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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第四章 決意
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02【空呈】

「お願いです。燈月様の足元の印を解いてください」

 帝人から地下牢へ呼び出された泰善は、懇願する寅瞳を前にして不服そうに腕組みした。その泰善を見上げた沙石は鳥肌を立てて唖然とした。もちろん、想像を絶する美貌に呆れたのである。

「なんだこれ」

 思わず言った沙石を、泰善はジロッと睨んだ。

「どういう理由で解放しろと言うんだ?」

 沙石はゴクッと唾をのみ込んだ。究極に美しい男は迫力も満点だ。

「あんた、三種族の均衡を望んでるんだろ? 魔剣の譲渡なんてまどろっこしいことしなくても、オレたちが実現してやるよ」

「ほお? ずいぶん自信があるんだな」

「へへん。こう見えても経験値高いんだぜ?」

 胸を張る沙石を見て、泰善は口の端を皮肉げに上げた。

「神族で三位。そんなオマエの言葉を素直に受け取るほど、俺は甘くないつもりだ。燈月奪還のための嘘ではないと証明してみせろ」

「うっ……」

 沙石は顔を真っ赤にして帝人の影に隠れた。

「ちくしょう! むずかしいこと言うな! この世の女は全部自分のものみたいな顔しやがって!」

 あっというまに負かされた沙石を庇いつつ、帝人は沈痛な面持ちで泰善を睨んだ。

「おぬしに理解しろというのは無理だろう。魔神にさえ理解させることができるかどうか私には分からぬ」

 そう言いつつも、帝人は滅びた世界の話をした。核の摂理についても話した。そのうえで、三種族の均衡をはかるため四人が力を合わせるという決意表明までした。

「互いの幹部を説得するということも考えたが、誰がどこまで信じてくれるか分からない。そんなことをしているあいだに反乱分子として始末される恐れもある。我々には選択肢がないのだ」

「で? 巣を離れ、四人で旗揚げしようというわけか? 正気とは思えんな」

 泰善は冷笑を浴びせた。が、次の瞬間には歩を踏み出して印に足をかけ、燈月を解き放つ。一連の動作は自然すぎて、なにがおこなわれたのか分からないまま見過ごしてしまいそうだった。

 帝人らは呆気にとられながら泰善を見上げた。かなり長身である燈月でも顔をうかがうには見上げなければならない。それほど背の高い泰善だが、声は低すぎず丁度いい。容姿に至っては、もちろんいまさら言うまでもなく——理不尽ではあるが、美貌だけで世を支配できるのではないかと思える摩訶不思議な男だ。

 そんな男が無表情に吐く台詞は、さらに驚くべきものだった。

「空呈から借りている屋敷を提供しよう。ほかに必要なものがあればそろえてやる」

 四人は一様に目を見開いた。

「協力してくれるのか」

 泰善は帝人の言葉を無視して寅瞳を見た。

「保護者は俺だ」

 そして燈月を見据えた。

「なにかあったら承知しない」

 一年ぶりに立ち上がった燈月は、真剣な顔で睨み返した。

「命に代えても守り通す」


***


 泰善が空呈から借りている屋敷というのは、かなりの豪邸だった。三階建てで部屋数は三十。庭は一ヘクタール。四人の活動拠点とするには充分だ。

 玄関を入るとダンスホールのように大きな吹き抜けがあり、左右に二階へ上がる曲線の階段がある。階段下のいくつかの扉は、それぞれ調理場や食堂や講堂などの設備だというから、至れり尽くせりだ。

 あちこち見て回りたいと沙石は言ったが、真夜中に城を抜け出して来た手前、帝人は首を横に振った。

「睡眠をとるほうが先だ」

 それから、ふくれ面になった沙石を無視して泰善に向いた。

「おぬしはこれからどうする」

「空呈のところへ行って又貸しの事後報告だ」

「……それは、すまない」

 帝人が真面目に申し訳なさそうにするので、泰善は思わず笑ってしまった。あまりにも予想を裏切らない反応だったからなのだが、何故か分からなかった帝人は目元をしかめた。

「なにがおかしい」

「いや、悪かった」

 泰善は咳払いしながら早々に屋敷を出た。


***


 翌朝には空呈が訪ねて来ていた。一流の商人として当然だという、対応の素早さは折り紙つきだ。そして応接間に通された空呈は、燈月、帝人、沙石、寅瞳の四人に相対しながら、臆することなく言った。

