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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第一章 接触
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02【魔族編】その弐

 明後日。魔族はさっそく噂の封術師のもとへ使者を向かわせた。だが使者らは、すぐに舞い戻ってきた。

「手ぶらか」

 虎里(たけざと)は使者らを厳しく睨んだ。使者らはそろって首をすくめた。

「そ、そうはおっしゃいましても、封術師の付人(つきびと)が申すには、封術の依頼以外はいかなる用件も受けぬと門前払いでして」

「我々の派遣であることは告げたのか」

「もちろんでございます」

「小癪なヤツだ。我らが使わした者を退けるとは」

 虎里は考え、天位五で魔王の男、滃滑基結(おうかつのきゆう)を立てて使者を向かわせた。滃滑(おうかつ)は外交向きの性格で交渉事が得意だ。地位も申し分ない。さすがに彼が向かえば飛鳥泰善(あすかたいぜん)も顔を出さないわけにいかないだろうと思ったのだ。

 ところが、その滃滑すらもアッサリと引き上げてきた。

「どうにも、まったく会う気はないようにございます。付人は頑として通さず、我々は当人の顔どころか声すらも聞けぬありさま。お手上げです」

 虎里は呆れ、舌打ちし、ため息をもらした。

「なんと情けない。魔族政権の威信はどうなる」

 そうしてついに虎里自身が従者を引き連れて向かうことになった。

「俺が向かうからには、もはや門前払いはさせん。付人がどのような偉丈夫か知らぬが、力づくでも引っ張って戻ってこよう」


 意気込んで行った虎里は、飛鳥泰善の家の前で唖然とした。

 石造りの簡素な、小さな住居。あたりを警備する者も見あたらない。しかも従者の一人が木の戸を叩くと、中から歳が十ばかりの子供が出てきた。

 白い髪。黄色い瞳。特にどうということもない、おとなしそうな少年だ。

「またあなた方ですか」

 少年はウンザリした(てい)で虎里らを見やった。

「何度こられましても、飛鳥(あすか)様はお会いにはなられません」

 言葉を発すると少年の態度はキッパリとしており、見た目に反して気は強そうだ。しかし、と虎里は口を開閉させた。このような子供一人に、先に使わした者らがことごとく追い返されていたとは、いよいよもって情けないではないか。いや、かえって子供だから手が出せなかったのか、と。

 なんにしてもこのままにはして置けないので、虎里は腹にすえかねた様子で進み出た。

「俺は天位四、大魔王の由良葵虎里(ゆらぎたけざと)だ。おぬしらが再三、我らを拒んでいることは承知のうえだ。だが話くらい聞いてもよいのではないかな?」

 少年は虎里を見上げ、少し目を丸めた。

「それは、よほどのご用件なのでしょうね。しかしお会いにならないと言ったらならないのです。どうかお諦めください」

「そこを曲げてもらいたいのだ。俺が来たことを主人に告げよ」

「申し上げたところで答えは決まっております。お引き取りください」

「では、どうすれば会ってくれるのだ」

「どのようにしても無駄でございます」

「そんなことはないだろう。金が必要ならいくらでも出す。とにかく話をしたい。都合をつけてくれないか」

「飛鳥様はどなたからも金銭をお受け取りになられたことはありません。お帰りください」

 虎里は口元をゆがめ、頬をヒクリと引きつらせた。

「なるほど、頑固だ。こちらが下手(したて)に出ているので、いい気になっているのだろう。だが今日はどうでも話をつけさせてもらう」

 少年は刹那、ごくりと息をのんだ。

「実力行使なさるおつもりですか」

「そのためでなければ俺からわざわざ足は運ばん。そこをどけ」

 虎里は少年の身体を横に押しのけようとして、腕にしがみつかれた。

「おやめください。私はこれまで飛鳥様の言いつけを確実に遂行して参りました。ここで通してしまっては、せっかくの信用をなくしてしまいます」

「おぬしの信用など俺には関係ない」

 虎里は手をふりほどいた。少年は反動でしりもちをついたが、それには目もくれず、木の戸を乱暴に開け、中へ踏み込んだ。そこはダイニングになっており、誰の姿もない。しかしすぐに寝室か書斎と思われる入口の扉を見つけた。

 虎里は有無を言わせぬ勢いで部屋の戸を開けた——すると、ベッド脇の丸テーブルに葡萄酒のビンとグラスを置き、ちょうどイスに掛けようとしているところの封術師がいた。それとわかったのは、滅紫(けしむらさき)色の丈長外套の襟元に封術師の記章が光っていたからだ。歳の頃は二十代とも三十代とも取れる。

