「おまえとの旅もここまでだ」
サンドライトは衝撃に目を見開いた。
「なんだって?」
「この次に行く場所は、私が生まれた村だ。父は心労がたたって間もなく死に、母は……村の連中に殺された」
「——!」
キールはサンドライトの目を直視した。サンドライトは驚きつつも、目をそらさずにキールの顔を映していた。
「私は復讐する。今こそ、連中の息の根を止めてやる。子供のころ受けた屈辱を、母の痛みを、何十倍にもして返してやるのだ」
「屈辱?」
「私は迫害されていた」
「は、迫害? おまえが? なんで?」
「透視能力者だからだ」
「とうし、のうりょく?」
「私には人の考えていることがわかる。想像していることが視える。心の声が聞こえる。それも四六時中だ。普通に物を見、音を聞くのと同じように……感じるんだ」
告白しつつ、キールは目を伏せた。変化していくサンドライトの心を視るのはつらいと思ったからだ。しかし——
「うわっ、それ本当か? すげえ便利じゃねえ?」
「え……?」
目を爛々と輝かせて興奮気味に言ったサンドライトは、異様に嬉しそうだった。その反応はあまりにも意想外で、キールは呆気にとられた。
「んな能力あるんだったら最初に言っとけよ! もったいねーな! もっといろいろ頭ん中で喋れたんじゃね? あ、でもオレ、考えてることすぐ口に出るから一緒かあ。いや待てよ。人に贈り物する時とかはやっぱいいよなあ。欲しいもの聞かなくても分かるし。なあ、今度それ、女口説くとき使わねえ?」
キールは少々こめかみに痛みを覚えて眉尻を痙攣させた。
「そんなことに使えるか」
「なんだよケチ」
「ケチとはなんだ。とにかく、そういう能力者である以上、これから先おまえの側近としてはいられない」
「なんで?」
「なんで……? 絶対神の能力以外は認められていないからだ」
そう聞くと、サンドライトは急に神妙な顔つきになった。
「そりゃ間違いだ。界王は、んなこと決めてない」
「なんだと?」
キールは驚き、身を乗り出した。
「本当か」
「うん。絶対神の能力以外ダメっていうのは人間が勝手に作ったもんだ。オレを守ろうとするあまりの行き過ぎた思想だ。でも能力者なんて実際いなかっただろ? だからオレも悪いと思わないで放置してた」
そこでサンドライトは襟を正すようにして、キールに向き直った。
「おまえが恨むべきは、間違った考えを修正しなかったオレだ。いつか能力者が現れるかもしれないってこと考えて、ちゃんと訂正しておくべきだった。だけどオレは考えなかった。核ってもっと孤独なもんだと思ってたんだ」
ああ、知っている。とキールは胸の内で呟いた。
もし一瞬でもほかの能力者を期待したら、現れなかった時の落胆は大きい。だからサンドライトは考えないようにしていたのだ。人外の力を得ているのは自分だけ——そんな疎外感は核の宿命なのだと諦めていた。
(三年間そばにいて、よく見ていたから知っている。だが私は救わなかった)
キールが自責の念にとらわれるのとほぼ同時、サンドライトが頭を下げた。
「本当にゴメン。責任は取る。能力のことは絶対に世間に認めさせる。だから復讐なんて考えるなよ。そんなことしたって、自分が堕ちてくだけだぜ」
サンドライトの言葉は特別に飾られたものではない。こんな場面にはありきたりかもしれない。だが独特の抑揚や力強さや優しさがあって、すべての過去を洗い流す勢いがあった。
その源は真実の心から語られるところにあるのだろうとキールは思い、沸き上がる感情に落涙した。
「私を許すのか」
「え?」
