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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第四章 決意
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04【キール・マークレイ】その弐

 スノーフィールドは閉ざされている割に発展していた。特に経済には恵まれていて、衣食住に困窮している者など皆無である。

 また、街の中心はスノーフィールドの原住民族居住区で、周辺が移民族の居住区、という具合にハッキリと分かれている。移民族が原住民族居住区へ入るにも許可がいった。しかも一日六時間の制限つきである。徹底してマークレイ家を守る体制が整っているとみえた。

 マークレイ家を守ることは種族の罪を隠すこと。一人として裏切り者を出してはならないのだ。


 そんな大きな秘密を抱えたマークレイ家の屋敷に足を踏み入れた時、キールは思わず吐き気がした。好奇の目とともに浴びせられる負の感情に酔ったのだ。

〝移民女との混血だってよ〟

〝マークレイ家も地に落ちたな〟

〝エドガー様の血を引くたって混血じゃあ、期待できないな〟

〝裏切り者の末裔として、血祭りに上げてやる〟

 これではアンダーコートと変わらない、とキールは震えた。広いエントランスに出迎える人々は、みな鬼に見えた。ことに祖父の側近だというワグナー・リスキンスは、あからさまな憎悪を煮えたぎらせていた。

 三十代後半、四十代前半といった様子。エドガーの幼なじみで、将来は側近として仕えることを約束されていた男だ。だがリンディによって夢を絶たれた。似たような歳のエドガーの側近であれば一生食べていけたものを、ふいにしてしまったのだ。

 やむやくラークに仕えているが、年老いていて先がない。だからといって世継ぎとなるキールに仕えても、無能ならば恥となる。彼はやり場のない怒りにわなないていた。

「これより、一族に迎え入れるための儀式を執りおこないます」

 ワグナーは言った。懸命に平静をよそおい、憤りをおさえている声だ。キールはなにも言えず、ただ案内されるまま庭園へ出た。六十メートルほど先に霞的が見え、手元に弓矢が用意された。

「簡単な儀式です。この弓矢をもって、あちらの的を射てください」

 弓などしたことはなかったが、キールはうながされるまま多くの観衆の前で弓を引いた。一瞬の出来事だった。

 キールの手によって放たれた矢は、空気を切り裂きながら風を起こし、的の中心を射抜いて粉砕した。

 観衆は顔面を蒼白させて息をのんだ。もちろん矢を放った当人とて驚きは隠せなかった。なぜそんなことになるのか分からなかったのだ。特別な弓矢ではない。極端にもろい的でもない。常識でははかれない何かがあるとしか思えなかった。

(前代未聞だ。これほどの矢を放てるとは。もしや、そうとうな透視能力を秘めているのか)

 困惑する中ふと聞こえた声にキールは眉をひそめ、ワグナーを見た。

「前代未聞?」

 するとワグナーは悲鳴のような声を小さく上げ、硬直した。

(私の思考を読んだのか?)

「思考? 口に出して言わなかったか?」

(言わない。今も口にしていない)

 キールは目をそらした。

「緊張していたせいで判断力が鈍ったのだろう。気にしないでくれ。のべつまくなし聞こえてるんだ。お望みなら即行、出て行ってやる。ここの連中が考えていることは胸くそ悪い」

 キールは弓を乱暴に投げ捨てて立ち去ろうとした。しかしワグナーはキールの腕をつかんで制した。

「お待ちください!」

 それから観衆に向かって大声で述べた。

「我らは神にも匹敵するほどの能力者を得たのだ! ついにこの日がやって来た! キール・マークレイ様に祝福を!」

 観衆はとたんに態度も心も変え、歓喜にわいた。能力が高いと分かったら手の平返したのだ。現金な奴らだとキールは呆れたが、力を証明することが受け入れられる条件であるのは楽だった。

 ここにいるかぎりは迫害に怯えることなく暮らせる。

 そう考えれば、自分も同じ穴の狢だ。腹を立てるという無駄な労力は愚かしいと思えた。


 それから四年過ぎ、青年となったキールは一族の長となった。天上界一の弓の名手として有名にもなっていた。キールの噂を聞いたグロウワームの王子が「自分の側近にどうか」と、じきじきに呼び寄せたほどだ。

 グロウワームの王子と言えば唯一絶対神である。この存在があるために透視能力者の存在が否定されるのだ、と逆恨みをしていたキールは、腹にイチモツもって謁見にのぞんだ——今となってはお笑い種だ。

 核であるグロウワームの王子シュー・サンドライトは聡明で、陰湿なものとは縁遠い青年だった。キールは思わず何度もまばたきして凝視した。神とは、核とは、こんなに美しい心を持っているのかと驚嘆した。

「シュー・サンドライトだ。シューでもサンドライトでも、どっちでも呼びやすいほうで呼んでくれよ」

 気さくにそう言ったサンドライトの笑みは屈託なく、キールは拍子抜けして返事もそこそこに立ち去ってしまった。

「身も心も清めて出直さねば、あのような存在に仕えることなどできはしない」


 キールはサンドライトの中に深い慈愛を見た。真摯な眼差しに宿る輝きはなにか、人の心の原点にある光のようで、どうしても無視できなかった。

 サンドライトが人々に平等な愛と癒しを与えるのは、きっと透視能力者である己より人間の根本を知っているからに違いないと、キールは思った。神であるサンドライトには英知が備わっているのだ。それが「人は愛おしむべき存在」としているのなら、自分が見てきた醜い人間とはなんなのかと、考えざるを得なかった。


 キールは三年の旅と修行を終えた。そこからより深く人の心というものを見るようになった。己の悪と戦う者や、愛に飢え人を羨む者の姿を見て共感した。

「なるほど。私は感情の表しか見ていなかったのだな」

 外見ばかりを褒めて中身を見ない者に対し嫌悪したのは、己こそが人の表面しか見ていなかったことの表れなのだ、とキールは悟って苦笑した。

 卑しいからと言って、その者が自分の卑しさを憎んでいないわけではない。人に優しくないからと言って、その者が全面的に意地悪というわけでもない。人間とはまさに善と悪の生き物だ。人格者だと認められている者でさえ、過ちを犯す。自己の中にある悪を自覚しながらも抑えられない衝動と闘い、敗北しては涙する。そういう愚かしくも愛おしい生き物なのだ。

 ひとつがダメだからといって、すべてを否定してしまってはならない。そんなことをすれば己も否定されてしまう。

 キールはそう結論を出して、再びサンドライトの前に立った。そして厳かに言った。

「私はまだまだ未熟だ。どんなに世を悟ろうとしても、拭い切れない憎しみを持っている。それを消し去るため、人間の心とはなんたるかを追及したいが、莫大な年月を要するだろう。迷いの中で貴殿の足を引っ張ることもあるはずだ。それでも側近にと望むなら、好きなようにするがいい」

 サンドライトは言葉を受けて、軽く頭をかいた。

「なんか難しいんだな。よく分からねえけど、そっちも好きにしろよ。必要な時に必要なことしてくれたら充分さ」

 台詞と感情にまったくズレのないサンドライトは、いたずら小僧のようにニッと笑った。

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