 虎里はひと目見るなり金縛りにあったようにして固まり、絶句し、呆然とした。

 飛鳥泰善は一九四センチという長身と長い肢体を持ち、めずらしい臙脂色の髪をしている。それはこの世の美など嘲るような美しさで、見る者の魂を奪うような存在感を放っていた。あらゆる光を影に貶める輝きと、漆黒の闇を飲み込む妖艶さ。髪と同じ色をした瞳に宿る煌めきは、この世の至福と絶望を同時に映し出しているようだ。

(馬鹿だろう)

 思わずそう文句をたれたくなるような非常識極まりない美貌である。虎里は言葉を失った。そんな虎里を軽く睨みつつ、泰善(たいぜん)はイスに腰かけた。

寅瞳(とういん)が、会わないと伝えなかったか」

 身長の割には低くない声だが、それなりに不機嫌であることを知らせるような低音である。それがまた耳に心地よく響き、虎里は思わず息をのんだ。

 虎里は男色家ではない。そして泰善はどこから見ても男で、女の要素は微塵もない。短く整えた髪を後ろへ流し、男性らしい額はあらわで、端正な眉目も凛々しい。なにより平均身長を大きく上まわる背だ。悩ましげな首筋や幅のある肩は、女性から見れば大いに異性としてのセックスアピールがある。

 にもかかわらず、虎里の心を捕らえて離さない完全無欠さが、泰善にはあった。価値ある物はみな色褪せ、誇りさえ失ってしまう——そんな常軌を逸するような美貌だった。

 いつまでも返答しない虎里に対し、泰善は眉をひそめた。

「なにか言いたいことがあるなら言え。ないのなら出て行ってくれ」

 虎里は我に返り、咳払いした。

「俺は大魔王、由良葵虎里だ。天位四を得ている」

「知っている」

「では、なぜ追い返す。それほど貴様はたいそうな身分か」

「俺は自分の仕事に忠実なだけだ。それ以外のことをするつもりはない。相手が客でなければ、たとえ天位が何位であろうと構う義理はないだろう」

「辻褄はあっている。だが仕事だけをしていればすむというほど世の中、甘くはないぞ。貴様も天上界に住まう者の一人なら、相応の貢献をしなくてはならない」

「偉そうに。どうせ狙いは魔剣だろう」

 虎里はギクリとした。だが、

「アレをおさめてからというもの、その手合の話は飽きるほどきた。しかしどれも断ってきた。いまさら魔族のお偉方だろうとなんだろうと、受けるつもりはない」

 と聞くと、ニヤリと笑った。

「それは好都合」

「なに?」

「貴様が譲渡を拒めば拒むほど価値は上がる。是が非でも魔剣は我らに献上してもらう」

 泰善は食い下がる虎里を睨んだ。

「献上させてどうする」

「隠してもしょうがないので言おう。我々は魔神に箔をつけたいのだ。なにしろ魔族で天位三を得ているのは魔神だけだからな。使族や神族らに比べれば、ずいぶんと分が悪い」

「おまえ達には闇王(やみおう)がいる。あれで使族や神族におよばない部分はおぎなえていると思ったが」

 虎里は片眉をつり上げた。

「ほほう、政には精通しているようだな。確かに闇王の力は絶大だ。しかし天位は五。高い天位ではあるが、使族や神族に大きな圧力はかけられない。所詮この世は天位がモノを言うのだ」

 泰善はキッパリと言ってのける虎里から視線をはずし、ため息をついた。それから思い出したようにグラスへ葡萄酒をそそぐと、ゆっくり飲み干した。

 その仕草に虎里はみとれた。葡萄酒となって彼にのみ込まれる夢に酔いしれた。もう魔族政権の威信や情勢など、どうでもいいという気持ちになった。この男をのみ死ぬまで眺めていられたら、なにもいらないとさえ。

 そんな心地の虎里の意識を、泰善のひと言が現実に戻した。

「天位は権力を誇示する道具に成り下がったのか?」

 虎里は慌てて首を横にふった。

「そうではない。そうではないが、実際はそういう部分もある。我々は決して卑しい気持ちで天位を授かったのでもなければ、そんなことで争おうと思ってきたのでもない。ただ——」

「ただ?」

「魔神が天位三を得たとき、我々は魔族であることを誇らしく思った。より高い天位を得るか、ますます天位を授かる者が現れれば更に自信がつき、希望がふくらむだろうと。そのために天上界の主導権を握ることも大切なのだ」

