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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第二章 恋路
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04【麁和津琴京】

「どこへ行かれます」

 通路の途中で帝人(ていと)に呼び止められ、琴京(きんけい)はヒッと背筋を伸ばした。

 グリージョカルニコ(灰黒の地色に白い模様の入った大理石)の廊下、漆喰の壁に黒い金属で縁取られた窓が並ぶその通路は、この日暗く、等間隔に掛けられた角形のランタンで照らされている。そんな薄暗い通路を、城の奥に向かって歩く用事など、通常で考えればほぼ皆無だ。帝人が今しがた出てきた執務室以外、日頃利用する施設などない。ゆえに、不審に思った帝人は声をかけたのである。

 執務室を通り過ぎたばかりのところで足を止めざるを得なくなった琴京は、冷や汗をかきつつ振り返った。

「や、やあやあ帝人殿、本日はお日柄も良く、なによりですなあ」

 帝人は窓越しに外を見て、眉間を寄せた。

「雨のようですが」

「うっ……」

 言葉を詰まらせ目を泳がせる琴京を、帝人は冷ややかに見つめた。

 この廊下の先には離れの客室しかない。その客室は今、臨時の教師が利用中である。言わずと知れた封術師だ。

 帝人は大きくため息ついた。

「私の目はごまかされませんぞ。あなたのことだ。飛鳥泰善(あすかたいぜん)を口説きにでも行こうという魂胆でしょう」

「わかっているなら止めんでくれ。野暮な男だな」

「なにが野暮です。だいたい、あれを口説きおおせると思っておいでか。それならとっくにどこかの誰かを射止めていらっしゃるはず」

「辛辣なことを言うな。俺だって可能性がないことは百も承知だ。しかし少しくらい愛をささやいたっていいだろう」

「またフラれて傷つくのは目に見えておりますぞ」

 琴京は「ぐっ」と声をもらして胸を押さえたが、チラッと帝人を睨んで言った。

「そんなことを言って俺を退けておいて、本当は帝人殿が手をつけたいと思っているのではないか?」

「なっ」

「みな口にこそしないが態度に出ている。飛鳥泰善に心を奪われているのは明々白々。貴殿とて例外ではなかろう」

「ご冗談を。私の心は界王に忠誠を誓うだけで精一杯。愛だ恋だと騒いでいる暇などございませぬ」

「ほお、それなら俺とともに訪ねようではないか。俺が口説いてもなんともないというところを証明してみせてくれ」

 帝人はやや間を置き、深呼吸して力強く返答した。

「いいでしょう」


 なりゆきというか、琴京の一方的な口車に乗った(てい)で飛鳥泰善の部屋を訪ねた二人は、戸口で寅瞳(とういん)に止められた。

「今日は休日です。どなたともお会いにはなられません」

「なんだと? 休日に誰にも会わなければ、いったい、いつ愛を語るのだ」

 寅瞳は頬を引きつらせた。

「そういうご用でしたら、なおさらお会いにはなられないでしょうね」

「そう言うな。頼む、寅瞳殿。どうにか取り次いでくれ」

 大魔王の威厳など微塵もなく、琴京は子供相手に合掌して頭を下げた。寅瞳は両手を腰にあて、ため息ついた。

「なに言われても知りませんよ?」

「構わん」

 二人は寅瞳について部屋へ足を踏み入れた。泰善は長椅子の肘掛けに背をもたれ、相対する肘掛けに足を放って葡萄酒片手にくつろいでいた。その姿勢は彼の美しさを際立たせており、琴京が大喜びしたことは言うまでもない。

