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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第二章 恋路
16/108

07【帝人】その壱

 月の光を受け、土万(ひじま)再挧真(さくま)の子は生誕した。男児で名は妝真(しょうま)

 上位天位者の両親を持つといっても、その子まで天位を授かるという保証などないのが世の常である。が、あいにく妝真は生まれたその晩に青の鳳凰より天位五を授けられた。

 翌日早朝より、使族政権内が大騒ぎとなったことは言うまでもない。

 天位五という高い天位——妝真は生まれながらに重い責務を負わされることになるのだ。土万と再挧真は名誉と思いながらも、嘆かざるを得なかった。ただ「めでたい」とひと口に喜べる立場にないのが、親たる者の宿命だ。


***


 騒いだのは使族だけではない。その衝撃は神族や魔族の耳にも、ほどなく届いていた。


 帝人(ていと)は床を蹴って舌打ちし、壁を拳で叩いた。

「なんということだ。これではますます魔族政権との差がついてしまう」

 公平さうんぬんという以前に、界王に見離された感の募る出来事である。くやしさもさることながら、強い悲しみに帝人の目には涙が滲んだ。

「なぜだ。界王は天上界から魔族を追放しようとでも言うのか。私の心はご存知のはず。それなのに」

 帝人は天位を得る遥か昔から界王を崇拝し、神の本分をまっとうしてきた。理を忠実に守り世に広めてもきた。夢も見ず、恋もせず、脇目もふらず邁進してきたのだ。しかもそれは現世に始まったことではない。

(この天上界が一度滅んだことなど、誰も知らない。そう、今は誰も、私以外には……だからこそ一層の責任を持って、ただ上だけを目指してきたのだ。上位天位者となり、界王の期待に応えようと努力してきた。だが三位にしても四位にしても、魔族は圧倒的に少ない。どうしてこのような仕打ちを)

 天位三位者は、魔族が一名に対して使族は三名、神族は六名。四位者ついては魔族では三名、だが使族は十二名、神族に至っては四十九名にものぼる。

 見限られたのだろうかと、帝人は疑念をいだいた。過去のすべてを否定され踏みにじられたような失念を感じた。


 そんなおり、部屋を訪ねる者があった。部屋の戸は二度叩かれた。一度目は出なかった。しかし二度目に叩かれた時、帝人は深く息を吐いて戸を開けた。

「……飛鳥泰善(あすかたいぜん)。なんの用だ」

 何度見ても一瞥目には必ず驚きを持って見ずにいられぬ美貌だ。帝人はそんな相変わらずな反応をして尋ねた。

寅瞳(とういん)が進学するので、いろいろと新調してやりたいのだが、どこでなにを買ったらいいのか分からない。悠崔(とおすい)に聞いたら、そういうのはオマエが詳しいと言っていた」

「で?」

「買い物につきあってくれ」

「これまで寅瞳殿の身の回りのものは誰が用意していたんだ」

「俺は金を渡すだけで、必要なものは本人がそろえていた」

「だったら今回も自分でそろえさせればいいだろう」

「そう思ったが祝いも兼ねてやりたい。だからどうしても俺が行く必要がある」

 帝人は大きくため息ついた。

「やれやれ。仕方ない。つきあってやる」

「恩に着る」


 そうして二人が向かうことに決めたのは、どの種族政権下にもない天上界唯一の大都市、水浅葱(みずあさぎ)の地だ。

 かなりの遠方で、三度ほど時空のひずみを通過しなければならない。そのため馬車も専用のものを使う。街馬車にもそうした専用馬車はあるが、一日一回の通過にしか耐えないため何度も乗り換えが必要だ。よって城の馬車を利用しての外出が無難である。

 二人が支度をしていると、通りかかった成柢(じょうてい)が声をかけてきた。

「どちらへ?」

 質問には帝人が答えた。

「水浅葱の地へ」

「二人で?」

「ええ」

 少し間があって訝しげにされたので、帝人はウンザリした様子で説明した。

「寅瞳殿の進学祝いを選んでくれと頼まれただけです。誤解のないように」

 すると成柢は安心したようにニッコリと笑った。

「そうか。気をつけて行くがいい」


 彼女も何度か浮いた噂があったが、結局独身で今日に至る。最近はもう諦めている素振りをしていたが、やはり泰善には相当気があるようだ。彼女にかぎらず皆この調子である。帝人は「つくづく罪作りな男だ」と改めて思い、「雇うのは断固反対すべきだった」と後悔するのだった。