「飛躍しすぎじゃないのか?」

「しすぎじゃない。そんなことは誰でも思っている」

「なぜ」

「この天上界は界王に与えられたものだ。その世界の主導者となること——これ以上の名誉と至福はないだろう?」

 虎里は泰善の目をのぞき込んだ。泰善は長い睫毛を少し伏せ、沈黙した。この沈黙を機と捉えた虎里は、おのれの意見を重ねて説いた。

「界王の寵愛を受けたいと思わない者はない。我々は魔族こそ主導者にふさわしいと界王に誇示したいのだ」

 泰善は沈痛な面持ちになった。それを見た虎里は喜んだ。もうひと押しで降参するに違いないと思ったのだ。それ以前に、天位四の神として間違ったことは言っていないという自負もある。

 だが泰善は意外にも、こう楯突いた。

「最近の情勢を見てきて思うことだが、猫も杓子も天位、天位だ。俺が言うのもどうかと思うが、なぜそんなに執心するのか理解できない」

 虎里は眉間にしわ寄せた。そういう泰善の言葉こそ理解できないのだ。

「天上人らしからぬ台詞だな。俺だって正直さほど魅力があるとは思わない。神の力は得るが比較にならぬほどの責任を負う。だが天位には、それ以外の価値があるのだ」

「なんだ?」

「〝界王が与えるもの〟——そこにこそ意味がある。界王は神をも含む森羅万象を超越し凌駕した者。人を神にし、神を真の神にする偉大な存在だ。万物は界王の思考より生まれいずる(ことわり)に支配されている。何者も逃れられない。逃れようとする者もいない。理をはずれれば無しかないが、沿えば愛のある世界に守られるからだ。こんな常識を知らないわけではないだろう。天位は、その界王に認められた証なのだ。この喜びは筆舌に尽くしがたい。また神としての英知を授かり力を得る瞬間を体験すれば、必ずや執心する理由も理解できるようになるだろう。それは負っていく義務や責任にも勝る——おまえは天位を持っていないようだが、これから授かる予定はあるのか? 天位は鳳凰が代理で授けに来るが、一位ともなると界王じきじきにお渡しくださるという話。早くお逢いしたいものだ。きっと(たえ)なるお姿であるに違いない。その御霊の前に額突(ぬかず)きたい。おまえもそう思うだろう」

 虎里が熱弁をふるい終わると、泰善は「よくしゃべる男だ」と、うっとうしそうに顔の前で手をふった。

「天位制度は否定しない。だが、とらえ方がねじれている。おまえ達はまるで天位の奴隷だ」

 虎里は唸りながら、両手を腰にあて胸を張った。

「結構だ。界王の奴隷ならば望んでなろう」

 すると泰善は、なんとも言えない顔をした。その苦々しく歪められた口元さえ美しいことに虎里はまた驚きながらも、さらなる説得を試みた。

「おぬし、せっかく界王も驚くやも知れぬほど美しく生まれたのだ。しのごの言わずに天位を志してみないか。寵愛をたまわる可能性は十二分(じゅうにぶん)にある。うらやましいかぎりだ」

 泰善はそっぽを向いた。

「俺が仕事をするのに天位は必要ない。必要ないものはいらない」

「無駄は嫌いというわけか」

「そうだ」

「魔剣は無駄ではないのか」

 虎里の鋭い突っ込みに、泰善は視線を戻した。

「なんだと?」

 迎え撃つ虎里は勝利を確信して、笑みを浮かべた。

「持っているだけで、つまらぬ輩が訪ねて来るというのなら、いっそ売ってしまったほうが気も楽だろう。我々なら確かだ。悪いようにはしない」

「どうだか」

「約束する。譲ってはくれまいか」

 泰善は虎里を見据えた。虎里は艶麗な瞳にみつめられ急激に高鳴る鼓動をおさえつつ、返事を待った。

 泰善は言った。

「条件がある」

 虎里は唾をのんだ。

「なんだ」

「雪剛の魔剣はその脅威ゆえ、これまで何者も遠ざけてきた。いかに魔神といえど握るには力不足。それなりの修練と学びが必要だ。だが生半可な教えでは結局、魔剣に食われてしまう。現におさめた俺が教育してやるのが適当だろう」

 虎里はこめかみに汗をひと筋、伝わせた。

「つまり……」

「魔神の家庭教師として雇え。それならば魔剣をくれてやっても構わない」


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