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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第三章 回顧
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04【沙石】

 白金の髪にエメラルドグリーンの瞳。身体年齢は十一。霊力を根源とする神族の少年の名は沙石(させき)。彼は天位三という高い天位を持ちながら、決して神殿に足を向かわせることなく、旅を続けていた。

 本来なら十五位以上の天位者は己の種族政権のもとへ赴き、政治に加わるものである。まして一桁の位であれば強制的に政権を握らなければならない。だが沙石はお構いなしだった。捜しものを優先したからだ。

 捜しているのは銀髪碧眼の男。名前は分からない。昔の呼び名は知っているが、今生での名を知らないのだ。天上人というのは前世の名を継続して使用するものだが、今はなき世界からの転生者である彼らは引き継げなかったのである。

 人を捜すうえで名が分からないのは致命的だ。それでも容姿が違わないのは救いであると、沙石は歩き続けた。ひとつの世界が滅ぶ時、命尽きるまで共に戦い続けた親友だ。死んでも捜し出してやると心に決めているのだ。

 沙石の前世の名はシュー・サンドライト。旧天上界で核を務めた希有な魂の持ち主である。


***


 それは厳しい旅路だった。齢十一の身体では歩幅もしれている。沙石は誰もが目を見張るような美少年だ。その容姿と高い天位を活かせば「女に宿や馬を借りながら」という優雅な旅もできるだろう。しかし、いかんせん子供であるし、女好きではあるが節操がないわけではないので、そうはならなかった。

 おもに寝袋での生活。かさばる荷物は持たず、食料すら携帯することはない。その日暮らしだ。食べ物がない時はあえて求めず、偶然手に入った時だけ口にする。ただし水だけは断つわけにいかないので、川や泉や井戸の近くに野宿するよう心がけていた。

 たまに空を見上げると、青の鳳凰が旋回していることがある。沙石は界王が自分を見守っているのだと理解していた。

「……いや、実際どうなんだろ。本気で見守ってくれてんだとしたら、甘いよな。寛容さ通り越して激甘な野郎だ。苦労して作った世界壊されて、どうして許せんだろ。オレだったらメチャクチャ怒るけどなあ。まったく、どんな面してやがるのか見てやりたいぜ」

 きっと饅頭に目鼻を書いた柔和そうな爺さんだろうと、沙石は見当をつけていた。懐が深い人物イコールふくよかな爺さんという彼の勝手なイメージだ。

「中に詰める(あん)の砂糖配分、間違ってんだよ。絶対」

 界王は与えるだけだ。世界をどうするかは与えられた者の心次第。界王は運命を左右する自由すら人に与えているのだ。とはいえ理想郷にするという期待が皆無なわけではない。そんな中、壊すという最悪の結末に対して目をつむるというのはいかがなものか……と沙石は思うのだ。

 壊れた世界の核を担った者が転生を遂げる。それは許されている証にほかならない。彼はそのことをよく分かっていた。


***


 沙石は気合いを入れて、とある村に入った。そこは旅の最終地点だ。特別な場所をのぞいて天上界中くまなく巡って来たのであるから、ここでダメなら後にやることは決まっている。

 特別な場所——つまり神殿へ赴くことだ。

 方々をしらみつぶしに調べていなかった場合は政権内にいると見て間違いないと思っているのだ。政権内から調べなかったのは、一度入ってしまうと行動の自由が利かなくなるからだ。


 沙石は村の住民をひとり残らず確認して回った。結果は収穫なしだ。肩を落として河原へ座る。そこでふと考えた。このまま神殿へ向かうのでは芸がない。というより現在三位ということは、とうの昔に十五位以上を得ていたわけだから、天位者としての義務を怠っていたことになる。そのことに対して非難を浴びるのは面倒くさい、と。

(手柄を立てて帳消しにするしかねえよな)

 沙石は考えた。ここで最も有効そうな手柄と言えばひとつしかない。

「代表を奪還して行くか。うん。そのほうが絶対いい」

 良い盾があったもんだと、沙石はさっそく旅立った。向かうは魔族の城である。

 なりが子供とはいえ、彼は経験豊かな実力者である。滅びゆく世界で最後まで闘った精神は鍛え抜かれており、剣の腕も確かだ。力も並外れている。少々危険なことをしても乗り切れるという自信があるのだ。


 沙石は意気揚々として城へ潜り込んだ。小さく身軽な体と天位の力の為せる業というやつで、石を支配できる沙石は城壁などに使われている石材に触れながら気配を消し、難なく侵入を果たした。

(ちょろいぜ)

 そうしてソロソロと足を忍ばせ、松明が灯っている通路に差しかかった沙石は、天位の宝玉の輝きを目印にそこへ辿り着いた。

 牢の中で両腕を広げ鉄鎖に繋がれている男は、かすかな気配に閉じていた目を開いた。沙石は一瞬ビクッと背筋を伸ばし、息をのんだ。

 象牙色の髪に、黄金の瞳。見た目は紳士的でありながら、眼光の鋭さは野生の狼だ。

 その男——燈月は眉をひそめた。

「誰だ、おまえは」

 沙石は唖然としたまま、燈月を確かめるように眺めた。

「……あんた、もしかして」

「ん?」

「もしかして、セリアス・ランドール?」

 腕を束縛している鎖を鳴らし、燈月は完全に目を見開いた。

「なぜそれを」

「静かにしろよ。オレ、あんたを助けに来たんだ。すぐにそっから出してやるよ」

「質問に答えろ」

「あー、それはさ」

 沙石は鉄格子を腕と天位の力で歪めながら、答えた。

「グランスウォールの友達って言やあ納得?」

「友達?」

「オレ、一応この世界の核だから」

「なっ!? なんだと!」

「静かにしろって!」

 沙石は鉄格子を大人が通れるくらいに歪めて開け、中へ入った。そして燈月を拘束している鎖を腰の短剣で叩き斬る。ひと振りだ。子供の力とは思えないそれに、燈月は目を丸めた。

「怪力だな」

「いや、多少は天位の力も借りてっぜ?」

「天位……」

 燈月は天位の宝玉を見つめ、また仰天した。

「さ、三位?」

「おう。あんたと同じ神族だ。よろしくな」

「あ、ああ。ということは、仲間と相談してここへ?」

「独断。まだ神殿には行ってねえんだ。人捜してたから」

 ニッと笑って親指を立てる沙石は姿こそ目を見張るものがあるが、燈月が敬愛していた核とは、ほど遠いような気がした。小さなことにはこだわらず、思い付いたら即行動。教養など二の次といったふうなイタズラ小僧そのものだ。だが瞳に宿る輝きは優しく、グランスウォールを彷彿とさせないこともない。

「どうして俺を助けようと思った?」

「え? んなの決まってんじゃん。いまさら神殿へ行くのに手ぶらじゃまずいからだよ」

 燈月は思わず顔をしかめた。

「本当に核なのか?」

「やな奴だな。グランスウォールと比べんなよ」

 皮肉げに口の端を上げる沙石を見て、燈月は自嘲の笑みを浮かべた。

 人と自分を比べることがいかに愚かであるか身にしみて分かっていたはずだ。それなのに、なおも無意識に誰かと誰かを比べてしまっているとは、とんだお笑いぐさである、と。

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