***


 そうして馬車に揺られること約二時間。水浅葱の地ヘ着いた。

 帝人は馬車を目的の店の前につけさせ、すぐに入店した。早く用をすませて帰りたいのだ。せまい馬車の中で泰善と向かい合うのは無謀だと気づいたからである。

 ただ美しいだけの男なら別にどうということもない。帝人は元来、人の美醜になど興味がないからだ。しかし泰善ほどになると話は変わる。一瞥すれば完全に思考回路が停止し、見続ければ魂が焼き尽くされるだろうということを、疑わせない美貌だ。

 帝人は自我を維持するため強制的に窓の外を見るという苦痛に耐えねばならなかった。首は傷むし神経は擦り切れるしで、ロクなことはない。


 災難はまだある。入店していきなり注目の的となったことだ。あたりが色めき立つのをゾッとするほど感じて帝人はゲッソリした。誰もが泰善に熱い視線を送り、一緒に歩いている自分に敵意を向けて来る。そんな状況を長時間耐えることは到底できそうもない、と。

 それなのに本人は涼しい顔でこんなことを言った。

「顔色が悪いぞ。馬車に酔ったのか?」

 なんという的外れな質問だと怒りさえ覚えつつ、帝人は顔をそむけた。その時ふと、あるものが目に止まった。亜麻色のやたら長い髪の女と、栗色の髪の背の高い男。それは使族長・季条間(きじょうのちか)と、再生の天使・再挧真の姿である。

 こういう場所へ来るとたまにあることだが、一番出くわしたくない状況で逢ってしまったと、帝人は青ざめた。最悪なことに向こうもこちらに気がついた。泰善のせいでこれでもかというほど目立っているので仕方ないのだが。

 季条は口の端を軽く上げ、再挧真は顔をこわばらせながら、近づいて来た。

「このような場所で会うとは奇遇だな」

 季条が話しかけることによって、泰善はやっと二人に気づいた。季条はその視線にやや頬を紅潮させ、わずかに身体をしならせた。

「なんの用があって参った」

「買い物だ」

「それはそうだろうが、なにを買いに?」

「付人の寅瞳が進学するので、その祝いを買いに」

「ほう。おぬしの付人は、そんなに若いのか」

「まだ十だ。今年十一になる」

「ほんの子供だな。役に立つのか」

「おおいに」

「私たちは、このたび授かった土万の子のために、いろいろと買いそろえに来た。なにしろ天位五だからな。偉大なる闇王が三千年もかけて得た地位を、生まれながらに負うておる。ヘタなものはやれぬ」

 季条は嫌味たっぷりに、帝人を流し目で見やって言った。

 帝人がどれほど界王に心酔しているのか知らぬ者はない。今回のことは相当なダメージであったに違いないと思い、さらに追い打ちをかけてやろうとして言ったのだ。

 ところが帝人は平然と笑みを浮かべて返した。

「そうだな。ふさわしい物を与えてやらねば。さいわい、この店には最良の品がそろっている。じっくり吟味するといい」

 季条は思わずひるんだ。しかし気性は負けず嫌い。そこは踏ん張った。

「そうするつもりだ。おぬしのお薦めが、なんぞあれば聞きたいものだ」

 帝人は舌打ちしかけた。だが思いがけず泰善が横やりを入れた。

「悪いが、横取りしないでくれ。今日は無理を言って付き合ってもらっているんだ。時間を無駄にしたくない」

 帝人は驚き、季条と再挧真は硬直した。

 次の瞬間には季条がカッと顔を赤らめ、再挧真は拳をにぎって静かに震える。それらの怒りが誰に向かっているかは一目瞭然であり、帝人は頬を引きつらせた。

「泰善。頼むから、そういう誤解を招くような発言はしないでくれ」

「誤解?」

「わからないのか! 少しは自分の容姿に責任を持て!」

 泰善は眉をひそめた。

「俺のせいなのか?」

「なにっ?」

 そのまま泰善は沈黙し、ひどく傷ついた様子で顔をそむけた。こういう所作まで抜群に絵になる男だ。帝人はノックアウト寸前でこらえ、いさぎよく訂正した。

「悪かった。私が言いすぎた。この問題はとらえる側の責任で、おぬしの責任ではない」

 しかし泰善は視線を戻さず、暗い表情で呟いた。

「いや、ちょっと昔のことを思い出して勝手に傷ついたんだ。謝る必要はない」


 その後、季条らと別れ買い物をすませて帰宅したが、泰善はひと言もしゃべらなかった。いつも強気で言葉のひとつひとつに自信のある彼とは違う。

 帝人は戸惑った。初めて目にする泰善の弱い部分に惹かれている自分を感じた。


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