06【安土】
林から泰明を連れ戻った烈火に対し、ほかの神族長らが驚いて迎えたことは言うまでもない。泰明は彼らが憩いの場としている庭園のテラスへと招かれた。それを長らは遠巻きに見物した。
「あれは飛鳥泰善の何かか?」
「息子らしい」
「ほほお、なるほど。そうだろうな。見事なまでに常識をくつがえす美貌だ」
彼らがヒソヒソと話す中、烈火は約束どおり最高級の葡萄酒を給仕した。その様子に長らは目を丸めて視線を交わし合った。
「これはなんとしたことだ」
というわけで風門が代表として烈火へ歩み寄り、予期せぬ客人から引き離した。
「烈火殿! それは皆で飲もうと楽しみに取っておいた酒。なにゆえおぬしの一存で振る舞うのだ」
「神剣をもらったので、その礼だ」
「なに!?」
「宝物庫におさめてきた。見てくるといい。なかなか素晴らしいぞ」
「な、なにがなんだかわからぬが、もらって礼をするのは、すべておぬしの勝手ではないか」
「せこいことを言うな。酒なら俺が責任もって買いなおす」
「だが、その酒は出まわっている本数が少ない。簡単には手に入らないのだぞ」
「神剣だって簡単には手に入らぬ」
こんなやり取りをしていると、報告を聞いた槙李が書庫から出て、やって来た。信じられないといった顔つきで烈火を見やる。
「どういうことだ。恋敵の息子をもてなすとは」
「いやなに」
烈火はどう説明したらいいものかと口をつぐんだ。神剣をもらったという口実が槙李に通用するとは思えなかったのだ。
慎李との付き合いは長い。ゆえに思考や行動パターンは熟知されている。「息子という存在を知れば安土殿も泰善への想いを断念するのではないか」という打算を悟られるのは時間の問題だった。
烈火が額に汗をかき始めていると、安土が姿を現した。噂を聞きつけたのだろう。安土は泰善の息子を目にしたとたん、ハッとした表情をしてウットリと見とれた。すぐそばで烈火が胸を傷めていることも気づかぬ様子だ。
「烈火の酌ではすすむまい。私がしてやろう」
安土はそれとなく近寄り声をかけたが、泰明はチラと見て目をそらした。
「一杯だけのつもりで呼ばれたのだ。これ以上は結構」
「そう素気なく断るな。烈火から一杯、私から一杯ではどうじゃ」
「いや、もういい」
安土は息をついて、泰明の向かいのイスに腰かけた。
「そなたは飛鳥泰善の息子だという話だが、泰善は結婚しているのか?」
泰明は眉をひそめた。
「どいつもこいつも、なぜそんな質問ばかりなんだ?」
「あのように美しいのじゃ。誰でもそのへんの話には興味がある」
泰明は深くため息をついた。
「俺は母という存在から生まれたのではなく、父から分かれたのだ。だから結婚という事実はない。飛鳥泰善は俺の本体であって、父と呼ぶのは一種の表現だ。父と子と精霊、つまり三位一体だ」
安土は目を見開き、ほかの神族長も驚いて視線をそそいだ。同時に烈火は「俺の恋人は父の恋人」という台詞を理解した。
「なぜ分かれたりしたのじゃ」
「忙しいから」
「え?」
「身体が三つあると便利だ」
「しかし、それでは一体あたりの魂の質量や能力が下がるのではないか?」
泰明は苦笑した。
「そんな間抜けなことはしない」
安土はカッと顔を赤らめた。三位一体の技を使っていると打ち明けた時点で、能力は下がっていないと解釈するのが正しかったからだ。
自分の稚拙な質問を恥じるのは当然といえば当然だが、そんな様子の安土に烈火はショックを受けた。彼女が誰かに対して頬を赤らめる姿など、見たことがなかったのだ。
安土は安土で、どうすれば心証を良くできるのかと焦り、戸惑った。しかし、これまでただ座っているだけで男にチヤホヤされてきた彼女だ。気の惹き方など知る由もなかった。
そうこうしていると、繕う間もなく泰明が席を立った。
「いい酒だった。ありがとう」
烈火に向かって告げ、早々に立ち去ろうとする。烈火も焦った。ここで帰られては安土の心もそのままだと。
「もう一杯くらい、いいんだぞ」
「人を待たせてあるんだ」
「少しくらい待たせても差し支えあるまい」
「どうして」
「おぬしの美しい姿をおがめるのだ。待つぐらいなんだ」
「そういう問題じゃないだろう。むしろ会えない時間が惜しいんだ」
その台詞に、烈火はふと思い当たった。
「もしかして待ち人というのは恋人か?」
「そうだ」
泰明がキッパリ言ったので、聞いていた安土はことのほかショックを受け、テーブルに肘つき額をおさえた。
烈火は最も言わせたい言葉を吐かせて満足し、「それならば」と手の平返したように帰宅を促した。
「そうか。引き止めて悪かった。気をつけて行くがいい」
こうして泰明を送り出した烈火は、残りの葡萄酒を仲間に分けて自分が口にしないことで、勝手な振る舞いを許してもらった。