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神影(しんえい)改訂版  作者: 礎衣 織姫
第二章 恋路
12/108

03【季条間】

 聖剣が季条間(きじょうのちか)の手に渡ってからというもの、しばし女神たちの話題には飛鳥泰善(あすかたいぜん)の名がのぼった。

「本当に素敵な殿方でしたわ。またいらっしゃらないかしら」

「魔族にいるのよ? そう簡単にいきませんわ」

「ああ、いっそ魔族に嫁ごうかしら」

「ばかね。今は魔族にいるけど、魔剣を渡したら出てくかもしれないのよ?」

「そしたら出戻ればいいのよ」

「嫌だ。一度魔族に嫁入りした者を、季条(きじょう)様がお許しになると思うの?」

「そうね」

 彼女らがおしゃべりしている広い居間は、庭園につぐ憩いの場である。天位四の女神らは十二名いるが、いつも集まるのは湖杜芽(こずめ)を除いた十一名だ。

 黒髪と菜の花色の瞳、新改暗照(しんかいあんしょう)幸厘(こうりん)

 橙色の髪と琥珀色の瞳、朱末晴姪(しゅまつのせいめい)

 萌葱(もえぎ)色の髪と(ひわ)色の瞳、暑旬恵(しょじゅんけい)

 瑠璃色の髪と瑠璃紺(るりこん)の瞳、灯紗楴(ひさね)

 銀色の髪と薄墨(うすずみ)色の瞳、白鐶音美(しろわのおとみ)

 卯の花色の髪と(ふし)色の瞳、遠夏待眉(とおかのまつび)

 白髪とつつじ色の瞳、雪菜(ゆきな)

 桜色の髪と桃色の瞳、雲春(うんしゅん)咲迦丞(さかのじょう)(れい)

 水色の髪と紫苑(しおん)色の瞳、雨虹褄(あまのにじつま)

 青竹(あおたけ)色の髪と白緑(びゃくろく)色の瞳、仲委彼岐(なかいのひぎ)

 白藍(しらあい)色の髪と濃藍(こいあい)色の瞳、宵間静(よいのかんせい)

 それぞれが個性的に美しく、可愛らしい女神たちである。

 仕事以外では外套をはおらず、肩や背中の開いた白いドレスなどを召す。髪には花を飾り、腕にはブレスレットなどの宝飾品をつける。

 自分の髪を編んでいた音美(おとみ)が、手を止め言った。

「ねえ、こういうのは? 私たちでなにか仕事を作って飛鳥様にお願いするの。お給料はみんなが出し合えば結構な額になるわ」

「仕事ってなに? どんなのがあるの?」

「それを今から考えるんじゃない」

「考えてから言ってよ、もう」

 女神たちは悩ましく恋のため息をついた。そこへ突然、

「ところで飛鳥様って、女性には興味おありなのかしら」

 と(れい)が疑問を投げると、女神たちはいっせいに彼女へ注目した。

「やーね。そんなのどっちでもいいのよ。もしないのなら、持たせればいいんだわ」

「自信あるの?」

「一度くらいはその気になるんじゃないかしら」

「なんだか雲をつかむような話ね」

「うるさいわよ」


***


 そんな女神たちの様子を好ましく思わない人物がいた。季条間である。

「あんな男、呼ぶんじゃなかった」

「あら、呼んだのは海野(あまの)様ですわ」

「同じことだ。拡果(かくら)が呼んでも私が突き返せば呼ばれなかったはず。一生の不覚だ」

「そんなにご自分をお責めにならないで」

「これが責めずにいられるか」

 自分を慰める湖杜芽を払って、季条は「散歩に行ってくる」と言って森へ出かけた。


 ひとり木立の中を歩く。温暖な気候。さわやかな風。きらめく木漏れ日。なにもかもが素晴らしいのに季条の心はやっぱり晴れなかった。

 女神たちの心が泰善に奪われたからではない。気がつくと泰善の顔や姿を思い浮かべている自分がいるからだ。ほかの女神たちとなにも変わらない「女」である我が身が憎らしいのだ。