 対照的に泰善は機嫌を損ね、やんわりと寅瞳を睨んだ。

「なぜ通す」

「雇い主に頭を下げられては断りづらいです」

 ついで琴京を見やる。琴京は鼻の下を伸ばしつつニッと笑った。

「そういうことだ」

 泰善は舌打ちした。

「なにがそういうことだ。なんの用だ」

 琴京は長椅子へ近く寄り、床に跪いた。

「おお飛鳥泰善。貴殿の美しさに心を奪われた愚かな俺へ、その手に口づけることを許したまえ」

 一瞬目を見開き、次に冷たい眼差しをして、泰善は言った。

「なんの真似だ」

「うっ、愛を告白しているのだが」

「本気なら断る。冗談なら二度とするな」

 琴京はこめかみを痙攣させながら、にがにがしく口の端を上げた。

「休日の昼下がりに美しい盛りの男が一人で酒を飲んでいるなんて、不健康極まりない。どうせ飲むのなら恋人と愛を語りながらのほうがいいだろう。どうだ俺と」

「余計なお世話だ」

「そういえば息子があると言っていたな。結婚しているのか?」

「しているように見えるか?」

 逆に問われて、琴京はしげしげと泰善を眺めた。

「いや、しているようには見えない」

 泰善は軽くうなずいた。が、琴京は釈然としなかった。

「しかし息子が二人もいるのだろう?」

「説明しなきゃいけないのか」

「ぜひ聞きたい。興味がある」

 泰善は眉をしかめ、ため息ついた。

「親子というのが最も適当かつ理解させやすい説明だったんだがな」

「は?」

「二人は息子であって息子ではない」

「な、なに?」

「兄は泰真(たいしん)、弟は泰明(たいめい)と呼んでいるが、二人に差はない。判断材料は上下ではなく左右だ。泰真は右、泰明は左」

 琴京は訳がわからず視線を帝人や寅瞳に投げたが、二人もわかっていないようでポカンとしていた。彼は仕方ないので、また泰善に向き直った。

「なんのことやらサッパリわからぬ」

 すると泰善は淡々と述べた。

三位一体(さんみいったい)の話だ」

 琴京は目を見開いた。それは背にしている帝人も寅瞳も同じだろうと感じた。

「俺が父、泰真が子、泰明が精霊。つまり三人で一人、二人は俺だ」

「た、魂を分けるとは。上位天位者でもその苦痛を思うと絶対に避けて通る技。いったい何故そんな真似をしたのだ」

「忙しいからな。身体が三つあれば便利だろうと思った」

「便利、になったのか?」

「もちろんだ。おかげで週に一度こうして休めるようになった」

「そんなに多忙なのか」

「ああ。以前は年中無休、一日二十四時間労働だった。今も似たようなものだが仕事量は圧倒的に減った。自分の時間が持てるというのは本当にいいものだ」

「なるほど。そんなふうでは、しばらく恋人などいらないだろうな」

「まあな」

 泰善は軽く返事をしておいて、残りの葡萄酒を飲み干した。

「あの、お話はそのくらいにして、そろそろお引き取り願えませんか」

 寅瞳が言った。琴京は跪いたまま振り返り、帝人は腕を組んだ。

「茶ぐらい出してもらいたい」

「なに言ってるんですか。半強制的に押しかけておいて」

「この雨では中庭で景色を見ながら茶会というわけにもいかん。泰善の美しい顔でも眺めながら飲めたら最高なんだが」

 琴京の台詞に寅瞳は呆れ、帝人は無意識にうなずいた。泰善はといえば、無表情にこう返答した。

「雨もまた美しい」


***


 泰善の部屋を出た琴京は、帝人と並んで歩きながら興奮した様子で語った。

「聞いたか帝人殿。すべてを無味にしてしまうほどの美貌でありながら、あのような言葉を綴るとは——ああ、中身も聡明にして優美だ」

「ついこのあいだまで、礼儀知らずの高慢な男だとおっしゃっていらした」

「いやいや、それは、魔神の手前で」

「ともかく遠まわしにフラれたわけです。これで諦めもついたでしょう」

「なにを言う。俺は諦めんぞ」

「何故ますますもって燃えているんです?」

「なんだ。貴殿は萎えたか」

「恋敵は当然多く、本人にその気がまるでないとなれば完全に望み薄——あ、いや、それ以前に私はもとより、そのような感情はいだいておりませぬゆえ」

 やや焦る帝人を、琴京は目を細めて見た。

「おお? 今一瞬、本音が出たな?」

「なんのことでしょう」

「とぼけおって」

「とぼけてなどおりませぬ。私はあの男が魔族内で権力を握らないようにと目を光らせているのです」

 琴京はとたんに真面目な顔をした。

「そんなことをしそうか?」

 帝人も真面目に首を横へふった。

「まだわかりません。しかし、あまりにも無欲なこの契約がどうも怪しくて」

「確かにな。十中八九、三種族の均衡を図ろうとしていることは分かる。が、そういう目的があるにしたって無利益だ。神族だというならまだしも、天位者でもないのに首を突っ込むのは無謀すぎる」

「しかしあの魔剣を封じて自在に振るうとなると、ヘタな天位者より脅威となりそうです」

「ううむ。だが裏を返せば利用価値もある」

 帝人は驚いて琴京を見据えた。

「利用価値?」

「権力を持たせることなく、うまく取り込むのだ。魔族には貴殿もいることだし、あの男が加われば、なにも魔剣を得る時を待たずとも魔族政権は安泰だ」

「安直すぎやしませんか」

「いささかな。しかしそれができぬとなれば魔族政権もつまらん。所詮それだけのものだったと証明することになる。一介の封術師に振りまわされるような政権なら、いっそ潔く消えたほうがいい」


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