「そうやって、おまえは私を許すのか。私はおまえの孤独を知っていた。その寂しさを分かっていた。それなのに無視し続けてきた。能力者だと知られるのが怖かったからだ。同胞を求めながら、いざ現れれば拒絶するのだろうと疑っていた。信用していると言ったし、その心は変えないと言った。だが、あれは嘘だ。所詮、拒絶されるまでの期限つきだった。おまえが私を拒絶したあとに、傷になればいいと思って言った言葉だ」
するとサンドライトは肩をすくめて笑った。
「そんときは期限つきでも今は違うんだろ? だったらいいさ」
***
「まったく、どこまでもまっすぐで困る」と、帝人は思い出し笑いをした。
サンドライトは有言実行の男である。数年後にはキールの能力も世間に認められ、鍛治師と同等の地位を得ることができた。故郷の民の罪も消えた。世界のすべてが浄化されたような気分だったと、帝人は振り返って思う。
だがひとつだけ不可解なことも残した。それは、あの会話から五日後の朝、アンダーコートで目にした光景である。
***
村の真ん中で二人は呆然としていた。すべてが焼失していたからだ。
「大規模な火災でもあったのかな?」
「さて、どうだろう」
「近くの集落に行って聞いてみるか?」
「その必要はない」
「なんで?」
「残留思念を読み取る」
「そんなこともできるのか? 重宝するなあ、それ」
「黙ってろ」
キールは気を鎮めて辺りを見回した。しかし五年やそこらさかのぼったところでは見つけられなかった。もっと古い思念なのかも知れないと、キールはより強く神経を研ぎ澄ませた。
***
確かに何かを見たのだ。だが帝人は思い出せなかった。見たことはサンドライトにも話さなかった。だからいまさら確かめようもない。覚えているとすれば、
「なんか見えた?」
そんなことを聞くサンドライトに、
「大火災にあって全滅したようだ」
と告げたことだけだ。
「なに笑ってんだよ、気持ちわりいなあ」
不意に沙石から指摘され、帝人はいっそう笑った。
「人の記憶もあてにならんと思ってな」
「あ、オレがおまえのこと分からなかったからって、そういうこと言うのか?」
「いや、そんなことじゃない」
「じゃ、どういうことだよ」
「こっちのことだ。それより、そろそろ魔族政権が動き出してもいい頃合いだと思わないか?」
帝人が言うと、沙石は緊張した面持ちになった。
捕虜の脱獄と同時に帝人が行方不明では当然、城は大騒ぎだろう。燈月が帝人を人質として捕らえ逃亡したのか、共謀なのか、計りかねているに違いない。そこでいったんは神族政権に警告し、帰還の事実がなければ後者の線をあたるはずだ。
「寅瞳って立場的にどうなんだ?」
沙石が心配になって尋ねると、帝人はうなずいた。
「居候の付人だしな。あまり重要視はされていないはずだが」
「その居候って、あれだろ? 重要視されないかなあ」
沙石に「あれ」呼ばわりされたのはもちろん飛鳥泰善である。帝人は思わず険しい顔をした。
「本人が城に戻っていれば問題ないはずだ。寅瞳殿のことは学校行事で帰っていないとでも言えばすむ」
「戻ってなかったら? ていうか、戻るか普通。あいつも共犯じゃん」
「いや、戻っていなかったら真っ先に燈月殿と私の共謀説が浮上する。時間を稼ぐためにも、あえて戻るほうを選択していると思うが」
「そうかな?」
「そうだとも」
「なんで?」
「あの容姿だぞ? 泰善が三種族の均衡を目的としているのは周知の事実。となれば二人して丸め込まれたと考えられてもしかたない」
沙石は唖然としたあと、げっそりとした。
「そんな馬鹿げた考えでも、やつの顔思い出すと納得できるから嫌だな。オレ、決めた」
「なにを?」
「彼女ができたら、やつには絶対会わせない」
「……くだらん」
帝人は吐き捨てながらも、大きな悩みや問題をささいなことにしてしまうその性格が、心底うらやましいと思ってしまうのだった。