(まさかこの私が男に惚れるとはな。滑稽だ。滑稽すぎて笑う気にもなれない)

 季条はふと立ち止まると、空を見て目を閉じた。

(あのような男はいない。しかし天位がない。三位まで上り詰め、代表の地位についた私が相手をするわけにいかない。使族の名折れだ。だが……それにしても美しい)

 彼女は閉じていた目を開け、空を睨んだ。

(ああ、どうすれば手に入る。あの男。どうしても使族の味方につけたい。どんな手を使っても私のそばに置いておきたい)

 だが魔神に魔剣を献上すると決めている今は、どう足掻いても叶いそうにない夢だと、ため息ついた。そうして宮殿へ帰ろうとした時のこと。彼女は不意に呼び止められた。

「あ、待ってくれ。少し尋ねたいことが」

 声のほうを向くと、深い森の中から人影が現れた。明るい場所へ出たそれに、季条は「あっ」と驚いた。

 一九〇センチは超えている身長。見事な金髪と淡い緑の瞳。尋常ならぬ美貌——一点の曇りもないその容姿に泰善の面影を見て驚いたのである。

「おぬしは?」

「ああ、ここが使族の敷地内なのはわかっている。ただちょっと慣れない場所なので迷い込んだのだ。それで、知っているなら教えてくれないか」

「なにを?」

「飛鳥泰善」

 季条はビクッとして目をひそめた。男は言った。

「あちこちに気配を残しているので、本体がどこにあるのか分からない。相変わらず行動範囲が広いようだ。最終的にどこへ行けば間違いなく逢えるか知らないか」

「おぬし、何者だ」

 男は一瞬だけ間を置いて、ニッと笑った。

飛鳥(あすか)泰真(たいしん)

「血縁者か」

「一応、息子だ」

「息子? あ……飛鳥泰善は妻帯者か」

 泰真(たいしん)は左に少し首をかしげる。その仕草は泰善によく似ていた。

「そういう相手がいたということはない」

「しかし、おぬしの母は?」

「そんなことどうでもいいだろう。早く教えてくれないか。急いでるんだ」

 季条は泰真と名乗る男をジッとみて、意地悪をしたくなった。ここへ長く引き止めておきたいと思った。

「それが人にものを頼む態度か。教えてほしかったら、こちらの質問に答えよ」

 泰真は両手を腰にあて、ため息をついて顔をそむけた。

「教えてくれないのなら別にいい。ほかを当たる」

 言うなり踵を返そうとしたので、季条は慌てた。

「待て! ……泰善は魔族にある」

 泰真はゆっくりと季条をみつめ直した。

「どうも、ご親切に」

 そしてやおら片膝つき、季条の手をとって甲にキスをした。

「これくらいの礼しかできないが許せよ。麗しの女神」

 泰真はサッと立ち上がってそばを離れると、再び森の奥へ消えた。季条はフワッとした気分に襲われて、その場に倒れた。


 気がついた時は自室のベッドの上だった。湖杜芽が心配そうに覗いている。

「お気づきになりました? いつまでもお帰りにならないと思っていましたら、倒れてらっしゃるんですもの。心臓が止まるかと思いましてよ」

「すまんな」

「きっとご心労がたまっていらしたのね。しばらくご療養なさるといいわ」

「そうだな」

 季条は横になったまま応え、目を閉じた。しかし湖杜芽が部屋から出て行ったのを気配で感じると、ゆっくり笑みを浮かべた。

(私の手を取った指先も、触れた唇も、すばらしかった)

 季条は明くる日も、そのまた明くる日も、しばらくポーっとなって泰善や泰真のことを考えていた。特に泰真がくれた口づけは思い出すたびウットリするほどだ。

(この手はしばらく洗えぬな)

 などと思っては自然に笑みをこぼす。そんな様子の季条を誰もが不審に思った。特に湖杜芽は穏やかでなかった。

「季条様ったら、もしかして新しい女でもお見つけになられたのでは。どこの女かしら」

 彼女はくやしさから爪をかんだ。

「きっと突き止めて、仲を引き裂いてやるんだから」


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