「泰善から話を聞いた時はまさかと思いましたが、本気のようですね」

 四人はいい顔をしなかった。泰善が知人に又貸ししたという報告だけですまさなかったことは明らかだからだ。

「どこまで話を聞いた?」

「割と詳細に。こだわりがなければ協力してやってくれとまで言われました。異論はありませんよ」

「……泰善とはどういう関係だ。屋敷を貸し借りする程度の間柄でそこまでの話にはならんだろう」

 穿った問いに空呈は苦笑した。

「仕事上の付き合いしかありませんけどね」

「それで協力するとは?」

「私は混血種です。三種族の争いがなくなればそれに越したことはありません」

 キッパリと言ってのける空呈に嘘はなさそうだと、帝人はひとつ息をついた。その横で今度は燈月が口を利いた。

「で、具体的にどう協力してくれるんだ?」

 空呈はしばし思案し、慎重に答えた。

「資金については問題ないかと。あとは必要に応じて鳳凰から天位を受けてもいい……とは思っておりますが」

 燈月や沙石や寅瞳は驚いたようだが、帝人は驚かなかった。事情は泰善より聞いて知っていたからだ。

「これまで断っていた理由は?」

 空呈は帝人をジッと見据えた。

「よくご存知ですね」

「泰善に聞いたが」

「……やれやれ。彼に隠し事はできないようですね。いったいどこから仕入れるのやら」

「おぬしが話したのではないのか」

「まさか。そんな重要なことを」

「それで、どうして断った?」

「それは——」

 空呈はやや余裕を失い、目を泳がせた後うつむいた。

「いきなり二位では躊躇するというものです」

 苦しげに発せられた台詞に、四人はもちろん驚いた。

「に、二位だと!?」

 燈月と帝人が座っていたソファから立ち上がった。空呈は腰かけたまま二人を見上げた。

「まあ、落ち着いてください」

「これが落ち着いていられようか」

 しかし意外と落ち着いている子供ら二人が、それぞれの腕を引いた。

「落ち着きましょう」

「落ち着けって」

 燈月と帝人はしぶしぶ腰かけ直した。

「確かにいきなり二位では戸惑うだろうが、断るなんて大それたことだ」

「私も断れるものとは思いませんでしたが、今は無理だと申し上げましたら、鳳凰はあっさりと引き上げてくださいました。それからも幾度となく姿を現しましたが、どうにも覚悟が決まりませんで」

「だけどよ、あんたが二位取ったら、三政権も考え方あらためんじゃねえ?」

 沙石が言うのに、空呈は眉根を寄せた。

「と言うと?」

「どの種族にも当たらない混血種が二位って言うのはさ、界王が種族に優劣なんかつけてないってことの証明だろ? 三種族の均衡を押し進めるのに、これ以上のネタはないぜ」

 皆はそれぞれの顔を見合った。

「なるほど。そういう捉え方もあるな」

 帝人が答え、燈月が肩で息をついた。

「空呈殿。そういう理由で矢面に立ってもらうことは可能だろうか」

 空呈はためらった。いくら二位とはいえ、相手にするのは三政権だ。自分を含めてもたったの五人。泰善が加わったところでも六人。内二人は無天位者で、どうやって世論に訴え、上位天位者たちを説き伏せていくのだろうと思うのだ。

 しかも首謀者の四人には滅亡した世界の転生者であるという事情までくっついている。その話を果たしてどれだけの者が理解するというのか。理解させたところで、一度は世界を破滅させてしまっている者たちだ。それを信用してついて行け言うのは無理がある。前途は多難だ。

「上位天位者から説き伏せて協力者の人数を確保せねば、旗揚げと同時に叩き潰されますよ。とりあえず二位の力を得て防御しても、いつまで保つか」

 空呈の言葉に、燈月は小難しい顔で腕組みした。

「まず説得したいのは魔神と三女神だな。魔神には帝人殿が適任だが、問題は三女神だ。俺の言うことには完全に耳を貸さないだろうし」

「私が再挧真に言ってもいいですが、再挧真が三女神を説得できるとは思えません」

「再挧真様は確か土万様と……」

 寅瞳が言いかけたのを、空呈は首を振ってさえぎった。

「結婚したからといって、再挧真の立場がどうこうなるものではありません。子供も生まれたばかりです。同族から恨まれるようなことにでもなれば家族を失いかねません。そんな危険な橋は渡らないでしょう」

 常識的な意見に、帝人が苦笑いした。再挧真は家族を愛しているかもしれないが、泰善に想いを寄せているのも事実だ。急接近するには兄の話に便乗するのが手っ取り早い。そんな機会を理性でもって断念することができるだろうか、と。

「再挧真殿には話さぬほうがいいだろうな。もし話すのなら、その前に泰善の了承を得ることだ」

 帝人の思いがけない意見に皆の視線が集まる。そんな中、空呈が無垢な表情で問うた。

「なぜです?」

 帝人は口元をますます歪めた。

「御仁の弟君は泰善に心を奪われている。あの美貌では慕われてもしかたないが、当人はあまりよい気色ではないようだ。ただでさえ厳しい局面に立たされているのに、色恋沙汰で揉めるのは勘弁してもらいたい」

 空呈は無論、皆は唖然とした。

「確かなんですか」

「確かだとも。純粋に買い物に付き合っただけで、ひどく嫉妬された。まったく冗談じゃない」

 忌々しげに吐き捨てる帝人に対して、空呈は困惑するしかなかった。


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